第16話 ミスコンと4人の花嫁

「どうして、あなたたちがいるのよ?」

 そんな言葉で始まった文化祭二日目は、白百合荘の前に見覚えのあるふたりが、大きなキャリーバックを引っ張って門のところに立っていたところから始まる。

 いつものメイド服とは違い、しっかりとよそ行きのカジュアルな格好となっていたララとミラ。普通であれば白百合島で筆頭メイドとして、ヴィラを取り仕切っているはずのふたりが、どうしてここにいるかというと、数日前の白百合島での出来事に戻ることになる。

 いずみたち一行が学園へ向けての帰路に就いた後。白百合島のヴィラの電話にあの方から電話がかかってきていた。それは、いずみの父と母。十六夜(いざよい)と流華(るか)からの電話だった。その電話では……

「いずみ達に何か進展あったら、教えてね~」

「そうだぞ。何なら、学園に行ってもいいから。」

「しかし、それでは、いずみ様達に迷惑を……」

「いいのよ。白百合荘へ泊ればいいから。」

「白百合荘。あの、いずみ様が大家をやってなさる……」

「えぇ。部屋も空いてるだろうし……」

「分かりました。」

「何かあったら、教えてね。ララ、ミラ。」

「はい。お任せください。」

 こうして、ララとミラがめでたく念願の白百合荘へとやってくることができていた。

「まったく。母さんたら……。それに、父さんも……。大家も楽じゃないのに……」

「それに関してですが、洗濯物などの家事全般はわたくしたちが……」

「いやいや、それじゃぁ。大家の立場がないじゃない。いいから、客人として部屋を使って。」

「ですが。いずみ様……」

「ちょっと!」

 大家の格好で庭先を掃除していた矢先の、ララとミラの登場に驚きつつも、ララの「様」付け発言には、しっかりと釘を打っておくことにする。

『いい?学園では、様付けとかしないこと。ただでさえ、生徒会長として、特別視されてるんだから……』

「ふがふが」

『分かりました……』

 白百合学園から少し離れた小高い丘の上にある白百合荘は、学園を一望できることともちろんのこと、学園側からも一目瞭然である。幸いなことにか白百合荘の門のあるところは建物の影となり、身内が出入りしても学園にバレることはなかった。ただ、それと同時にいずみが大家になったことで、両親は最大限の防犯設備を整えていた。通路の加圧検知から、施錠状態での赤外線センサーなど、あらゆる防犯対策が取られていた。

 ただ……治安の良すぎるこの地域は、完全に宝の持ち腐れ状態が否めなかった。いずみ曰く、『管理が面倒』ということで、起動していなかった。

「一応、『お客』としておくから、ふたりともそのつもりでいて。」

「は、はい。わかりました。ねっ。ミラ。」

「仕方ないですね。いずみ様に従います。」

「だから、いずみ様とか、『さま』付けはここでは、なしね。言ってみて。」

「わ、わかりました。いずみさ……ん」

「分かりました。いずみさ、さん。」

「ま、まぁ。いいかな。それで……あなたたちは、どうしてここに来たのよ?」

「それはもう、決まってるじゃないですか。」

「えっ?」

 満面の笑みで並んだララとミラは、さすがに姉妹ということもありミラの右の目元にある泣きほくろ以外は、まったく瓜二つの似たもの姉妹だった。そんな瓜二つの姉妹が並んだ言った言葉とは、その二人の可愛い見た目とは全く異なるお約束的なフレーズだった。

「それは、もう。みなさんのウェディングドレスを見に来たに決まってます。ねっ。ミラ。」

「はい。」

 あまりにも清々しく言い放つララとミラの姿に、あきれつつこの二人なら当たり前のような気がしたいずみでもあった。

「はぁ。あなたたちは。待ったく……。部屋に荷物置いてきたら、学園に向かうわよ。あさひちゃんたちは、もう行ってるし……」

「なるほど。わかりました。」

「は~い。あぁ。それで、いずみさ…ん。」

「まだ何かあるの?」

「はい、あさひさんとは、進展したんですか?」

「ぶっ!」

 ミラはララとの姉妹で白百合島に住み込みで勤めることになったのは、いずみが白百合学園1年の16歳の頃だった。その頃からいずみのことを見守っていたミラとララにとっては、もう。家族も同然となっていた。ひとつ下のあやのもまるで自分たちの姉妹のような感覚になっていた。

