第15話 文化祭とふたりの姫

 身支度を整え、もうすっかり「女の子」に戻っていたあさひを見送りに空港まで来ていたミラと運転手のララ。

 今生の別れかのようなしんみりとした表情で見送るふたりは、連れて行って欲しいと言わんばかりの表情で、見送りに来ていた……

「とうとう帰ってしまわれるのですね……」

「また、あなたたちはそうやって……」

「せっかくなじまれたと思ったのに、もう行かれてしまうのですね……」

 いずみとそんな会話をしていると、あさひが真に受けてしまったのか……

「ミラさん、ララさん……」

「お会いできなくなるのが、寂しいです……」

 ミラとララの手を取ったあさひは、何とも言えない表情をしていたが、いずみたちにしてみれば、いつもの事なので冷めた表情をしていた。そして、あまりにも長くしつこいミラとララからあさひを離すと、とっとと飛行機へと搭乗した。

「ほんとに名残惜しそうにしてるんですが……」

「いいのよ、あれで。いつもの事だから……」

「そうなんですか……」

 白百合島が初めてなあさひを除いたいずみ・あやの・みやびはいつもの事のため、半ばあきれ顔のような顔になっていた。そんなこんなをしているうちに、あっという間に学園へと到着し、いつもの日常が返ってくる。

 いずみは白百合荘の大家であり生徒会長。あやのは風紀委員とその他部活の管理へと帰っていく……そして、文化祭を数日後に控えたみやびはあさひと一緒に準備が行われている学園を一回りする……

「もう、結構いろいろとできてるね……」

「そうね。大体の生徒たちは、早めに学園に来て準備する子も多いみたいだし……」

「なんか、申し訳ないなぁ~」

「えぇっ。なんで?」

「だって、うちらだけ、こんなギリギリまで旅行行ってたのに、ほかの生徒は……」

「まぁ。そう考えるとそうなっちゃうけど、遠隔でも指示してたから、何とかなった様子だけど……」

 みやびは旅行中でも、ちょくちょくタブレットを操作して、学園からの連絡事項を確認して指示を出したりしていた。その効果か、ほとんどの出し物のデコレーションなどがほとんど完成に近くなっていた。

 ただ、そんなみやびでも見過ごしていた点があった。それは……『ミスコン』である……

「はぁ?なんで、私とあさひさんまで出ることになってるの?」

「どうしたんですか?」

 駆け寄ったあさひは、みやびの手に持たれた書類を見て驚いた。ミスコンの参加リストの中に、実行委員のみやびとあさひの名前も入っていたからである。しかも、いずみとあやのも同じようにエントリーされていた。

「しかし、生徒たちの要望で……」

「それはわかりますが、私たちが出てしまっては、ほかの生徒が入賞することなど……」

「それもそうなのですが、これを……」

「なに。えっ!」

 委員の一人がもう一つの書類を手渡すと、そこには立候補者の名簿が出ていた。そして、この学園の独特の規定が厄介な働きをしていた……

 彩萌学園のミスコンは、立候補形式で一般生徒も立候補することが可能。そして、ある程度の支持を経た候補者は、特定の人物を推薦することが可能となり、特定の人物にその得票を移動させることになる……

 ある程度の得票を得た人が、もうひとりを支持し候補から消える。ということを繰り返した結果……候補者の中には、いずみ・あやの・みやびそして、あさひしか残っていなかった。

「それにしても、編入者でここまで得票を伸ばした人も珍しいですよ。あさひさん。」

「えっ?は、はぁ。」

 通常、途中から入って来た編入性は、注目を浴びることが少なく、ミスコンにまで取り上げられることはないことが多い中で、あさひはずば抜けていずみと同じ年代の上級生からの支持を得ていた。

「な、なんで、僕が。僕よりみやびちゃんの方が……」

「これを見ても、それが言える?」

「えっ?あっ。」

 そこには、投票した理由を書く欄があり、そこにはあさひを称賛する言葉が書き連ねられていた。

『いずみ様と一緒に並んでる姿がかわいい……』

『いずみ様とあさひさんのペアが見たい……』

『いずみ様とあさひさんの絡みが見たい……』

 などなど、その多くがあさひがいずみの秘書をしていた時に、目撃した生徒なのか、あさひを全面に推す言葉が書かれていた。

「生徒たちの中では、『文化祭はふたりの姫が優勝でしょ!』という噂も出てるくらいですよ。」

「はぁ?なに、ふたりの姫って?」

「なにを言いますか、みやびさんとあさひさんじゃないですか。」

「えぇぇぇぇっ!」

 あさひ達が旅行中に生徒たちが勝手にうわさ話を始めたらしく、みやびもあさひもどちらも結構な美少女ということもあり、そのふたりがタッグを組むということで、このふたり以外にはいないだろうという雰囲気になっていた。

