アンデッドが蔓延する時代にゾンビになった平凡の村人が発症から解放まで、数年間生きていただけでいつの間に最強になっていた
晃矢 琉仁
勇者との出会い
第1話 村人の断片的記憶
俺はただの村人だった。
だからこそあの悲劇はどうすることも出来ずに、
被害者の一人として成るようにしかならなかった。
そう、アンデッドだかゾンビだか......
呼び方はどうだって良い。
ただ血肉を欲するがままに歩くだけの醜い屍に、
なってしまっていた。
どれだけの時間その状態であったのか
おぼろげな記憶を辿る。
確かそうだ、事の発端は病魔の伝来より風の噂が伝わってくる方が早かった。
その噂自身がウイルスみたいなものだったように今は思うが
その日も俺はいつも通り、朝早く起きて家畜の餌を準備していた。
寒かったから......
そうだ、季節は冬だった。
吐く息も凍るような真っ暗な朝から何の変哲もない一日が始まると思ってた。
でも確かそんなまだ日も登らない時間に
やたら村の広場から騒がしい声が響いていたように思う
あれは実際に耳に聞こえてきたのだったか......?
いや、隣人で友人のラッテが伝えに来てくれたんだったか
うちは村の外れにある方だし、
確か広場で聞こえる騒ぎなんて気付きやしなかったんだ。
でも結局ラッテが来て......
魔王軍でクーデターが起きた、もしかしたら勇者が現れたのかもしれない
みたいなことを馬鹿でかい声で教えてくれたんだったな
ああ、段々思い出してきた......
それを聞いて俺は
「それがどうしたってんだ、
聖なる勇者がそんな姑息な手で軍を壊滅してくれたってのか?」
って怒って返したんだ。
俺はその時は勇者の伝説のことが嫌いだったからだ。
魔王の力が満ちて絶望と破滅を呼び起こし
世界に暗雲が立ち込めた時、
その暗闇に染まった世界を切り裂き
元ある美しい平和を取り戻す聖なる勇者が現れるという伝説があった。
それを俺は子供の頃から信じていたからこそ嫌いになってしまったんだ。
魔王は俺が物心つく頃から暗黒大陸とかいう
魔境に住んでいて、
世界征服を目論んでいる
という話をずっとされていた。
しかしそれはおとぎ話みたいなもので、
子供が悪いことをした時に
その魔王が悪の心を持った子供を家来にしようとして攫いに来るから、
と半分冗談めかした説教の常套句の様なものであったが
その魔王が現実になって現れたのは俺が......10の歳の頃だった。
おびただしいほどの人外である魔族を引き連れて
4つ在る内の一つの大陸にどこからか姿を現すと、
その大陸を丸ごと手中に収めてしまったんだ。
そうして俺がラッテから魔王軍の反乱を聞いた時には俺は17の歳で、
魔王軍は2つ目の大陸を侵略していた時だった。
そんな事態になって魔王は現実になっていたが未だ勇者は現れなかった
だから昔の憧れの気持ちを裏切った忌々しい伝説だと勇者を嫌って
そんなものは存在しないと思い込むようにしたんだ。
それでも誰もが勇者の登場を待ち望んでいたし、
何かあれば勇者の現われの兆しだ、
とか言って俺の勇者嫌いに拍車を掛けていた。
だからその魔王軍の反乱というビッグニュースを、
俺は気にも留めなかった。
その後も一日中魔王軍の反乱の話で村は持ち切りになって、
心配より勇者がもう悪を打倒する作戦に出たのではないか、
などと適当なことを言って日が出ても日が暮れてもその話が聞こえてきた。
自分の村の人間たちが根も葉もない期待を
抱いて嬉しそうにしてるのが嫌になって......
俺は森で薪を取ってくるとか取り繕って村を離れようとしたんだ。
「兄ちゃん! 私も行く!」
......なのに、妹は俺に付いていこうとしたんだ
名前は......そうだ、ミーナだ。
妹の名前を忘れかけていたとは
それでも今に記憶は蘇ってくる。
昨日のことのように鮮明に......
