スケルトン特効魔法性能試験・3

「ん? 知識外って……スケルトンを作成できる魂霊術師に監修してもらってないのか?」


 ヴィナドは先の発言の違和感を指摘する。

 テストは行っているが、それはただの『骨』に対してであり、実際に動くスケルトンに対しては行っていない。

 実際の対象への魔法行使は、実地試験である魔法性能試験でやるべきだ。

 そこで失敗すれば開発室に戻し修正、そして再試験というコストが掛かるだけなので、開発室内で出来うる限りのテストや考証を行うのは当たり前だった。

 しかも、今回はベテランである『ミト開発部長』が開発した魔法。こんな、そもそも効かないという失敗は考えにくい。

 ならば、考証不足か調査不足を疑うべき、とヴィナドは結論づけた。


「出来るわけないよ。魂霊術は禁止魔術だよ?」


 眉間に皺をよせ、頬を膨らませるシルス。不可能なことを言われて心外だと言わんばかりだ。

 しかし、ヴィナドは一瞬理解ができなかった。魂霊魔術が禁止魔術? そもそも禁止魔術というのはなんだ。

 ヴィナドは理解のために考える深度を掘り下げようとしたが、そもそもの大前提を思い出した。

 帝国の魔法革命が始まったのは五年前の話だということを。

 それまでの帝国は怪しいという主観で魔術を排他する、古い価値観の国だったことを。


「お国柄ってやつか。よくあんなマイナー魔術まで禁止にしたな」

「帝国はそれだけ未知である魔術を恐れていたって事だよ。そういえば、ヴィーの故郷では希少魔術に寛容だったっけ」

「アルメニアは魔法技術立国を目指してたから、そういう魔法化してない魔術は保護対象だったんだ。滅ぼされたけど」

「滅ぼしちゃったけど。それで、アルメニアでは魂霊魔術って盛んだった?」

「人数は少なかったが、需要はかなりあったな。裁判とか、労働力とか」

「裁判って、殺人とか?」

「その通り、死んだ人間の魂から得られた証言はかなり重要視されてたらしい」

「労働力は……まさか、スケルトンを使って?」

「そうだな。もちろん単純作業しかできないが、魔力がある限り動ける骨は開拓にも食料生産にも一役買ってたぞ」


 アルメニアのような小国では、人材資源が乏しい。それを補ってくれる魔術として、魂霊術はかなりの有能魔術として評価されていた。

 術師適正試験で、魂霊術は仕事に事欠かない術として大人気だった。ただし、希少魔術ゆえに適正試験を突破できる者は少なかったが。

 それでも、他の国と比べて十倍ほどは居ただろう。


「昼夜問わず働き続ける骨を想像すると怖いんだけど……。魂霊ってことは、まだを見いだしていないの?」

「ああ、魂霊術っていうのは、交渉を前提とした契約魔術だからな。精霊魔術と一緒で、法を見いだすのは難しいんだ。

 人の感情とか信仰とかを元にした魔術から法を見いだしづらいのは、聖魔導師様がよく知ってるだろ?」


 魂霊術というのは、意識を持った魂と交渉し、魔力を与える代わりに魂に事象を起こして貰う契約を交わすという魔術だ。

 つまり、コミュニケーションを基本とした魔術であり、魔法化の大前提である法式化しにくい術でもある。

 うまく交渉し契約できれば、消費した魔力の何倍もの結果が得られるが、下手な交渉では全く役に立たないという、魔法開発職泣かせの結果が安定しない魔術だった。

 ちなみに、同じ契約魔術として精霊魔術があるが、これは魔術の中で特A級で希少な魔術であり、魔法化は不可能と言われている。

 精霊魔術を習得するためには、エルフ特有言語である精霊語を習得するという試練があるからだ。人の寿命でそれを為した者はいないとされている。

 いわんや、魔法化など夢のまた夢だろう。


「むむ、一緒にされるのは心外だけど、それは確かに」

「ただ、魔法化出来ないのは契約部分だったから、スケルトンとかの魂霊操体への指示を魔法化する研究はしていたらしいけどな」


 魂霊操体とは、契約した魂が物質界へ事象を起こすために作るスケルトンのような仮初めの身体を指す。

 元の魂が持っていた肉体に近ければ近いほど相性はいいが、契約次第ではなんでもいい。

 無機物を魂霊操体にすれば、ポルターガイストのできあがりというわけだ。


「そういえば、なんで帝国では魂霊術は禁術なんだ?」

「国家転覆の可能性がある魔術だからね。術者に絶対服従する不死の軍団なんて、施政者としては悪夢でしょ?」

「なんだそれ。魂霊術の時代遅れな偏見たっぷりだな」


 ヴィナドは呆れたあと、漆黒の天を仰ぐ。

 確かに、魂霊術は過去に死霊魔術と呼ばれたほど、周りからの偏見に晒された魔術だった。

 実際に魂霊は術師に絶対服従しないし、リビングデッドのような不死の魂霊操体なんてものは作れない。

 魂霊との契約は対等であって無理な命令は絶対できない上、魂霊操体は物理的に壊れうるものだからだ。


「帝国はアルメニアほど魔法・魔術が発達してなかったし、マイナー魔術に対しての偏見は今もあるからねー」

「……これもお国柄ってやつか」

「そういうこと」

「じゃあ、アルメニアの魂霊術師とか、その他の禁術指定となった魔術師は一体どうなったんだ?」

「アルメニアを併合したとき? 禁術指定の魔術師はセファルケル氷野に追放されたはずだよ」


 セファルケル氷野は帝国の北にある、万年氷が溶けない荒野のことだ。

 水が凍るため草木は育たず、凶暴な氷の魔獣が徘徊する、吹雪と氷に閉ざされた地獄のような場所。

 そこへの追放は、死罪と同じと言っても過言ではないだろう。

 そして、ヴィナドは気づいた。


「……それのせいじゃないか? 最近のスケルトン大量発生事件」

「あ」


 シールは真紅の眼をまんまると開き、驚きの声を漏らした。

 相変わらず、変なところで抜けている社長である。

 つまり、スケルトン大量発生の原因であり、それを行った魂霊術師というのは、ヴィナドは思考を続け、呟く。


「……セファルケルから生き残った、同郷アルメニアの魂霊術師か」


 これはかなり根が深い話になりそうだ、とヴィナドは唸る。

 もし、帝国の魔法革命が起きた後にアルメニア併合があれば、魂霊術師の扱いも違っただろうに。

 そう思うとやるせない。ヴィナドは奥歯を強く噛みしめた。

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