 そんな会話をしていると、演劇部の生徒がみやびのもとへと駆け込んでくる……

「あ、あの!みやびさんとあさひさんは、いますか?」

「えっと、あなたは……」

「はい。わたしは、演劇部の部長なんですが、急遽。メインの子と主人公の子が、体調を崩しちゃって、代役を頼めないでしょうか?」

「えっ!どうして私たちが?」

 あさひもみやびもともに演劇経験も全くなく、代打をしたところで大根役者なことは目に見えていた。そんな中でふたりに頼もうというのだから、ふたりにしてみれば、どうかしていると思っても仕方なかった。

「いや、私たち、演劇なんて……」

「台本は、すでに用意してあるので、とりあえず来てもらえますか?お二人とも……」

 仕方なくふたりが学園にある演劇部の部室へと向かうと、そこにはふたりの到着を心待ちにしたメンバーが待ち構えていた。その中に……

「あれ?あなた、主役の子よね?」

「えっ?あれ。さっき、体調を崩したって……」

「それが……」

「てへっ。」

 部員たち曰く、みやびとあさひのファンが多くを占めている部員たちが画策して、主役をやってもらおうと思っていたらしく……

「それで……私たちのところに来たと……」

「そういうことなんです。やってもらえませんか?」

「どうします?」

 頼まれたところで、演劇経験が皆無に近いみやびとあさひは、とりあえず題目を聞いてみてから判断することにした。

「それで、題目は何なの?」

「じゃぁ。」

「題目を聞いてから、判断するわ。で、なに?」

「ロミオとジュリエットです。」

「はぁ。やっぱり……」

「じゃぁ。どっちかが、男装?」

「いえ。パロディーなので……」

「えっ?」

「どっちも女性キャラで、再構成しました。」

「はぁ!?」

 部員たち曰く、みやびの男装姿も外せないがあさひの男装も外せない。ということで、どちらも女性という新説として、シナリオを組んだとのこと。そのため、小説やドラマのロミオとジュリエットではなく、ジュリエットという名の女の子が2人いるという設定らしい……そして、台本を見せてもらった二人は……何とも言えない表情となった。

「いやぁ。これって……」

「だめですか?」

「いやぁ、駄目じゃないけど……」

「じゃぁ。」

「でもさ。」

「なんでしょう……」

「この台本、キスの指定が細かくない?」

 台本のキスの指定には、まるで官能小説と勘違いしそうなほどに濃厚なキスの指定が書かれていた。

「これを……あさひさんとしてと……」

「はい!」

 演劇部の満面の笑みで返された返事は、両目をキラキラ輝かせてみやびとあさひにやって欲しいと言わんばかりの表情だった……その表情に押される形で……

「わかったわよ。やればいいんでしょ?やれば。」

 みやびのその言葉待っていましたかのように、飛び上がるように喜んだ生徒たちは、各々で歓喜しあっていた。

「良いんですか?みやび。」

「『良いんですか?』もなにも、あなたもやるのよ?これ。」

「えっ?」

 そうしてお互いに見合った台本には、見知ったふたりでやるにはあまりにも濃厚な内容が記されていた……

「これを、や、やるんですか……」

「そ、そうよ……」

「はぁ~」

 ふたりの大きなため息は、ノリノリの部員たちに囲まれるようにしてかき消された。そして、数分後……

バン!

「あさひちゃんとみやびが演劇に出るって……はっ!」

 文化祭の準備として、校内を風紀委員として巡回していたあやのが、駆け足で演劇部の扉を開けるとそこには……

「そ、それは。わたしへのご褒美……」

「違います!」

 あやのが歓喜したのは目の前には、あやのの理想的な光景が広がっていた。衣装合わせとして、あさひとみやびがウェディングドレスを来ていたからだった。

「あの、どうしてふたりともドレス?」

「この作品はね、どっちも女の子が主人公だからね。ふたりで逃避行するのよ。」

「えぇっ!」

 用意された台本は、ベースとなるロミオとジュリエットとは、まったくと言っていいほどに異なるもので、ほぼオリジナルシナリオと言っていいくらいのアレンジがされていた。

互いの王子に嫌気がさしたふたりが一緒に逃避行するというものだった。

 そのため、ロミオとジュリエットでのおなじみのあのセリフもなく、もはや、オリジナルでいいのではないか?というほどのアレンジが加えられていた。

 そのためか、タイトルにはこう書かれていた……


……ロミオとふたりのジュリエット……


 演劇部が文化祭の出し物として、企画した題材「ロミオとジュリエット」のパロディーとして、製作した題材で、『ジュリエット』という名前の血のつながらないふたりの少女が、優柔不断なロミオに愛想をつかしてしまいふたりのジュリエットで逃避行するという、とんでも展開の作品だった。


