魔法試験官のお仕事は労災無し蘇生あり。
犬ガオ
スケルトン特効魔法性能試験・1
『ゴブリンに対して特に良く効く! 一村に一つ!』
『この魔法の攻撃力は100メーグほどと、消費魔力に対して非常に高く、効率的です』
『なんと雷と炎の複合属性! 単一属性に耐性のある魔物にどうぞ』
『この魔法は中級魔法士免許以上を取得した者が購入可能です。』
『一発で固い岩盤に穴を空ける、掘削魔法がなんと十万パー!』
魔術師の秘奥であった『魔術』が、賢者の手により万人に扱える『魔法』になって早十数年。
多種多様な魔法が開発され、使い倒され、それを糧にまた新たな魔法が生まれゆく時代。
各魔法商社は社会の様々なニーズに答えるべく、多数の魔法を作り出していた。
上の記述はそんな時代が生み出した魔法カタログに並ぶ、大量の魔法性能とキャッチコピーだ。
だが、このカタログに記載されている『魔法』の性能は、誰がどのように検証しているのだろうか。
宵闇の中、青年が手元の魔石駆動式懐中時計を確認する。
獣油特有の臭さを漂わせるランプの灯に照らされた時計、その中の長針と短針の影が、深夜二時を告げていた。
丑三つ時。東方では霊魔が出る時間だったか。青年の頭に余計な情報がよぎる。
懐中時計を胸元にしまい、青年がランプを前方に掲げ、夜の世界を照らす。
長方形の石が立てられていた。
同じような石が、規則正しく列を為している。
全ては見えないが、おそらく広場を埋め尽くすように縦横も同じ間隔で石が立っている。
そう、ここは墓地だ。
とある村の外れにある集団墓地。そこが青年の現在地。
青年はゆっくりと歩を進める。
ランプの光でしか見えない世界。しかも今日は月隠れの夜。
小月が大月に隠れ、大月も消えてしまう夜。
肝試しの雰囲気としては最高のセッティングだろうな。青年は悪態を吐いた。
青年の風貌は、背が高めという以外は、一般人がおおよそイメージする魔法士といったところだ。
柿色の、裾がこすれほつれたフード付きローブ。
ざっくばらんに切られた黒髪と、優男だが鋭い目付きをしており、その下にある薄い隈が不健康に見える顔。
緑色の腰布には魔法士の得物である木製の杖と、魔法を教え込ませた魔石を台座に付けたアミュレットがぶら下がっている。
そんな柿色の男が、深夜二時の誰もいない墓地を進んでいる。
そして、見えてきたのは墓地の奥にある小さな丘。その丘の横には、石で組まれた四角の枠と、破壊された木の扉があった。
カタコンベ。地下墓所と呼ばれる、古い時代の集団墓地の入り口だ。
カタコンベと近代墓地の違いは、埋葬の仕方だ。
近代では、焼却魔石の普及と高温焼却が出来る炉が開発されたことにより、火葬をするように定められている国が多い。
しかし、古い年代のカタコンベでは、基本的に死んだ肉体をそのまま地下に放置する。
理由としては、帝国の国教である黎明教は肉体からの復活を死生観に入れていただとか、肉体を焼く燃料を惜しんだためだとか、戦乱が続いたため鳥葬ではまかないきれなくなったためだとか、様々な説がある。
ただ、ここで重要なのは、この埋葬方法は『肉体は腐り、骨が残る』ことである。
カタコンベの奥から、紫色の光点が二つ、青年を覗いた。
光点は二つを一組として、その数を増やしていく。
カタタタ、と歯を鳴らす音が聞こえる。そして、無数の骨同士がこすれる音。
そして、それは、それらは姿を現す。
ビンゴ。青年は口の端を上げた。
動く骸骨、死生る骨、
スケルトン・ウォーリア。その数、魔光眼を目視するだけでも百組以上。
今回の魔法試験の対象だ。
