スケルトン特効魔法性能試験・2

「うおおおおおおおおおお!」


 ヴィナドは叫びながら墓地を駆け抜ける。

 生死がかかっているからだろう、いつもよりも速く長く走れていると、彼は自身を高く評価する。

 しかし、左脇にはお荷物である社長。右手には進行方向を照らすランプ。手の振りが使えないヴィナドは全速力とは言えず、スケルトンとの距離は徐々に詰められていく。


(くそっ! 奴ら、肉がない分軽いから足が速いな! ってか、研究職の脚力じゃ逃げ切れるわけがないだろ!)


 心の中で悪態を吐こうが状況は変わらず、スケルトンとヴィナドの距離は腕二本分と迫っていた。

 しかし、ヴィナドは窮地にもかかわらず微笑む。ここまでは手筈通り、と。

 全力疾走で墓地を抜ける。ヴィナドは墓地の敷地からでたタイミングで、跳飛魔法付きの大ジャンプをした。

 そして、スケルトンの大軍が墓地の敷地からでた瞬間、それらは横になぎ払われた。

 ヴィナドが逃げ込んだ先、墓地の外側、そこからの急襲。スケルトン達は足を止める。

 そこには、異様な戦士がいた。

 具足という東方の国に伝わる鎧と鬼の面を装備した戦士——侍が、長さ一.五メートルほどの鋼鉄製の棍棒を振い、骨らを雑草が如く横に苅ったのだ。


「よくやった、ツカサ!」


 うまく着地できたヴィナドが侍に声をかける。侍は静かに頷く。


 侍の名は、ナガラ・ツカサ。武術の腕一つで奴隷身分を返上したという武芸者だ。

 言葉は少ない、むしろ話さない彼だが、ヴィナドが絶対的信頼を寄せる前衛は彼しかいない。

 正しくは、ヴィナドの魔法性能試験に付いてくることが出来る前衛は彼しかいない、だが。


「ツカサ、ちょっと俺はこのクソ社長と打ち合わせするから、悪いが十分ほど耐えてくれ!

 あと、倒しすぎるなよ。大事な対象だからな!」


 スケルトンを棍棒で殴りつつ、ツカサは再び頷く。


(頼もしい限りだ。しかし、棍棒のほうが良く効くな。さすが弱点武器)


 骨を叩き折る音を聞きつつ、ヴィナドは社長を抱えてその場を離れた。




 墓地近くの大樹、その後ろに隠れたヴィナドは、根の上にどん、とシルスを置く。

 「いたた」と呟く彼女の前に座るヴィナドがシルス・アヌビギオスの顔をのぞき込む。

 白いフードの奥には、ガーネットのように輝く真紅の眼が見えた。

 背丈もさることながら、顔も少女のような小顔。肌なんて日光に晒したら溶けそうなほど白い。

 額に掛かる癖の強い髪も白に近い金で、さらに少女属性に拍車をかけている。

 これでヴィナドよりも年齢が高いというのだから、世の中の年齢詐欺を凝縮して集めたような存在だ。 


「さて、社長。聞きたいことがあるんだが」


 出会った当初はすごい美人な子も居たもんだなと感動したヴィナドだが、今では見慣れた見飽きたあまり見たくない顔だ。


「体重とスリーサイズと好きな人以外ならいいよ」

「知りたくねぇよそんなプライベート」


 出たとしても女の魅力が無いデータだろ、という言葉はなんとか飲み込んだヴィナドはシルスを睨む。


「冗談だって」

「時間押してんだから変なこと言うな。まず、今回の魔法の性能目標をもう一度おさらいだ」

「ほいほい。今回の魔法、スケルトン特効魔法は文字通り、『スケルトンを一発で倒せる』が性能目標だよ」

「ちなみに、『スケルトンを一発で倒せる』の定義は?」

「再生不可能になるまで、骨を粉々にすること」

「スケルトンに恨みがあるのかお前……」


 その定義に、さすがのヴィナドも顔が引きつる。


「恨みなんかないよ。面倒な相手だなってだけで」

「面倒って……。だいたい、アンデッドならお得意の神聖術で一発だろ」

「残念。今回のスケルトンはアンデッドじゃなくて、魔術由来のスケルトンだから神聖術は効かないんだ。

 だから破壊した方が手っ取り早いんだけど、生半可な破壊だとあいつら簡単に再生するし。

 だったら原型を留めない程度に粉砕した方が一発で倒せる、って結論になったわけ」

「ふうん? えらく詳しいな。調査したのか?」

「もちろん」

「珍しいな。……ところで調査した経緯は?」

「最近、大規模なスケルトンの群れが出没するようになってね」

「ああ、そういえば新聞で読んだな。近々軍が出兵して掃討するんだっけか」

「そうそう。ただ、軍が出張るのは都市が中心でね。辺境とかは対象外なんだよ」

「ふむ……確かにこの魔法が完成すれば、初級魔法士でも、スケルトンを掃討できるな」

「その通り!

 完成すれば、こんな村の依頼でも遠征して受ける冒険者が増えるし、帝国も軍を出ずっぱりにしなくていいし、魔法が売れれば私たちも儲かる!

 全員幸せ!」


 両手で親指と人差し指を伸ばし、勝利のハンドサインをするシルス。ヴィナドもその考えに頷く。


「ああ、素晴らしいな。特に儲かる所が」

「でしょ?」


 ニヤリ、と金の亡者達は笑いあう。

 儲けるという目的については一致する両者。ヴィナドはシルスが調査した経緯を十二分に納得した。

 調査した際、神聖術が効かないことや再生能力を確認したのだろう。調査班の気苦労が知れる内容だ。


「で、だ。そのヒット間違いなしのスケルトン特効魔法が、スケルトンを一体も倒せてないのは何でだろうな」

「……なんでだろうね?」


 顔を傾げるシルス。一般人なら可愛さでコロっといきそうな仕草だが、年齢も中身も知っているヴィナドは逆に鋭く睨む。

 「きゃっ、こわい」とわざとらしく身体をくねるシルスにヴィナドは溜め息を吐きつつ、一つ一つ確認していくことにした。


「テストはしたんだよな」

「うん、ちゃんと家畜の白骨に魔法を撃って粉々になる報告は受けてる。誘導式も対アンデットのテンプレートでも遺体を対象にしてることも確認済み。問題無いよ」

「白骨化の手法は?」

「エンタン草の灰を混ぜた水に骨付き肉を入れて、沸騰させないようにコトコト」

「骨格標本の作成方法か。なら問題無いな」

「うん、カタコンベの野ざらし白骨がそれより硬いことはないから」

「ということは、骨の外側に何かがある、ってことになるな」

「外側ねー。スケルトンを作成する魔術は完全に知識外だから分からないなぁ」


 ほら、私って聖職者だしね。という社長の発言をヴィナドは無視した。

 こんなんが聖職者であってたまるか、と心の中で呟いて。


 しかし悲しいかな、シルス・アヌビギオスは神聖術と再生魔術が扱える、聖職者であり魔術師という世にも珍しい『聖魔導師』なのだった。

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