 そんな中でもまじめで行動的ないずみは、みやびと違い生徒会長となったりほかの人に指示を出したりなど、学園の役職にも積極的に参加していった。そんないずみも思春期になり、恋愛のひとつやふたつあってもいい年頃になったことで、うれしい変化を両親も待っていた。

 しかし、そんないずみから聞こえてくるのは、学園の手伝いをしたことや、手がかかる後輩がいるから大変。という愚痴の話ばかりで、だれだれを好きになったや告白されたなどの、浮いた話が全く聞こえていないことで、両親も不安になっていた。

「流華様も心配してましたよ。『年頃なのに……』と、嘆いてましたよ……」

「もぅ。母さんたら……」

「そんな中、あさひさんが現れたんですから。それは、もう。流華様も喜んでましたよ。」

「何か言ったの?」

「はい。いずみ様好みの男性が現れましたと……」

「はぁ。言っちゃったんだ……」

「で、どうなんです?その後。あさひさんとは……」

「そ、それは……」

 いずみとて、進展が無かったといえば嘘になる。勝手な片思いとはいえ、あさひへ告白も果たし、ヴィラでは理由を聞くために自室へと呼び出し、あさひの方からキスをしてほしいと懇願したりなど、告白の前の彼氏彼女がすることをもうすでにしていた。しかし……

『この内容を、母さんに正直に言えるわけがない!』

『こんなことをしてたって聞いたら、お母さん卒倒しかねない……』

 そして、いずみは他の姉妹には言えない秘密でひそかな楽しみをしていた。特に好意を持っているあさひの、洗濯物の匂いを大家の権限を使って嗅いでいるなんていうことは、口が裂けても言えるはずもなかった……

「その表情は、何かあったんですね……」

「ちょっ。表情読まないでよ!ミラ。」

「読まなくても、わかりますよ。いずみさん。そんなに、ニヤニヤしてたら誰でも。」

「えっ!うそっ!あっ。」

 ミラがさっと出した手鏡には、普段の生徒会長や大家の仕事をするときとは全く異なり、頬を高揚させて緩み切った目じりは、恋をしている乙女をものがたっていた。

「多くは聞きませんが、うまく報告しておきますね。」

「う、うん。」

 それから、いずみとララとミラの姉妹は、学園へと足を進める。白百合荘から見える学園へは徒歩10分程度で学園へとたどり着ける。その道中、学園へと向かう道すがらの桜並木や、街並みをみつつ学園へと違づいていく。そして……

「えっ!なんで、いるの?」

「そういう反応よね?」

 学園の正門で見回りをしていたあやのが、白百合荘の方向から歩いてくるいずみとララ。そしてミラの姿に驚きの声を上げる。そして、こういう時の主役というのは集合するもので……

「えっ?ララさんにミラさん?」

「えっ?」

 学園の見回りをしていたみやびとあさひも、あやののところへと集合することになり、互いにララとミラの存在に驚くという、白百合荘でのいずみの状態が繰り返される形になった。

「どうして、ララさんとミラさんがここに?」

「それ、私も聞いた。何やらね、ミスコン見に来たらしいのよ……」

「あぁ。あれですね……」

 あさひが遠い目をして悲しい表情をするのも当然で、あさひにとっては女の子がそこまでしてドレスにこだわる意味が分からなかった……

「あのドレス。動きにくいんですよね。この制服だと、丈も短いので歩くのには不自由じゃないですが……」

 ひらひらと制服のスカートをいじるあさひは、短さから太ももの柔肌がちらちらと見えてしまっていることで、周囲の数少ない男子生徒はそのあさひの仕草にくぎ付けになっていた。あさひは、女の子の姿に慣れてきていることから、色々と恥じらいが危うい状況になっていた。しかし、その危うさがあさひの魅力を惹き立てているらしく、ファンを増やした要因のひとつだった……