「兄ちゃん一人だと、いつまでも森をほっつき歩いてるんだもん!」
まだ腰の高さほどしかいない妹が俺の服を引っ張る。
それを母は笑って見ている。
「ミーナ? あんまりお兄ちゃんを困らしたらダメでしょ?」
「違うよ、お母さん! 私は兄ちゃんを手伝おうとしてるんだよ!」
元気いっぱいに答えて跳ねるミーナ、
その姿に俺も笑みがこぼれる。
そしてその小さな頭に手を置いて俺は静かに
「大丈夫だよ、すぐ帰って来る」
と静かに言って母と妹を家に残し
「どこか行くのか? ウィン?」
干し草を運ぶ父にも
「森に薪を取りに行ってくるよ」
別れを告げて村を飛び出して行った。
あれが家族との最後の会話だなんて、微塵も思わなかった
俺は森に行くといつの間にか寝てしまっていた。
視界がやけに赤く見えたのを覚えている
それにとても体が重かった。
ほんの少し一人になって夜には家に帰るつもりであったのに
俺は草むらに横たわっていた。
とてつもない睡魔か吐き気に襲われて倒れこんだような......
そこだけはまだハッキリしない
辺りは真っ暗だった。
立つだけで息は切れて口からヒューヒューと音が出て、
何とか森の入り口の木に寄りかかって村を見ると
燃えていた、見える限りの家全てが。
それに広い家畜を育てる牧草地にはやけに人が群がっていて、
牛などの悲痛な叫びが聞こえた。
何をしているのか当時は分からかったが、今に思えば家畜を喰っていたんだろう
皆生きたまま。
そしてそれを見ていて何事かと村に駆けだすのかと思えば、
足は勝手に森の奥の方に向かっていた。
村をどうにかしなければ
家族を救わなくては
そんな理性は肉体と剥離されていた。
感じたことのない空腹に唾液が口から止めどなく流れ続ける。
目はずっと左右に動いて何かを探しているようで
上体は老人のように前屈みで進み、
その体全ての動きが完全に制御が利かなくなっていた。
そして草むらが動く音に敏感に聞き取り
振り返った先に野ウサギを見た時、
俺の意識はそこで消えた。
そしてまた意識が回復すると
口の中はドロドロで体はベトベトのボロボロだった。
気持ちが悪かった。
痛覚はなく視界が一瞬捉えた自身の損傷を見ると
生きているのが不思議なくらいな身体だった。
その時辺りからまた消えかける意識の中で自覚していた、
自分は訳の分からない化け物になってしまったことを。
また意識が戻ってきてしまった時、
そこは火山の火口近くだった。
焦げるような臭いをしていたのを思い出す
あの時の臭いは自身が焦げていたのかもしれない。
それほどの熱気に包まれた場所に
何を体が勝手に判断して来たのかは分からなかった。
村から一番近くにある活火山だけでも数十キロも離れている。
この体は俺の認識の範疇を越えて勝手に旅をしていた、
まだその時は化け物を自覚していても
そんなところまで彷徨う目的までは分からなかった。
そうして3度目の意識を取り戻した時には赤い視界に映ったのは、
氷海であった。
血色の悪い肌はさらに青黒い色をして、
そうなるのも構わず寒冷の大地を進んでいた。
本当に化け物になった俺の身体は何をしたいのか分からなかった
凍り付いた地面を裸足で歩いている。
フラフラと視界は相変わらず定まらない
そして急に目線が上がるとそこには
自分の体格の倍はあろうかという白銀の体毛を纏うクマがいた。
敵うはずのない相手にドンドンと体は近付いていく、
その時気付いた。
もしかするとこの体も死にたがっているのかもしれない、と
だからある時は火山、そして今に氷海と
前人未到の地に足を踏み入れて死のうとしているのだと......
だがしかし
では何故まだ俺は死ねていないのか......?
疑念は迫りゆくクマを直前にしてもはや意味はないだろうと割り切り、
それと共に意識は消えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そうして4度目....
覚えている限りとして、
体感として、4度目の意識の覚醒の時に自分は死に目に会えるかと思えば
やけに視界はクリアだった。
見えるもののほとんどが赤く見えた過去3回とは違う。
まるで人間に戻ったような......
