第14話 少しのワガママと芽生え

「で、どうしてこんなことに……」

「だから、事故なんですよ……」

 ヴィラにあるいずみの部屋へと連行されたあさひは、なぜか半裸のまま連れてこられていた。というのも、頭に血が上ってしまったいずみは珍しくムキになってしまったことで、半裸の状態のあさひを自室に連れて行き尋問する形になっていた。

「いや、みやびちゃんと着替えることになって、着替えてるうちに『さわってもいい?』って聞かれて……」

「それで……」

「いいって言って……」

 淡々と説明するあさひ。そんな尋問をする形のいずみは、尋問とは全く関係のないことが頭の中で渦巻いていた。

『えっ?なに!学園祭の時のあやのを抱きかかえてたのだって、うらやましいって思ったのに、今度は抱き着いてたの?うらやましい!』

『なに、触りたいって言われたから?いいって?じゃ、じゃぁ……』

 学園外の常夏の離島ということが、いずみの理性のタガをゆるくするのか、あまりのお預けでいろいろとおかしくなったのか、積極的になったいずみは思い切って切り出す……

「じゃ、じゃぁさ。わたしが今。触ってもいい?って言っても触らせるの?」

「えっ?いいですよ?断る理由ないですし……」

 その言葉に、いずみの強固だった理性のダムがいとも簡単に開門していく……それは、それまでに堪えつづけた理性という名の大量の水を流しながら、欲望という発電機を回し始める……

「ほ、ほんとに。いいの?触っちゃうよ?」

「ん?なんで、そんなに警戒してるんですか?」

「いや、ほら。だって、私は会長で、姉妹の長女だし。そういうことは……」

「なにを言ってるんですか。触りたいなら掘ら……」

「えっ?あっ!あさひちゃん。だめっ!」

 強引に腕を取ったあさひは、何もつけていない上半身へいずみの手を添えた。そのいずみの手からは、あさひのしっかりとした心臓の鼓動と男の子であることを証明するしっかりとした骨格が手に伝わってくる……

『あっ!あさひちゃんを触ってる……じかに……』

『やっぱり、華奢(きゃしゃ)とはいえ骨格はしっかりしてるのね……』

 ここまであさひと密着したのは、強引に連れ込んだあの時の告白以来の久しぶりの感覚に浸ったいずみは、触れてしまったことで強固な理性のダムが耐え切れずにヒビが入り始めていた……

 一方、その頃。いずみを尋問する形になっていたあやのはというと、いろいろと面白いことになっていた……

「だから、あやねぇ。そういうことじゃないんだって。どうして何回も言わせるの!純粋に触ってみたかっただけだったから!」

「えぇっ。みやびもあさひちゃんの肌をなでたかったんでしょ。つるつるすべすべで気持ちよかったでしょ?」

「それは!それ、は。ありますが……」

「その割に、しっかりとした骨格をしてたでしょ?」

「は、はい。」

「あれで、女の子じゃないんだよ。男の子。」

「わたしをそっちの道に誘わないでください。女の子が好きという訳じゃないんですから……」

 あさひが現れるまでは、異性への興味が皆無に近かったみやび。そのため、女の子が好きなんだと勘違いされることも多く、その原因の多くが、いずみとあやのの絡みが学園でもあったことで、三女のみやびも同じく女の子にしか興味がないものと思われていた。

「そんなこと言って。はたから見たら、あさひちゃん。男の子なのに、小顔だから女の子同士で抱き合ってるようにしか見えないわよ。」

「うぐっ!」

 あやのの独特の言い回しから逃れようと、踵を返したみやびを追うように隣に並んだあやのは、みやびの顔の横に頭を持ってくると……

「みやびも、あさひちゃんが気になりだしたんでしょぉ~かわいいもんね~。それでいて、よほど無理なことじゃなければ言うことを聞いてくれるわよ~」

 耳元で悪魔のささやきのように、みやびの欲望のセンサーを刺激するあやのは、実に楽しそうに話し続ける。それに耐えきれなくなったみやびは、あやのの魔の手から離れるようにあやのと対面すると……

「わ、わたしは!そ、そんなんじゃ……ない。はず……」

「ふ~ん。」

 何やら含みを残すあやのと自分に芽生え始めた感情に戸惑い始めているみやびは、困惑しつつも、自分を律しなければと精いっぱいの自制心を働かせていた……

 その頃のいずみとあさひはというと、いずみの理性のダムが今にも崩壊しそうになっていた……

「あ、あの。大丈夫ですか?」

「はぁ、はぁ。えっ?なにかな。」

「いや、息が上がってて、熱でもあるんですか?」

「だ、大丈夫だから。」

 あまりにも触れることの少なかったいずみ。あさひの洗濯物を見つけてはその匂いを嗅ぐほどのあさひ中毒となっていたことと、急接近によるあさひの匂いをダイレクトに嗅いだことで、いずみの脳内の理性というダムは悲鳴を上げていた。そして、あさひの何気なくとった行動が、その理性のダムを崩壊へと導く……

「本当に大丈夫ですか?」

ぴとっ。

「!!!!」

 それは、ギリギリ堪えていたいずみの理性をあっけなく崩壊させる行動だった。それは、カップルがよくおでことおでこを合わせて体温を測るアレである。ちょうどいずみが前かがみになっていたことで、必然的にあさひとの顔が近づいていたこともあり、ちょっとあさひが背伸びするだけで、おでこ同士をくっつけることができた。

