第7話 大切

そのまま俺は羽島の家に向かう事になった。

目の前を羽島が歩き、後方で俺が錆びた自転車を回す。

俺の心臓は高鳴りすぎておかしくなりそうだった。


妹達には少しだけ遅くなると伝えてメッセージを送り。

取り敢えずは.....少しだけ遅くならない程度に勉強する事になった。

でも.....何だろうか、その。


(私は貴方の事が好きです)


あの手紙といい、今の状態といい。

今だに夢なんじゃ無いだろうかって思ってしまう。

あの羽島が.....俺を好いて。

しかも.....家に誘ってくれた。


もう死んでも良い様な気がする。

思わず、にへっとしてしまう顔を抑えながら。

羽島に向いて聞いた。


「羽島。お前の家って何処らへんなんだ?」


「.....南区」


「.....そうなんだな。俺は北区だけどな」


「.....」


やはり話が進まない。

俺はまぁこれも羽島だからな。

と思いながら、歩く。

因みに学校は南区に有る。


つまり、歩く距離はそうでも無い。

俺は錆びた自転車を動かしながら居ると。

羽島が足を止めた。


「.....此処」


「.....アパート?」


「.....私は一人暮らしだから。親との仲が悪いから」


築30年ぐらいだろうか。

それぐらいのアパート。

コンクリートに真島アパートと書いてある。


階段は錆びており、なかなかの風景を保っている。

俺は少しだけ複雑な顔をしながら、階段の手摺に手を掛けた羽島に聞いた。


「.....羽島」


「.....何」


「.....お前さ.....手紙のあれ.....ヒーローじゃ無いからってのは.....」


「.....仲が悪いって事。詳しくは家の中で話す」


少しだけ顎に手を添えながら、考える羽島。

そんな羽島を静かに見る。


自転車置き場に自転車を置かせてもらいながら、日を見る。

既に日没が近付いていた。

羽島は俺を待ってくれていて、そのまま階段を上る。


「109号室。これが私のい.....」


そこまで言った時だった。

突然、110号室と書かれた扉が開き。

タンクトップ姿の女の人が飛び出して来た。


「羽島ちゃーん!!!おっかえりなさ.....」


「良い加減にして.....。水谷さん」


俺は!?と思いながら、羽島を見る。

羽島は俺を見て、水谷さんを紹介しようとする。


「.....この人は水谷千穂さん。私を何時も助けてくれる人」


水谷さんはボサボサながらもそれなりには整っている黒髪の長髪の奥から、俺を見つめつつ。

そしてピースをして目元に当てた。

タンクトップの胸が揺れる。


「ピッチピチの20代の水谷千穂でぇーす!」


「ゆ、愉快だな。羽島」


「.....うるさいけどね。.....何処見てるの」


いやいや、見てないから。

俺はその様に目を横に逸らしながら、話す。


ジト目で俺を見てくる、羽島。

俺は冷や汗をかく。

すると、まぁまぁ!と言いながら、水谷さんが俺に聞いてきた。


「ところでぇ!君は羽島ちゃんの彼氏ぃ?」


「.....」


「彼氏です」


「羽島!?」


直球で彼氏と言ってしまいやがった。

俺は少しだけ恥じらいながら羽島を見る。

羽島も少し恥ずかしいのか、耳を赤くしている。

すると水谷さんが目を輝かせながら、俺の手を握ってきた.....って胸元が。


「マジ!?羽島ちゃんの彼氏!?凄い.....ヨロシクねぇ!」


「.....は、はい.....」


「.....何処見てるの」


「.....は、はい」


正直、嬉しかった。

何が嬉しかったのかって言えば、羽島に.....こんな世話をしてくれる人が居るなんて思わず。

この場に来た時、羽島は1人かと思ったから。


「じゃあ!今日は赤飯だねぇ!私、作ってくるからぁ!あ、彼氏ちゃん!付き合って.....そう言えば名前はぁ?勢いに任せて聞いてなかったぁ!」


何故か、勢いに任せて誰かの夕飯が赤飯になった。

俺はハハハ.....と少しだけ苦笑する。

多分、羽島のだろうけどと思いながら自己紹介した。


「あ、すいません。.....俺も忘れてました。飯島三朗っす」


「じゃあ、三朗くん。私の赤飯作りを手伝ってねぇ。三朗くんのも作るよぉ!」


俺の腕を自らの腕に絡ませて、そして、えいえいおー!と言う水谷さん。

驚愕しながら俺はオドオドする。


「え?いや、俺は.....ご迷惑になるでしょう!?」


「.....私、洗濯します。フン」


プイッと無視する、羽島。

羽島!?俺はその様に思いながら青ざめて居ると。


俺はそのまま胸元に腕をくっ付ける様な感じで水谷さんに引っ張られ、110号室に連れて行かれた。

誘拐の様な感じで、だ。

目の前に.....広い女性の部屋が広がった。


扉を閉める、水谷さん。

そして早速と準備を始めた。


俺も手伝おうと、直ぐに腕を捲る。

その際に、水谷さんが冷蔵庫の方を見ながら話し出した。


「.....あの子。羽島ちゃんね.....大病院の.....令嬢なの」


「.....?」


「.....羽島ちゃんが彼氏を連れて来て.....どれだけ嬉しかったか分かる?私.....死ぬ程嬉しかった。だから君に託したい。君なら信頼出来そうだから。.....羽島ちゃんを救ってあげて」


「.....令嬢.....それって.....」


うん、と水谷さんは頷く。

冷蔵庫から食材を取り出して、水谷さんは悲しげな顔をする。

そして天井を見上げた。


「.....羽島ちゃんは.....成績の面でしかご両親に好かれなかった。成績が全ての家で育って.....羽島ちゃんは感情が死んだんだ」


「.....」


(私にはヒーローは居ない)


その.....事だったのか。

羽島が.....俺にヒーローは居ないと言ったのは。

何だろうか.....俺は.....。


「.....私、羽島ちゃんが.....とてもとても心配だから。それを分かち合える人が.....ようやっと現れた。だから私は悲しみを共有して、羽島ちゃんを救いたいんだ。もし良かったら協力してくれないかな?」


そんな事を言われて否定する奴なんて居ない。

俺はそう思いながら。

悲しげな顔の水谷さんを見つめた。

羽島の.....優しげなあの顔が俺の脳裏に浮かぶ。


「.....当たり前です。俺は.....羽島を一生、大切にします」


俺はそう。

答えた。

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