第17話 大家としての建前と乙女としての理性

 その日。あさひに衝撃が走ったのは、文化祭から数日たったある日のことだった。白百合荘では、大家のいずみがある程度の洗濯物をまとめて洗濯して分類してくれることになっている。そのため、あさひの服も洗濯してもらうことがあるのだが……

「い、いずみさん……」

 あさひが洗濯物のポケットに忘れ物を取りに洗濯機の場所に行くと、そこには洗濯を始めようとするいずみの姿があったが、そのいずみの姿はいつもと違い目じりは下がり、頬は高揚していつものしっかりしたいずみの姿とは異なり、あさひの前でワガママを言うときのようないずみの姿になっていた。

 そして、ゆるみきった顔のいずみが持っていたものは、あさひの肌着だった。それも洗濯前のものに顔をうずめて匂いを嗅いでいるようだった。そして、その恍惚とした表情をしたいずみは、その場に居合わせたあさひに気が付くまでの数分の間、匂いを楽しんでいた。そして、案の定。あさひの姿に気が付いたいずみは、次第に青ざめて、声にならない悲鳴を顔が物語っていた……

「あ、あのね。こ、これは。これはね……」

 ふたりの間に微妙な空気が流れたのは言うまでもなく、見なかったことのようにしてそっとランドリーを退出しようとしたあさひをいずみが引き留めた。

「あさひちゃん。あのね、これはね……」

「い、いいんですよ。人それぞれ、好みはあるんで……その。ぼくの服を嗅いで満足するなら、それで……」

「ちょっとまって!そんな悲しい目をしないで!言い訳させて!」

 それから、いずみの言い訳が始まった……

 最初はほんの出来心で始めたいずみだったが、白百合荘の洗濯を担当していることであさひの服に触れることも多かったいずみは、あさひへ恋をしてからというものあさひの身に着けるものに対して、異常なほどの興味を持ち始めていた。

 あさひのTシャツに始まり、あさひとの距離が開いていた体育祭・文化祭の時期はあさひの下着にも手をかけようとしていた時期もあったが、さすがに思いとどまっていた。

「えぇっ。そ、そんなことしてたんですか……」

「だ、だから。ひかないでぇ~どうしようもないのよ、ついつい。手が伸びちゃうの。そして、いつの間にか顔をうずめてて……」

「それで、深呼吸してたと……」

「うん。」

 床にペタンと座りながら必死に弁明するいずみは、大家としての威厳はどこへやら、この人が生徒会長なのか?と疑うほどに普段の凛とした表情とは全く違う、乙女の表情をしていた。

「あ、あの。わかりましたから……」

「ううん。埋め合わせさせて。」

「いいですから……」

 そうして、いずみと一緒に向かったのは、近くのショッピングモールだった。確かにあさひはちょうど欲しいものがあったためちょうどよかったが、見ようによっては埋め合わせでなく単なるいずみとあさひのデートにしか見えなかった。

「あの、これが埋め合わせ?」

「な、なってないのは、わかるよ。ちょうど買い物をしたかったから……」

「そんなこと言って、デートしたいだけなんでしょ?」

「えぇっ。そ、そんなこと……ない、よ?」

『いずみさん。ごまかしきれてませんよ。それ。』

 夕食の買い物なのかかごを手に取り食材をかごに入れていきながら話すいずみは、いつにもまして楽しそうな表情をしていた。そんないずみのとの買い物をしていると、モール内の放送が流れた。

『お客様のお呼び出しを申し上げます。学園からお越しのいずみ様、いずみ様。中央の案内所にて、ミラ様とララ様がお待ちです。至急、中央案内所にお越しください。』

 モールの読み上げた名前は、いずみとあさひにとっては聞き馴染みのありすぎる名前が読み上げられていた。ミラとララは、文化祭以降に普通なら島に戻るのだがいずみの父の十六夜にいずみのそばにいたいということを懇願したらしく、それにおれる形で白百合荘の新たな住人として、暮らすことになっていた。