「あさひちゃん。だいぶ女の子っぽさが出てきましたね。」

 ミラの何の気ないこの言葉が、周囲をざわつかせる。確かに、ボーイッシュな面があさひにはあるが、もしかして……という感情が周囲に巻き起こったが……

「ちょっと、ミラさん。な、なに言って……」

 動揺するあさひとは裏腹に周囲の生徒の反応は正反対だった……

「あさひちゃんが男の子でも、むしろ歓迎!」

「えっ。男の娘でもありでしょ。」

 と、概ね好意的な反応が広がったことで、若干あきれ気味になるあさひ。そして、発言主であるミラは、にこっとあさひに対して微笑んだ。

『……まぁ。及第点かなぁ?……』

『……ミラさん。試した?……』

 そんなやり取りをしている内に、文化祭役員の一人がミスコンの準備のために呼びにいずみ達の元を訪れた……

「あ、あの。いずみさん、あやのさん、みやびさん、あさひさん。ミスコンの控室へ来てくれますか?」

「み、ミスコン!?」

「そうよ、あさひちゃんも。」

「いやいや。わたしまでドレスは……」

「そんな、謙遜を。あまり大きな声では言えませんか、『あさひさんも最終選考まで残ってますよ。』」

「ええっ!」

 白百合学園の文化祭のミスコンは、推薦者が推薦者を選ぶ方式となっていて、多くの支持をもらった推薦者が、自分よりも上と思う相手を推薦することで、自身にある推薦ポイントが移行する方式になっている。

 その方式を繰り返すことで、最終的には数名へと絞り込まれる。そして、4人まで選考が少なくなった段階でTOP4でのミスコン最終戦をステージ上で行うことになっていた。そして、その最終選考にいずみ・あやの・みやび・あさひの4人が残っていた。

 そうして互いの着替え室に分かれ、ドレスへと着替えることになる。それも純白のウェディングドレスに……

「あの、これって。優勝者が着るんじゃないんですか?」

「いえ。上位の方が着るものですよ。」

「じゃぁ。優勝者は何を……」

「優勝者は、あのティアラと文化祭中はティアラをつけて過ごしてもらうことです。」

「ええっ!」

 文化祭中ずっとティアラをつけて行動しなきゃいけないことを知ったあさひは、さすがに自分ではなく、いずみやあやの。もしくはみやびが選ばれるものとたかをくくっていた……

『まぁ。いずみさんかあやのさんだろうなぁ~』

 そうして、着替えを済ませて控室から出たあさひは、ちょうどあやのと出くわすことになった。

「おっと、あさひちゃん。」

「あっ、あやのさん。似合いますね。ドレス。」

「ありがと。あさひちゃんも似合うよ。ドレス。」

「そうですか?歩きにくくて……あっ!」

 普段の制服とは異なり、裾が長いことで足がもつれてしまったあさひは、ふらふらとあやのへと倒れこんでしまう……

「大丈夫?あさひちゃん……」

「あ、あの。ごめんなさい。フリフリになれてなくて……」

「それで、よく演劇の方はできたね。ははは。」

「あ。あれは。ここまでフリフリしてなかったので……」

「そっかぁ。」

 些細な時間、あさひに頼られる形になったあやのは、この前に見た夢を思い出していた。今の状況は、あの時と同じどちらもドレスを着用していることで、夢のあの状況に一番近かった。

 それは、あやのにとって今と無い貴重な時間となっていた。それが、ステージ脇へと移動する合間のわずかな時間だとしても、この気持ちを伝えることを決心する。

たとえ、いずみが好意を寄せている相手であっても、思いを告げないのはつらかった。

「あ、あの。あさひちゃ……」

「あさひちゃん。もう終わったんだね。」

 あやのの気持ちとは裏腹に、あやのの後ろから声をかけたのはいずみだった。いずみも着替えが終わり、ちょうどステージへ向かう道中で二人を見つけたのだった。

「はい。いずみさんも似合いますね。ドレス。」

「そう?ありがとう。あさひちゃん。」

「あやのさん、何か……」

「う、ううん。なんでも……」

「そ、そうですか……」

 寂しそうにあさひの前をステージへ向かうあやのは、いつもの活発で行動的な表情とは異なり、悩みごとでもあるような様子だった。そんな様子に、いずみはあやのの後ろ姿を見ながら物思いにふける……

『あやの。あなた、やっぱり……』

 そんなあやのの想いを知ってか知らずか、いずみの恋心は募っていくばかりだった。そして、ステージ上で集合することになるいずみ・あやの・みやび。そして、あさひ。ステージの前には、4人のドレス姿を一目見ようと会場を埋め尽くすほどの生徒が集合していた。

 会場のあちらこちらから、各々が応援する生徒の名前を呼ぶ声が我さきにと飛び交っていた。中には、応援する生徒のプラカードまで用意した生徒もいた。その中には、しっかりとあさひのファンも存在した。

