第9話 勇者との誓い

「と、年上だったのですね......」


「まあ、はい......」



結局、実年齢を告白したら気まずい感じになってしまった。


彼女は見た目からは俺が年下にでも見えていたような驚きぶりを見せられて、


喜んだものか、悲しんだものか......



童顔だとは若き頃は呼ばれていたが今もそうだからなのか



「貴女からは......そうは見えなかったんですか?」


「あ~......まあ、年下かと」



7年も経ったのにまるで成長が無かったというのか、自分の身体は。


鏡があればすぐにでも自分の姿を全て、隈なく見たい。



「わ、若く見えているのだから気にすることではありませんよ!」



励まされている感じがまた物悲しいというか......



「それに外観的な大きな成長はなくとも、


 中身に飛躍的な変化が生まれたのだから良いではないですか!」


「精神的の成長は、ほぼ意識が無かったので


 あったとは思えませんけど」


「違いますよ! あなたには凄い力が身に付いたじゃないですか」



彼女が言いたかった中身とは正体不明のパワーのことのようだ。



「でも......自分でしっかり把握してない力なんて自慢出来ませんよ


 いくら強くても、どういうものか分からないと」


「......そうですよね、だから判明させたかったのですが」



また彼女の悔恨を蒸し返すことになりそうなので話題を変える。



「そ、それにしても思ったんですけど~......


 人探しの旅に俺って本当にいるんですかね?」



アイリスの沈痛な面持ちは変わらない、


どころかより深刻そうにさせたかもしれない。



「もちろん。


 やはり一刻も早く故郷に帰りたいですか?」



そう向ける目つきは鋭く見えても、瞳は悲しげだ。



「い、いや~......そんなことはないですけど、


 でもアイリスさんは勇者で強いんだし


 用心棒として俺を雇わなくても――」


「いえ、貴女は必要です」



譲ろうとしない口調だ。


しかし目線は下って自信なく彼女の口が開く



「実は......私はどうやら期間限定の勇者だったみたいです」



突然の告白に耳を疑い、


意味もくみ取れない。



「それは、どういう......ことですか?」


「簡単に言えば、勇者として貰った力は


 もう時が経つに連れて消えて行っているんです」



弱々しく笑って手を擦る彼女は不治の病に掛かったことを打ち明けるようだ。


冗談とは思えないが、伝説にはそんな話はない



「本当なんですか?


 昨日に魔王を倒したのも頷けるほどの力を見せてくれたじゃないですか」


「いえ......昨日も全力で貴方にぶつかっていきましたが


 魔王軍との戦いがあった、


 つまり勇者になった日はもっと神聖で力強いパワーに溢れていました。


 ちょっと変な話ですが......私は昔から負けず嫌いで、


 貴方にあっさりと倒されたのも少し悔しかったくらいです。


 まだ善戦出来る気でいたのですが


 それほどまでに力が、今も落ちているんですよ」



彼女は静かに自身の鎧に触れる。



「これもせっかく、早くに私が勇者であることを知った鍛冶屋さんから


 魔王打破の知らせでこの街もお祭り状態になっていた時に


 贈呈してもらったものなのですが......


 今では段々と重く感じてきてしまいました。


 言ってみれば......もう、私は普通の村娘に戻りつつあるんです。


 一時の夢だったのですよ、伝説の勇者は」



握る拳に力が入っている。


その悔しさの度合いが伝わってくる



もしかしたら


俺の表面的に出なかった力を見つけられなかった悔しさは

彼女の気真面目さからだけではなく、


もはや力を失い掛けている自身の前に現れた


元村人の俺の力に期待を投影して悔いているのかもしれない。



「まだ、あの子にも言っていません。


 言えなかった......


 彼女が弟子にしてくれ、と頼む純粋で澄み切った瞳を


 私は濁すことが出来なかった。


 更に苦しい現実を突きつけることになるというのに......」



アメルもその事を知らずにいたことは悲痛な現実だ。


真相を知ってアイツはどんな反応を見せるのか、


想像もしたくない。



「......でも」



アイリスは顔を上げて真っ直ぐに俺の目を見る。



「あなた達二人には着いて来て欲しい。


 未だ助けを待つ人々を救うためには私だけではいつか犬死にをしてしまう。


 ウィンとアメル、あなた方が手を貸してくれるなら


 力の喪失など怖くはありません」



そこに真に勇者を見た気がした。



「......なるほど、それで俺に同行を」


「はい......まだ力がある内に


 一番に強く気配を感じた貴方に会いに行ったのはそういうわけです。


 言ってみれば人命救助よりスカウトをしに


 昨日私は貴方と出会ったようなものです......


 やはり私は駄目ですね、


 どの行動にも私情を挟みこんでしまう」


「そんなことはないですよ。


 あなたは自身の状態を理解して


 人を救うための手立てとして最善の方法を取っているだけだ」



前に自己嫌悪に陥る彼女を擁護し損ねたが、


今にしっかりと彼女の正しさを褒め称えたい。



「俺が余計なことを言って貴女を困らしてしまいましたね」


「いえ、そんな――」


「大丈夫です、今に俺も覚悟を決めました。


 訳の分からない力ですが、お役に立たせて下さい」



改めて姿勢を正して宣告した。


アイリスの瞳が輝きを取り戻し始めた。


そして彼女も背筋を張って、手を伸ばしてきた



「今一度、着いて来てくれることを誓ってくれますか?」



それは誓いの握手だった。



もう迷いは捨てた。



これから先、想像を絶するような事態もあるだろう


現に自分の空白の7年も謎の力のどちらも手掛かりはない。



それでも、


もう決めたんだ。



せっかくここまで遠出をして手ぶらで帰って何になる、


もはや俺の知る故郷だってあるのかも分からないのだから。



開き直りにも近い総括に心を整え、握手に応じた。



「誓います。これからよろしくお願いします!」


「ええ! ありがとうございます! あとはアメルだけですね!」



誓いと結束の強さを表すように、お互いが両手でガッチリと握手がなされた。



「何やってるんですか、二人とも」


「「え?」」



そんな熱い気持ちになる空気感に冷え切った視線で傍に立つ者がいた。




「朝食買って戻ったらいないし、勇者はあっちだのこっちだの教えてくれる奴らは


 姉さまのことで浮かれて信憑性がないし、


 やっと見つけたんですから......」



泣きそうなアメルだった。



「「ご、ごめんなさい......」」



今に息の合った俺と彼女は手を繋ぎながら頭を下げた。

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