最終話 神殺し

翌日逢音は雪の山道を歩いていた。

背中にしょったリュックには五感の神が宿った5つの道具が入っている。

アンティークショップにはいかなかった。

(もし、本当に全知全能の神が生まれるんだとしたら、それは人間の手で操つられてはならないものだ)

瞳美の代償のせいかもしれなかったが、もはやその思いは確固たるものとなっていた。

どうやって葬るのか…

その答えをもたないまま…その決断がつかないまま逢音はもくもくと山道を登って行った。

どれくらい歩いただろう。

急に視界がひらけ、太陽の光が差し込んだ。

山頂だった。周りには誰もいない。なにもない。

静寂の中、逢音は、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

(儀式にはぴったりの場所だ)

これから五感の神をすべて召喚する。何かが起こるとすればその時だと思った。

リュックから、ベル、メガネ、香水のビン、手袋、カップを取り出した逢音は、深呼吸をして大きな声で叫んだ。

「Hearing BiBi !」

「Vision GaGa !」

「Smell NeNe !」

「Sense of touch TeTe !」

「Taste RiRi !」

「…………」

どの神からも返事がなかった。

そのかわりに全ての道具が赤く光り震え始めた。

赤い光の輝きはどんどん大きくなり、もはや道具の原形が見えないくらいになった。

逢音の前に赤い光の玉が5つできた。

ビビ「いくよ逢音!」

赤い玉のひとつが逢音の耳に飛び込んできた。

逢音の聴覚が覚醒する。

逢音に飛び込んできたのはさまざまな音であった。

波の音、風の音、動物の声、ビル工事の音、車の音、銃声、そして人間の叫び声…

ガガ「ガガ行きまーす!」

また赤い光の玉が今度は逢音の目に…

逢音の視覚が覚醒する。

逢音に見えたものは様々な光景。

深海のクジラ、ナイアガラの滝、草原のライオン、発射されたミサイル、泣き叫ぶ子供…

キキ「どうなっても知らないよ!」

逢音の嗅覚が覚醒。

砂漠の匂い、潮の匂い、アスファルトの匂い、硝煙の匂い、血の匂い…

テテ「耐えろ、逢音!」

触覚が覚醒。

身体中の皮膚があらゆる触覚を感知する。

ザラザラ、ゴツゴツ、サラサラ、ヌルヌル

リリ「逢音!わたしで最後よ!」

五感全てが覚醒した逢音はこの世で起こる全てを感じ、一瞬にして理解した。

今この世の理りの全てが逢音の手中にあった。

全人類の感情が逢音の手の平で踊っていた。

喜び、哀しみ、怒り、憎しみ…

音、映像、匂い、手触り、味…

逢音はそれらを慈しみをもって感じ、そして抱きしめた。

(許そう…人の弱さも愚かさも、そして母なる大地と海に全てを委ねよう)

(だから、もうこんなチカラは必要ないんだ)

逢音はゆっくりと切り立った断崖に向かって歩いていった。

(わたしと一緒に消えて無くなれ!)

崖から飛び降りようとしたその刹那、逢音に語りかける声があった。

比美子「逢音、その役目はわたしだ。あなたに負わせる訳にはいかない。やっと…やっと現れた。わたしは400年あなたを待っていた。ようやくわたしも眠れる時が来た。ごめんね。ありがとう逢音」

その場に倒れる逢音。逢音の身体から大きな閃光が空に向かって放たれそして消えていった。

しばらくして足音がした。

その足音の正体は倒れている逢音を抱きかかえ、背負って雪山を下って行った。

店主「比美子に会えた。やはり彼女は生きていたんだ。三太さんこれであんたも満足じゃろ。逢音さん、ありがとう。やはり君は比美子の…」

背中の逢音は穏やかな寝息を立てていた。






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