『あんなの、どうやって用意したんだ?恥ずかしい……』

 5メートルはあろうかというほどの紙にに、「あさひ様LOVE」と書かれた横断幕をファンの生徒が盛大に用意していた。

 そこまで有名なわけでもないあさひにとって、ここまで盛大に応援されてしまうと、いたたまれなくなってしまいどこかに隠れたくなってしまう。

「……早く終わらないかなぁ~……」

「もうちょっと待ってみて、意外とすぐに終わるから。」

「えっ?」

 あさひの隣に並んでいたあやのは、去年のミスコンを経験していることから、このミスコン選定があっという間に終わることが分かっていた。

「……この選定はね、上位者であっても自分の得票をほかの人に受け渡すことができるの。『推薦』という形で……」

「えっ。じゃぁ。」

「といって、一回発表された後だけどね……」

「そ、そうだよね……」

 一刻も早く、この恥ずかしい状態から脱したいあさひは、早く終わってくれるこのなら、とっととステージ上から降りるのが大前提だった。そんなあさひの気持ちを知ってか知らでか、進行役が順位の発表を始めるが……

「なんと!今回のミスコンは、異例中の異例。4人の方々、ともども同点です!」

「えぇぇぇぇっ!」

「学園の歴史の始まって以来の、同点でのミスコンとなりました。」

 学園の創立以来の文化祭の名物のミスコン。その歴史の中でほとんどが得点の段階でだれか一人に絞られていたが、あさひの編入したこの時は人気が妙に拮抗したことで、票が分裂したこと平均化することはなかった。

 しかし、あさひの登場したことで、いずみが好きでありながらあさひも好きであったり、あやのが好きなうえにあさひも好きなど、推している人のほかの絡みとしてあさひを推す生徒が増えていた。

 そのことで、ミスコンでの得票数が分散。そして平均化されたことで同数の得票数となっていた。

「今回の特例として、優勝者には生徒会からひとつだけ学園でのお願いをかなえられます。」

「えっ!お願い?」

「はい。なんでもいいらしいですよ。ね。いずみさま。」

「えぇ。生徒会の権限で何とかします!」

おおぉぉぉぉ!

 会場から歓声が上がり、その場のテンションは最高潮になる。それに比例して、心配する人が一人……

『……大丈夫かなぁ。いずみさん……』

 心配するのと同時に、司会の人が票の移動について説明を始める。そして、一番先に手を挙げたのは、みやびだった……

「わたしは、あさひさんを推薦します。」

「みやび……」

「私は、文化祭の筆頭役員として、初めての文化祭を仕切ることになりましたが、あさひさんのおかげで、ここまでやってくることができました。」

「そして、それを支えてくれたのがあさひさんでした。そのため、このコンテストは、あさひさんを支持します。」

「みやび……」

「みやびさんの保有していた支持票が、あさひさんへ移動します。」

 みやびの持っていた得票があさひへと移動した後、次の推薦者が出たのはあやのだった……

「私は、いずみさんを推薦します。」

「いずみさんは、私たちの姉でもあり学園の生徒会長で大家です。」

「いつも、私たちの姉として、生徒会長として、大家として私たちを支えてくれました。」

「今度は、わたしが恩返しをして、この恩に報いたいのです。という理由から、推薦します。」

 そうしてあやのからいずみへと移動した票は、あさひと同数になってしまった。そして、そんなあさひと同数になったいずみの心はもう決まっていた。

「あさひさん。わたしは。あなたが優勝すべきだと思うわ。」

「えっ。いずみさん。」

「ということは。今年の優勝は、なんと!話題の転入生のあさひさんが優勝です。みなさん!拍手~」

 それからというもの、あさひはティアラをつけて歩くこととなり、複雑な気持ちになっていた。

『僕は、男の子なのにティアラって……』

「似合うじゃない。ティアラ。」

「そうですか?あやのさんとかいずみさんのほうが似合う気がするのですが……」

「今回は、あさひちゃんが優勝したんだから……あ、そうそう。何にする?特権。」

「えっ?本当にいいんですか?」

「えぇ。いいわよ。」

 ミスコンで言っていたお願いを聞いてもらう約束だったが、本当に公約になっているとは思っていなかったあさひは、半信半疑だった。そして、その半信半疑は生徒会長でもあるいずみに聞いたことで現実になった。