「ミラとララ?どうして?モールにいるのよ。」

 前日、ミラとララは翌日の用事は特にないということで、白百合荘で一日掃除などをして過ごすことになっていた。そして、ミラとララは大家としてのいずみの仕事を一部肩代わりしていた。

 いずみにとっての都合の悪かったのが、たまたま自分の洗濯物を選択するついでにほかの洗濯物も一緒にと思い、ミラやララの手伝いをしようと気が向いたことだった。

 気が向くことそのものはいいことだったが、その洗濯物の中にあさひの洗濯物が紛れ込んでいたことだった。ミラやララが大家の仕事を分担するようになってからは、洗濯も当番制となり、それまでいずみの癒しのひとつだったあさひの洗濯物へ触れる機会がめっきりと減っていた。

 そんな状況が、かえっていずみのささやかな秘密が張本人にバレる結果となってしまっていた。そして、そのお詫びも兼ねた買い物だったのだが、いずみにとってはその場を何とかくぐりぬけようとした作戦のひとつだった。

 そして、本来なら白百合荘にいるはずの、ミラとララのもとへと向かったいずみは、元のショップの近くであさひと別れ中央案内所へとたどり着いた。

「あなたたちは、どうしてここにいるの?」

「それは、いずみ様についていく為じゃないですか。」

「そうです。」

 意気投合してミラとララは、うんうんと首を縦に振って意思表示をするが、いずみにとっては、どうして構内放送をすることになったのかが、おおむね想像できていた。

「で?ついてきたはいいけど?」

「はい。」

「迷子になりました……」

「というか、ここ。広すぎません?島より広いんですが!」

「はぁ。あなたたちったら……」

 案内所でいずみとミラとララがそんな会話をしているころ、ショップの近くでいずみと別れたあさひは、モールでひとりいずみの事を待っていた。

「いずみさんはもう少しかかるんだろうなぁ。」

 そんなことを思いつつ、あさひはモールの中を横断している通路の真ん中にあるベンチへと腰を掛けていた。そんなあさひのそばにあるダンディーな紳士がさしかかろうとしていた。

『うちのいずみにも、そろそろ相手が必要なころだからなぁ~だれかいい人がいないか?』

 真夏は過ぎたもののまだ暑い日が残る8月半ば過ぎに、いくらエアコンが聞いたモール内とはいえ暑そうな茶色のロングコートにテンガロンはっとという、私立探偵を地で行くような恰好をした人が何やら考えながらあたりをキョロキョロしていた。

「迷子かなぁ?でも、男の人だしそんなことは……」

 ここのモールは、一応学園都市内にはあるものの海外からの旅行者も普通に訪れることから、モールの広さに迷子になる事も多かった。そんなこともあり、あさひがモールを利用する際は時々、出口などを案内してあげていたりしていた。

『うちのいずみなら、カッコいい系よりかわいい系を好むだろうなぁ~』

と考えながら周囲をキョロキョロしながら歩くその男性は、ベンチに座る少年と目が合う。それは、あさひも同じだった。しかし、あさひは。迷子だと思っているらしく……

「あ、あの。どこか探し物ですか?」

「い、いや。ね。探し物といえば探し物なんだが、なかなか見つからなくてね。」

「へぇ。どんなものなんですか?僕が一緒に探しましょうか?」

「いいのかい?用事の途中とかじゃないのか?」

「いえ。僕の相手は、今ちょうど用事で外しているので、しばらくは大丈夫だと思います。」

「そうか、じゃぁ。たのもうかなか?」

 何を捜しているのかいまいちつかめなかったあさひ。しかし、当の男の人からすれば、いずみの好みにピッタリ合う男の子だったこともあり、その彼にかけてみることにしていた。

