第53話 不穏な兆し

「俺が勇者さんを攫ったのには訳があったのさ!

 細かいことまでは、まだ分かんねぇけどさ!」



俺の逆鱗に触れた男ははっ倒されて寝転がりながらも

元気な様子で事情を話し出した


「どうしても心強い人が欲しかったのさ! 賢者様でも王様でも何でも良かった、

 俺はそれを探しに出たんだ!!」


興奮して迫りながら言う友人は話の組み立ても出来ていなかった


「ちょ、ちょっと待てよ

 まず聞くが、

 村に変な病気みたいなのが蔓延した時からお前は記憶を失ってるだろ?」


「ああ、そうだ!

 よく分かったな?」


「俺もそうだからだよ。

 それで意識が戻ったのはいつの、どこだったんだ?」


落ち着かせるために両肩に手を置いて

目線を合わせる。

質疑応答の流れにしなければコイツの知ってる情報を聞き出せない


「う~ん...どうだったかな......

 特に特徴あるような場所じゃあ無かったような、

 そうでもないような......」


曖昧な答えに苛立つ気持ちが少し出たが、

自分も他人のことは言えない。


「じゃあ、そこから何で人を頼ることになったんだ?」



「ああ、せっかくその後に村の皆と合流したってのに

 また変な現象が起き始めたからだよ」



「......は?」



また掴み掛るかのような勢いでラッテに迫る


「お、おい!

 村の皆って俺たちの村の皆だよな!?

 皆いるのか!?

 俺の家族はどうなった!!」


「ちょ!? 落ち着けよ――」


「落ち着いてられるか!! 命の次に大事なことだ!!」


先ほどとは比較にならないほどの怒号と勢いに

心底驚いたような顔をされた。


それがまた癪に触って

冷静さを欠いた行動に出る前に


「ウィン、気持ちは分かりますが...」


肩を引かれて見合わせた顔はアイリスの悲しげな顔だった。


今まさに理性を放り投げそうになっていた自分に急ブレーキが掛かった



「......すまん」


闘牛のように鼻息が荒くなっていたのをドカッと座って静める。

全くもって情報が無かった家族のことに

自分がいつの間にか、ここまで必死になるまで不安に思っていたことを

今自分自身に教えられたような不思議な気分に胸が満たされた


「いや~、悪い。

 そんなに心配してると思ってなかったんだ」


反省した素振りも実に軽いが、

大きなため息に憤りも吐き捨てた


「...それで皆いるのか?」


一番に気になるその事情に

ラッテにしてはらしくない神妙な面持ちを下に向けてから

口を開いた。


「ハッキリ言うと...半分、いや3分の1くらいしか集まってない。

 他で合流していることを願ってるが、詳しいことは何とも......

 それと」


真っすぐで真剣な眼がこちらを向いた。

昔からの関係から言わせると、とても珍しいことだ



「お前の家族は誰一人見てない。

 お前の親父、母ちゃん...そしてミーナちゃんも」


「......長い付き合いだ、お前の表情だけで分かったよ」


「...すまねぇ、こんなことになってなきゃ

 今も少しでも仲間と懸命に探してたはずなんだが」


落ち込んだトーンで語られた

気に掛かる部分を問う


「それでだ、初めに言ってた現象だの

 さっき言ってたこんなことってのは何のことだ? 何が起こってる?」


話の核心に触れることになって

いよいよ空気の緊張がピークに達する。


背後の二人のソワソワするような気配を感じながら

覚悟の決まった表情の友人と視線を交し合う



「ああ、俺がここまで来た理由にもなっているんだが...」


大きくを息を吸い込んで間が出来る、

どんな恐ろしい事態になっているのか

ラッテは逃げるようにして俺たちと遭遇することになったのか


様々な憶測の中、

発せられた第一声は



「すまん、その前にトイレ行って良いか?」


「「......」」



「てめぇ...いい加減にしろやぁ!!」


絶句した仲間二人は

もはや、ふざけた男への鉄拳制裁を止めることは無かった



「ま、待って!

 そこのお二方!! 助けて!

 久しぶりに意識が戻ったら溜まってたもんが――イッタァ!!」

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