「じゃぁ。私服の時は、ボーイッシュの格好をしてもいいですか?」

「それは……」

 あさひは、学園の手違いで女の子として学園で生活していることになっていた。そのため四六時中女の子としてふるまっていた。あさひ本人もそこまで苦でなかったことも幸いして、女の子像が板についてきていた。

 そのため、若干私服が男の子ぽくても違和感をあたえないだろうと、あさひも思っていた。そして、そんな真実を知ってか知らずか、生徒会室に新聞部の部長が入ってきた。

「あさひさんがボーイッシュの格好?気になるので、取材を……」

「あ、あなた……また。」

「また?」

「えぇ。ちょくちょく学園で話題になるでしょ。私とあさひちゃんの事が。」

「はい。」

「その時の、大体の大元をたどるとこの子なのよ。自粛しなさいと入ってるけど……」

「気になったことは追求する。それが、わたし。琴葉(ことのは)ですから。」

「こう言ってきかないのよ。」

 首から一眼レフを下げたその新聞部部長は、よほどあさひに密着したかったのかしきりにあさひを連写で撮っていた。

「はぁ。」

 少しあきれ気味のあさひを他所に、カシャカシャとカメラの音を立てながらシャッターを切り続ける琴葉をみて、いずみへと耳打ちをする。

『この人に、男の子ってバレちゃ……』

『もちろんダメ。だから、ボーイッシュと言っても、女の子が男装をする程度ってことね。』

『分かりました。』

 そんな会話をした、あさひはひとつだけ閃いたことがあった。それは、うまく新聞部を利用する方法だった。あさひは琴葉の方へと行き耳打ちを始める。

『あの。私のプライベート系の写真ってほしいですか?』

『えっ!いいんですか!?もちろん。ファンが大喜びなので。ぜひ!』

『ラフなスタイルを取らせてあげるので、仕事中は撮らないでもらいたいんですけど……』

 琴葉の頭の中では、ラフなあさひと仕事中のあさひの姿が天秤にかけられていた。普段なら、役員としての仕事風景しか撮れないことで、記事もマンネリ化してしまう。しかし、プライベート写真ほど強力なネタもなかった。

「分かりました。それで手を打ちましょう。」

「よろしくお願いします。」

 ふたりが固い握手を交わした後、琴葉は生徒会室や学園での仕事中のあさひの写真を撮ることはなかった。

「あさひちゃん。よくあの子を遠ざけたわね。どうやったの?」

「どうも何も、利害の一致というか……」

「利害の一致?」

「はい。役員の仕事の時に来ない代わりに、ラフな格好を撮らせてあげてますから……」

「それって大丈夫なの?バレちゃったりとか……」

「その点は、大丈夫です。男とわかりそうなものは、なくしてあるので。」

「なるほどね……」

 その代わりとして、あさひの休日は新聞部に独占される状態になってしまっていた。ラフなボーイッシュの格好で、琴葉と撮影会を行うのだから……

「はぁはぁ。今度はこの格好で……」

「ほんと、琴葉さんは、好きだね。」

「それは、もちろん!言ってませんでしたが、私はあさひさんのファンクラブの幹事ですからね。」

「そうだったんだ。だから、熱がこもってるだね。」

「それは、もちろんのこと……おかげで……」

「おかげで?」

 財布をと取り出した琴葉は、いかにも守銭奴のような表情をして怪しい声を上げていた。

「あさひさんのオフショットは、結構いい値で売れるんですよ……」

「あ。あははは……」

 自分のオフショットが高値で取引されてることを知った、あさひはあきれたものの、そんなに悪い気はしなかった。なぜなら……

『ほんと、楽しそうに撮るなぁ~』

 写真を撮る琴葉の表情が、いつも活き活きとしてあさひを撮影していたからである。あさひとて、ここまで楽しそうに撮影されたら悪い気はしない。時折、もっとサービスしてしまい、後で慌てて確認することもしばしば……

「あ、そういえば、この前のへそ出しギリギリショット。ファンの間で、国宝級になってましたよ。」

「えっ?ど、どうして。」

「あの写真。数枚しか撮らなかったじゃないですか。」

「えぇ。」

「それが、プレミア度が付いてしまって……」

「えっ!」

「枕元に置いて寝てるファンもいるくらいですから……」

「そんなに!?はぁ……」

「だから、あさひさん。バンバン撮りましょう。」

 こうして、あさひと琴葉の撮影会は過ぎていく。そして、ミスコンの報酬としてのボーイッシュの格好が、この後。重要なカギとなっていく……

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