「それで、探し物はどんなものなんですか?」

「それは、私個人のものというより、娘へのものなんだけどね。」

「へぇ。プレゼントとか何かですか?」

「まぁ。プレゼントともいえるかな。誕生日も控えてるから、プレゼントを考えていてね。」

「女性へのプレゼントですか。僕なんかでいいんでしょうか、提案しちゃって……」

「別にいいさ、参考にさせてもらうよ。君はファッションセンスも娘に近いみたいだし。」

「そうなんですか?うれしいです。そう言ってもらえると。」

 そうして選んだ娘さんへのプレゼントは、蝶のブローチやアクセントのついたヘアピン。ハード型のイヤリングをチョイスしたあさひ。

「男の子なのに珍しいね。ここまでアクセサリーに詳しいとは、驚きだよ。」

「ま、まぁ。いろいろありまして……」

『普段は、女の子として生活してます……なんて言えるわけないしなぁ~』

 モールにボーイッシュの格好をしてきていたこともあり、学園に関係ない人であれば「男の子」として振る舞うことになっていた。そして、女の子の格好も男の子の姿もしっくり来てしまうのがあさひの容姿がそうさせていた。

『僕。どっちの姿をしても怪しまれないって、それってどうなの?男として……』

 イヤリングなどのアクセサリーを見ながら、自分が男の子なのにアクセサリーを選んでいることを、周囲から一切不思議がられていないことに一抹の不安を感じ始めていたあさひだった。

「ほんと、君のおかげで今日はたすかったよ。今度、うちの娘を君に紹介してもいいかな?」

「そ、そんな。大げさな。僕は当たり前のことをしたまでで、お礼をもらうようなことは何も……」

「これは私の気持ちさ。娘の彼氏に君を欲しいくらいさ。謙虚だし娘が好きそうな容姿をしているし……」

『いやいや。娘さんが僕みたいな人を好きなのってどうなの?それ。』

 と、そんなことを思いつつもあさひは、そのダンディーな男性に押し切られるようにふたつ返事で仕方なく了承してしまうことになった。

「君は、学園の生徒なんだね。うちの娘も学園の役員をやっていてね。もしかしたら、あっているかもしれないね。」

「そ、そうかもしれませんね……」

「あぁ。こんな世話になってしまってからあれなんだが、名乗るのを忘れていたね。私は十六夜(いざよい)という。君の名は?」

「あさひです。ひらがな3つであさひです。」

「あさひ君か。今日は、本当に助かったよ。このことを娘に報告しないとな。」

「は、はぁ。」

「それでは、また。あさひくん。」

「は、はい。失礼します。」

 深々と会釈をしたあさひが次に頭を上げると、もうそのダンディーな男性はそこにはいなかった。あさひにとって本当に嵐のように訪れて、あっという間に去っていった男性だった。

 それから、いずみと再会したあさひは、いつものように買い物を終えて白百合荘へと帰宅する。そして、当の十六夜はというと……

「流華。今日。いい人と会ったぞ。あさひ君っていうのだがな。とてもかわいらしい男の子なんだが、ボーイッシュでしっかりとした一面もあって、いずみの相手にいいんじゃないかと思ったんだが、どうだ?」

『ん?あさひ?島に着た子もあさひって?でも女の子って、報告が……別の子かな?』

「どうした?流華。何か、引っかかることでも?」

「いえ。なんでもないわ。そんなにいい子だったの?」

「あぁ。いずみは奥手で、しっかり者だが異性に対してからっきしだからなぁ。」

「えぇ。姉妹がいることで、自分の事はいつも後回しに考えていますからね。あの子は。」

「あぁ。もっと自分の事を考えてもいいころ合いだと思うんだ。」

「で、あなたとしては、その彼を……」

「あぁ。見合い相手としてでもいずみに合わせてあげたいと思っている。」

「あなたがそこまで言うのなら、相手の写真はあるんですか?」

「ん?ない。」

「はぁ?お見合い写真もないのに、話を進める気ですか?」

 正直なところ、十六夜も今日であったばかりですぐに写真を撮ろうという流れにはなれなかったというのが本音だったが、さすがにそのまま言っても好転しないと思った十六夜は、とりあえず見合いの話だけでも進めてしまおうと考えたのだった。

「まぁ。あそこまでいずみにピッタリな青年もいなかったから、写真を撮って逃げられても困るからなぁ。」

「それは、確かにそうですが……」

 こうして動き出したいずみたちの陰で動き始める見合いへの段取りに、いずみだけでなく周囲も巻き込まれていく……

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