青年は腰から杖を引き抜き、前方に掲げる。
魔石に記憶した魔法を読み取り、脳内に魔法行程を展開、行程を進めるための詠唱を開始。
——我が魔力よ、空に満ちて風を導け
言葉を紡ぐと共に、ズゥ、と体内に貯めていた魔力が減る。
(ふむ、なかなかの低消費。これはミトさんの作かな。
相変わらず、詩的な詠唱を書くなぁ)
青年は思っていた以上の完成度に高揚しつつ、残りを詠唱する。
——風の王よ、しばし御槍を借り受ける
威力決定。王の威を借りる。形状は槍。
——天に召された魂のため
目標の設定。対象の限定、より確実な魔法の行使をするためにアンデッド——というよりも遺体によく使われる誘導定型文を使用。
——風槍よ、骨を砂塵へ還せ
そして、魔法のキモである事象を決定。
魔力によって風が起こり、その風は空気を圧縮、淡く緑に光る、青年の全長を優に超える巨大な槍を形成する。
こうして法を則り、現を侵す魔は相成った。
最後は、
“風塵槍 骨削り”
かくして、風の槍が目標——スケルトンを襲う。
しかし、その槍がスケルトンを倒すことはなかった。
確かに巨大な槍はスケルトンに当たったが、魔法名通りに骨を削ることはなく、ただスケルトンの前身を止めるだけ。
スケルトン達はカタタタと魔法を受けた個体を見る。
青年は右手にもった杖の杖頭で右肩を叩く。
風槍は霧散し、無傷のスケルトンが抵抗のために屈んでいた背筋をピンと伸ばす。
少し削れたのだろうか。黄ばみを持っていた骨が白くなっていた。
スケルトン達はうらやましそうな眼で美白になったスケルトンを見ている。
なかなかシュールな光景だ。
「あちゃあ、これは失敗だね」
えらくのんびりした若い女性の声が青年の隣から聞こえた。
「よく考えたら、スケルトンに弓や槍って効きづらいよな」
青年が骨戦士のセオリーを言いつつ左隣を見る。
隣にあった暗闇、そこに白いローブに深くフードを被った女性がずっといたかのように突然現れた。
「いや、魔法の効果を考えると、槍の形状が最適——と言いたいところだけど、ぶっちゃければ槍以外選択肢がなかったんだよねぇ」
女性と言っても背丈は少女並、声の若さも合わせて『少女』である彼女は手を横に振る。
「風属性は形状固定難しいんだっけか。それもこなすミトさんはやっぱすごいわ」
「自慢の部下だからね!」
「ならせめて日をまたぐ前に帰らせてやれよ……」
「それについては我が社の、今後の努力目標です」
「努力目標、ねぇ。達成する気ねぇだろ、それ」
白いローブの中、にひひ、と笑う赤い眼がちらりと見えた。
青年は深い溜め息とともに、杖を肩から外した。
その溜め息が届いたのか、カタ、とスケルトンは紫色の光点全てを『生きている存在』に向ける。
げっ、と顔をしかめる青年。青年のローブを掴む白いローブの少女。
そして、骨達は彼らに向かって一斉に走り出した。
「何がスケルトン特効魔法だ! 一体も倒せてねーじゃねぇか!」
青年は叫びながら、白いローブを抱えて遁走を開始する。
青年の名は、ヴィナド・タリス。
この白いローブの女性、シルス・アヌビギオスが率いる魔法技術開発会社『クリムゾンマギカテクス』で働く戦争奴隷だ。
そして、彼が従事している仕事は、
「じゃ、ちゃんと性能要件を満たしてね? 私の可愛い
「ああ、分かったよ! このクソ
開発された魔法の性能が要件を満たしているか実地で試験する。
魔法試験官——それは、魔法開発職の中で最も死に近い職業。
その死亡率は、百%を優に超える。
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