「こ、これを、文化祭で?」

 台本に目を通したあやの。部室内にいた部長と題目に対してチェックをして、あれこれとやり取りをしていた。

「だめですか?風紀的に……」

「う~ん」

 そんな、あやのの中ではいろいろと欲求が交錯していた……

『風紀委員としては、まぁ。ギリというかなんというか、いいとは思うんだけど……』

『そこまで、激しいシーンもなさそうだし……』

『それに……』

『あさひちゃんとみやびのドレス姿が見たい!』

 あやのにとって、風紀や学園の進行以前に、あさひやみやびのドレス姿が見たいことが最優先になってしまっていた。そして、出した答えはもちろんのこと……

「い、いいんじゃないかな。」

「あ、ありがとうございます。みんなぁ~風紀委員長から許可出たよ~」

「お~」

 あやのは、ほかの生徒からの推薦でいつの間にか風紀委員長の座についていた。ただ、普段の白百合荘や島での行動を見ているあさひとしては……

『この人が、風紀委員長でいいのかなぁ?』

 と疑問に思ってしまうあさひだった……

 そんな、数日前の急な演劇部へのヘルプとなったあさひとみやび。そして文化祭の1日目が始まる……あさひとみやびが登場することになる演劇は、初日の午後から行われる予定になっていて、初日の巡回を昼までやったのちに演劇部の控室へと足を運ぶ……

「お待ちしていました。ふたりとも……」

「本当にやるんですか?」

「あさひちゃん。実を言うと、わたしも正直なところ辛い……」

 あさひもみやびも演劇経験皆無なため、この数日で練習はしたもののうまくできるかどうかが心配だった。そうしているうちに開始時間となり、あさひとみやびが登場する演劇「ロミオとふたりのジュリエット」が始まった。

 ストーリーが展開していくうちに、その超展開に会場は驚きつつも、しっかりと練られた物語に、盛り上がりは最高潮になる。そして、最初の見せ場の互いの愛を確かめるシーンが来る……

「わたし、あなたの事が……」

 あさひがみやびが演じるジュリエットへと告白しようとする。だが、その告白の口を遮るかのように口づけをする。という台本になっていた……だが……

『…………』

『みやび。ここでキス……』

『分ってる……』

 なかなか進んでいかない演技に観客が戸惑い始めた頃、意を決したみやびはようやくあさひと口づけをする……

 すると、会場からはふたりのキスシーンに喜ぶ声があちらこちらで上がる。その中で、何とも言えない表情をしていたのはいずみとあやのだった。彼女たちも文化祭の合間に、あさひたちが主役をやることになった演劇を見に来ていた。

『こ、これは、演技なのよね。そ、そう。そうよね。』

『うわぁ。結構、しっかり、してる……』

 姉妹の中では唯一、あさひとのキスをしていないあやのは、興味と似たちょっぴりエッチな気分になっていた。それは、あさひが男の子であることを知っているからなのか、それとも知らなくてもこんな感情を持つのかは、いまだわからなかった。

 そして、あさひに好意をもってキスをしたことがあるいずみ。明確にあさひに好きになって欲しいとは言ってないものの、やはり姉妹でも自分以外とキスをしているところを見るのは、胸の奥がもやもやしてしまい思わず胸に手をあてる。

 そんな姿とあさひを見る視線が、普通の同居人を見る視線とは全く異なっていることにあやのは気が付く。それと同時に、自分に芽生え始めているあさひへの思いに答えを出す時が近づいている気がしていた……

 それから、あさひとみやびが主役の演劇はクライマックスまでつつがなく行われ、文化祭の一日目はつつがなく終了し、舞台終了後に白百合荘に戻るといつもと変わらないいずみがあさひたちの帰宅を出迎えた。

「おかえり。今日は、注目の的だったねぇ~」

「えっ、見てたんですか……。恥ずかしい……」

「しっかりと演じてたからいいのよ。ほかの生徒もくぎ付けだったわよ~。」

「や、やめてください。付け焼刃の演技なんですから……」

「ふふふ。」

 そんな会話をしながら、あさひの文化祭の一日目が過ぎていく……。そして、この時、いずみたちの両親が静かに動き始めていた……

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