牢の獄で

第10話 不満

かくしてアメルとも合流して3人で朝食を食べ始めた。


買ってきたくれたものはパンに肉や野菜、果物が挟まった


実に手軽で一食の内に満足の出来る食品であった。



だが、どうにも自分は大して腹が減っているわけでもないのに


物足りない気がしてならない。



小食のアメルの残した分も食べたがまるで腹が膨れた気がしない。


何より味が薄く感じる......


他の二人の満足そうな感じを見るに

味も量も丁度良いものになっているはずなのに、


自分だけが何か不思議な物足りなさを感じた。



そんな楽し気に会話をしながら食事をする二人を尻目に


首を傾げながら俺が食事をしている間に、


周りには人だかりが出来ていた。



何を隠そう目の前にいるお方は伝説の勇者であり、


魔王を討伐して平和をもたらした人物なのだから


当然と言えば当然か



彼女は戦場からすぐに敵の城に向かったので顔を知る者は少なかったはずだが、


誰かから流布して今にアイリスが勇者であることが出回り始めたのだろう。



そんなこんなで集まってきた観衆に見られていたから


楽しい食事にも味気無さを感じたのか、


空腹感も相まって少しだけ苛立つ。



村人育ちで飢えには強いはずで、


空腹感には耐性があると思っていたが


今は過去にないほど食糧を求めてか腹の虫がおさまらない。



そんな時だった。



「おいおい、アンタが勇者様かい?」



人ごみの中から随分と大柄な男が現れた。


自身の筋肉を見せつけるために着ているような薄着は赤黒い染みが付いている


そいつがノシノシと歩いてアイリスの傍に立つ。


向かいに座る俺はその男を睨みつけるが目もくれない



「俺は魔獣ハンターをやっている者だ、少し手合わせ願いたい」



浮かべる薄ら笑いは自信に満ちている。


予想としては、


魔王を倒したあの名高い勇者様が女であると見て甘く見ているのだろう。



こういう輩は中途半端な力を過信して


身の丈に合わぬ相手に喧嘩を売って、


自身の力を誇示しようとする奴らばかりだ。



そんなのに対してアイリスはだんまりだ。


隣のアメルは彼女を見つめている、


どう出るか


弟子としては勇者の出方を見学しているような気持ちか



「なぁ、こっちを向け――」



奴が腕を伸ばしてアイリスの肩に手を伸ばす。


彼女の本来の力を思えば見守るところだったが



「待てよ」



身体が意識と直結したような速さで太い男の腕を止めた。


さっきの話を聞いてはアイリスに無駄な戦いをさせるわけにはいかない。


それに今の俺は気が立っている



「あん? なんだてめぇは」


「止めておけ、お前の敵う相手じゃない」



とりあえず戦意の矛先を自分に向ける。


内心、不安であったりするが



「それは、どうかなぁ!」



やはり激情のままに、もう片方の腕で殴り掛かってきた。


それを難なく俺も片腕で受け止めた



「なに!?」



掴んだ両腕を横に引いて投げ飛ばした。


すると巨体がいとも簡単に床に叩きつけられて沈んだ。


木の板張りの床にそいつはめり込んで静かになった。



床の損傷が酷くて店から賠償を請求されることが頭をよぎったが



「他にコイツと同じで、痛い目にあいたい愚か者はいるか!?」



強気にざわめき始めた観衆に大声を上げて問う。



すると水を打ったように周りは静まり、


誰もがジリジリと後退して解散していった......



という風になれば良かったのだが、


ワラワラと荒くれ者っぽい奴らが出てきた。



どいつもこいつも薄着をして自慢の肉体を見せつけながら歩み寄ってくる。


さっきの男ほど恵まれた身体なわけでもなく、


狂戦士っぽい表情だけはいっちょ前に進み出てくる者もいる。


薄着はならず者の流行か何かなのだろうか



「ウィン」



静かに俺の名を背後のアイリスが呼んだ。



「あまり怪我をさせない程度にしてあげて下さい」



やっておしまい、



みたいな指示が来るかと自分は思ったが


やはりお優しいお方だ。



「......分かりました」



自分の意志でなく勝手に動く体にその指示を守れるかは些か不安だったが、


出来るだけ加減をすることを念頭に


数人の命知らずとの戦いが始まった。



周りは闘技場の観客のように盛り上がり始めていた

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