第2話 村娘の断片的記憶

「俺を連れにやって来たっていうのは......


 どういうことですか?」




少なくとも意識があった内に人と接触した記憶は無い。


それに、自分の身体が勝手に旅をしたのは獣の出るようなどこも辺境の最深部。



人に自分の存在が知られるようなことは無かったと思うのだが



「私は勇者......


 それも自分で言うのも何ですが、浄化の勇者と呼ばれています」



聖なる勇者と情報が一致する、


まさか......伝承の通りの人なのか?



子供の頃なら手放しに喜び、


つい最近の記憶の俺でも息を切らすような


興奮を帯びる人物が目の前にいるというのに



今の俺は訝しんでいるのか


心も体も平静のままだ。



「旅をしているんです。


 あなたのようにアンデッドにされてしまった人々が


 各地に散らばっているのを知って」



気になるのはそこだ



「それはどこで?」



質問を聴きつつ歩いて話すことを手で催促された。



「歩きながら話しましょう、また何が来るか分からない」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




暗く道を照らすのが弱々しい木漏れ日の中を俺達は歩いて話し合った。



なんでも魔王はこの人によって倒されたようだ


それも皆のゾンビ化は例の魔王軍の反乱の件で新魔王になった、


かつてアンデッド達を主体としていた部隊長を打ち倒したのだと言う。



それによって術者が倒されて魔法の効果が切れ、


今までに生きていたアンデッドにされてしまった人々が


各地で一斉に人間に戻ったらしい。


それで今は勇者さん直々に辺境にまで


彷徨ってしまった人々の人命救助に当たっている最中なのだとか



しかも俺はその第一号だった。



「本当にビックリしました......


 まさか魔王が倒されて、それも本当に勇者様がいたとは」



心からの称賛を送ると、


彼女は照れ臭そうに笑った。


普通の女の人のようだ



「私自身今でも信じられません......


 少し前までただの村娘だったんですから」



驚きを隠せない、


自分と何等変わらない境遇ではないか



「何か剣聖や有名な血筋などではなく......?」


「はい、正真正銘の平凡で小さな村に住んでいるだけのしがない娘でした。


 でもある日、いつもの習慣で村にある教会に行って一人で祈りを捧げていると


 聞こえたんです」



彼女はその頃が目に浮かぶように上を見る。



「村に一番近い湖に月が満ちた時にオリハルコンを投げ入れ、


 その後は毎晩祈りを捧げよ......


 との神託を」



伝説には高名な剣士の直系の息子が、


火山から噴き出た溶岩が冷えて山肌に固まった時に


その中で光り輝く反射を目にして退魔の剣を見つけた、とある。



伝承とはまるで違う、言ってみれば真反対だ。



「当時は困りました。


 私は近い内に現れる勇者に剣を託す役を担う女になったのだと思いました。


 それはとても光栄なことです


 しかしオリハルコンは鉱石の中でも実に希少な物。


 私のような村娘がどうやって手に入れたものか困り果ててしまいました」



この世界においてオリハルコンは貴族が装飾などのために高値で取引するもの、


絶対手に入らない代物でないにしろ


確かに庶民には手も届かないような物だ。



「でも頭を悩ませて教会を出た瞬間に、


 お告げの様に母がしていた首飾りを思い出したんです。


 一番に母にその事を話しました


 今に思えば正気を疑われても仕方のないことを打ち明けたと思います。


 それでも母は落ち着いて私を諭し


 代々受け継いできたお守りとして肌身離さず着けていた宝石の首飾りを


 運命だ、と語って託してくれました」



代々受け継がれていた御守りの宝石が神託通りの物であったことは、


益々運命であり必然であることを思わせる。



「そうして満月を迎えると、少し不安になりながらも


 力の限り湖の中心まで放り投げて


 報われることを望むがために懸命に祈りを捧げました。


 勇者に託さなければならない、


 その使命感より祈りに力が入ったのも


 切に自分の家族が守ってきた大事な物が


 意味のある形を持って帰って来て欲しいと......


 我欲に満ちた不純なものだったかもしれません」



「そ、そんなことは――」



咄嗟に同情する気持ちから言葉が出たが、


勇者の優し気な笑みを向けられて口を閉ざした。



「それでもしっかりと祈りは届きました。


 神のご意志のままに結果は成就しました......


 祈りを続けること4日目の夜だったかと思います


 そろそろかと逸る気持ちがある中


 求めるものは、そこにあったのです」



アイリスは腰に携えた剣に触れた。


戦いに使われ、傷や汚れを被っているかと覗いたが全くそんな影さえ見えない。



今とほぼ変わらぬままで、その当時のものとしてあるのだろう



故に穢れを払い、魔を退ける


伝説の不浄の剣......