「ああああ、あの。ああああさひちゃん!?」

「どんだけ、『あ』を言うんですか。」

『ま、待って!この状況は何!えっ?あさひちゃんから!えっ!』

 高速回転をするいずみの思考回路はさらに加速し、理性のタガがはち切れんばかりに悲鳴を上げる……

『えっ!私。今どういう状況?あさひちゃんの顔が……近い!』

 いずみは動揺しつつもギリギリのところで耐えていた。あやのやみやびであれば、到底耐え切れないであろう理性のタガが、ギリギリ耐え切っていた。そして……

「だ、大丈夫だから!」

 慌ててあさひから離れることで、理性をギリギリのところで保つことに成功するいずみ。一呼吸置いたいずみは、少しのわがままで今回の事に手を打つことにした。

「すぅ~、はぁ~。うん、落ち着いた……」

「大丈夫ですか。」

「ありがとう、あさひちゃん。今回の事は、その。これをしてくれたら、何も言わないわ。」

「何ですか?」

「……キ……」

「?」

「………キス。」

「キス?」

「あさひちゃんの方から『キス』して!」

「えぇっ!」

 あさひとて、男の子。体は触られても平気だが、さすがにキスともなると話は別。それも、自分からキスをしなければいけないとなると、よりハードルが上がる。

「しなきゃダメですか?」

「ダメ。」

「本当に?」

「だーめ。」

 普段の威厳がにじみ出ているいずみはどこへやら、この時ばかりは甘えん坊のような声を出して返事をする姿は、子供のようでかわいらしくも思えたあさひ。

「し、しかたないですね。ちょっと待ってくださいね。」

「ま~だぁ~?」

 部屋の入口付近に戻ったあさひは、一度扉を開け周囲に誰もいないことを確認したうえで、もう一度扉を閉めるとしっかりと鍵をかける。そして、あさひのその仕草は、しっかりといずみの耳へと届いていた……

『……あさひちゃん。しっかり確認して鍵まで、本当に……』

 あさひがいずみの前へと立つと、少しいずみのほうが大きいこともありいずみの肩に手を伸ばしてぶら下がる形になるか、いずみに少ししゃがんでもらうしかない状態だった。

「あ、あの。そのままでいてくださいね……」

「ん。」

 少しつま先立ちをすると、いずみの肩へと手が届いたあさひは、そのままいずみに体を預けるようにして、いずみと唇を重ねる……

「んんっ。」

 少しの時間だったが、いずみにとってはとても長く感じていた。あたたかなあさひの唇と、服越しに伝わるあさひの心臓の鼓動。そして何より、華奢(きゃしゃ)な体を精いっぱい伸ばしていることで、プルプルしてしまっていたことがよりあさひのかわいさを引き立てていた。

『……あぁ。久しぶりのこの感覚。あさひちゃんを全身で感じてる……』

 久しぶりに感じたあさひの感触と香りに満たされたような感覚は、どんなアルコールよりも強力で、のぼせてしまいそうな感覚に襲われる。ふわふわとした夢のような感覚、でもしっかりとあさひの感触を感じていることで、夢ではないという現実へと帰ってくる。いずみにとって、甘美な時間はあっという間に過ぎて行った……

「こ、これで。い、いいですか……」

「う、うん。」

「まったく……。いずみさんは、……ずるい、です……」

「えっ?」

「だって、『ファーストキスを2回も』奪うんですから……」

 その姿に、いずみもドギマギしてしまうほどにかわいく、それでいてあさひが「男子」であることを忘れてしまうほどに、愛らしく思えてしまう。そして、それはあさひも同様で、こと「キス」などの恋愛ごとになると、どう接していいかわからずに、しどろもどろしてしまい、口調までもが「女子」っぽくなってしまっていた。

「えっ?一回よね……」

「いえ。いずみさんは、いずみさんからとボクからの2回です……って、何を言わせるんですか!もう!」

「!!!!」

 そんな会話をしたふたりの熱はそうそうに冷めるはずもなく……聴取が終わった後も、その日は目を合わせるだけで、そのことを思いだしてしまい互いに恥ずかしくなるのだった。そして……

「ここの出し物は、この部活でいいんだよね?みやび。」

「えっ?う、うん。そうそう。」

「おい、大丈夫か?筆頭なんだから、もう少し気合を入れないと……」

「わ。わかってる!わかってるわよ。もう……」

「お、おう。それなら、いいけど……」

 休み明けの文化祭を目指して計画を練るみやびとあさひ。しかし、みやびの頭の中では、全く違うことが渦巻いていた。

『なによ!あやねぇ。あんなこと言って。そりゃぁ、あさひちゃんなら、言えばやってくれるでしょうけど。いずみねぇの好きな人なんだよ?』

『そんなに簡単に、あたしが好きになっていいわけがないじゃない。いずみねぇに幸せになってもらいたいし……』

『そのためにも、立派に成長した私の姿をみせて、安心させないと。そんな色恋沙汰なんて……』

 あさひと一緒に行動することで、あさひのいい面や悪い面が一様に見えてくることで、よりあさひに対しての興味が、みやびの理性を刺激する。そして、あやのの言葉も加わり、よりみやびの理性のタガが外れそうになる事を必死でこらえていた……

『……あたしが、告白でもしたら。きっと……』

 少しずつ芽生え始めたみやびの思いは、少しずつ積もり続けて心を締め付けていく……みやびの思いはこの後に行われる文化祭で決定的なものとなる……

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