「湖から人の手が出てきてその手には剣が握られていました。


 水の手は私の近くまで来て、


 私も迎えるように腰まで浸かる水位のところで


 鞘の付いた剣を託され、その手は水面に消えて行きました。


 そしてその剣が心に語り掛けるように、 


 美しい声が伝わってきたのです」



彼女は決意に満ちた目で前を見据えて語る。



「他でもない貴女がその剣でこの世界を平和に導くのだ、と」



息を呑んだ。


そこで彼女は村娘から勇者に成ったのではない、


選ばれたのだと。



「その時の私に不安は一切無かった、消し飛ばされていたんです。


 不浄の剣を手に取ってから......


 溢れ出る力や勇気は、私を着の身着のままで真夜中を疾駆させました。


 向かう先は歩けば何十日と掛かる別の大陸まで疲れも遅れも知らず、


 走破しました。


 そして、ひたすらに駆けて見えてきたのは


 今に魔王軍と人間の戦場でした。


 そこに私は恐れを知らず飛び込んでいきました


 剣なんか握ったことのない女の一度目の剣の払いで数十の敵が、


 二度目の振りで数百の敵を蹴散らしました。


 私はその日に戦いに初めて馳せ参じ、初めてその時に魔族を倒し、


 その戦いで初めて人間側の軍に勝利をもたらしました」



そう語る武勇に俺は鳥肌が止まらなかった。


あまりに早すぎる、


しかしそれが伝説の通りであることを。



勇者は剣を手に取ったその日に魔王軍を壊滅させている。


そして伝承の通りなら......



「私は割れんばかりの声援を受けました。


 すぐさま誰もが勇者の到来だと知って喜んだのでしょう、


 唖然として私を見つめる人も多くいました。


 自身も本来その圧倒的な力に震えるほどの驚愕を受けても


 おかしくはなかったのですが......


 本当に当時の私は精神までも超人的になってしまったために、


 感慨は無かったに等しかったのです。


 ですから私は......


 私の身体は周りに敵影を全て消したことを確認すると、


 人々を残して戦場まで駆けて来た速度を更に超える、


 周りの景色が見えなくなるほどの速さで


 城のような巨大な建造物に飛び込みました」



勇者は無心の内に無傷で魔王軍を完全なる全滅に追い込むと


真っすぐに城へと向かっている。


ここに来て伝説はもはや予言になっていることに震えが止まらない。



「そして城の中で


 自分は小さな小屋で暴れる子供のようでした。


 右腕を振り上げれば何かを壊し、左腕を払えば並み居る物を吹き飛ばした


 気付けば城には火の手があがり、

 硝煙と熱気の中で私は城の最深部に辿り着きました。


 そこで......」



この先はもはや予測するまでもない、それでも興奮の熱は冷めない。



「会ったのです、魔王に。


 禍々しい力を剣が察知していました、


 今までの軽々と切り伏せて来た敵をはるかに超える邪気を感じたんです。


 その時に......完全に意識は消えてしまった


 推測になりますが、人の領域を踏み越えて始まった戦いに


 私という人間の精神は追いつけなかったのだと思います。



 それほどまでに苛烈な戦いの結果は、


 我に返った目前の光景で窺い知ることが出来てしまいました。


 人の王の間の数倍は広い魔王の間は完全に崩壊していて、


 周りは燃え上がる火と魔王が倒れているだけでした。



 その時に崩れた壁から見えたのは光



 そう、朝日だったのです。


 何年も人間を苦しめ、恐怖のどん底までに我々人類を陥れた魔王軍は一夜の内に


 その城の様に崩壊したことを告げる光に......私は思えました」



口も挟めず、息をすることも忘れて


伝説を聞いていたあの頃を


幼い頃を思い出した。



涙が出るような思いだ



「そうしてたった一夜にして壮絶な戦いではありましたが......


 使用者の私はほぼ無関係です。


 全ては、


 神からの授かり物のこの剣の力によって巨悪を打倒したのです」



彼女がその剣を眺める目には、過去に散らした戦火が映っている様であった。



「でも......」



急に彼女は声のトーンを落とし、足を止めた。



「私はそうして断片的な記憶であの夜を覚えているだけですが、


 一つ


 確かに覚えていることがあります。


 魔王を前にして感じた圧倒的な力、


 それを超える力を


 一瞬


 遠くに感じたんです。


 朝日が見えた、あの全てが終わったはずの時に」



ゆらりと彼女がこちらを見た。


その視線には殺気のようなものを感じた。



「それは今に確信に変わりました。


 アナタから感じたものだったのですよ」

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