その直後
それは現実であったことが分かる。
「え......?」
急に体が倒れそうになって何かに手を着いた時、
痛い
そう感じた。
そしてパッと手を見る動作、
周りを見る動作も
今確かに自分の理性で行われていると知った時
「戻ったのか......?」
誰かに問いかけるように
しっかりと声に出た。
体がやっと自分の元に帰ってきた。
喜びに打ち震え、一歩足を踏み出そうとした時
足場が崩れた。
「うわっ!?」
ガラガラと音を立てて固い何かに埋まる俺。
「イテテ......」
何とか瓦礫の山か何かに埋まった自分が顔を出して目の前を見た時、
一瞬それが何か分からなかった。
そうして実際に手にしてみるとそれは
「骨......?」
とても硬く、大きく太い
小動物や人間のものとは次元の違う大きさだ。
それに段々と嗅覚が冴えてくると鼻をつくような匂いがする。
急いでもがきながら何とか大量の骨の山から転がって抜け出した。
どれも体に刺さってきて痛い、
ちゃんと全身が痛く感じた。
生きている感覚を痛みで味わうとは思わなかったが、
でも少し嬉しい
体はすっかり人間の頃のままだ。
そう思って今一度骨山から転げ落ちてから立ち上がり、
自身の体を見てみると......
少し青く緑色の肌をしていた。
せっかく感覚も人間に戻ったというのに本来の肌色をしていない。
ずっと風呂にも入らず彷徨い続けていたからか?
骨の山があっては自分の身体の異臭は分からなかった。
そして今一度その積み上げられた白い山を見る
随分と時が経ったものもあり、
赤みが付いているのは最近のものなのだろうか
誰がこんなとこに積み上げたのか
そんなことを思うと急に恐ろしくなった。
もしかしたら自分の身体は
とんでもないモンスターの巣を寝床にしていたのかもしれない
普通ここまで大きな骨をしたものが積みあがっているとしたら、
それはその骨の元の姿の動物を喰らう、より大きな動物の根城のはずだ。
こうはしていられない
やっと戻ってきた体で目一杯走って逃げてやるか
そう意気込んで開けた場所から走り出そうとした時だった。
ドスドスと静かに、それでありながら重みのある足音が
走りゆこうとしたその先の影から足音の主は姿を現した。
俺の身体は急ブレーキを掛けてピタッと止まった
行く手を阻むのは、2体の伝承通りの巨大なドラゴンだった。
「グルルゥゥゥ......!!」
長く伸びた首の先についている顔をこちらを真っすぐに見据えて睨み、
眉間にしわを寄せて唸っている。
犬であれば噛みつかれそうで、済むが
今目の前のドラゴンの大きさを見る限り
肩の肉をごっそり持って行かれかねない
「グアアッッ!!」
片方はもう臨戦態勢だ。
翼と尻尾をせわしなく動かしていつ飛び掛かって来てもおかしくない
足を動かすたびに地面に衝撃が伝わってくる重さも相当なものだ。
そうして注意を向けていた臨戦態勢の方より後ろにいた奴が羽を広げて
飛び掛かってきた。
あんなものに体当たりを受けるだけでも重傷だ、
だというのに驚くほど自分の心拍は落ち着いている。
ここに来て本能が死を覚悟したか
ドラゴンはもはや眼前、間合い3メートル
大きく口を開いてそのまま噛みつきに来る。
目を瞑りたくなるような光景に
瞼は閉ざすことを許してはくれなかった。
そして今に首から右肩に掛けてをドラゴンの牙が捕えようとした時、
体が反射的に動いた。
右足をスッと後ろに引いて寸での所で
ドラゴンの噛みつきを逃れて肩スレスレで大口がバチンと締まる音がすると、
その場でそのままくるっと回ると
すぐ横を飛ぶ巨体に右腕の裏拳を叩きこんだ。
すると突風でも起きたかのように
殴ったドラゴンが猛スピードで吹っ飛ばされて
奥にあった岩の壁に叩きつけられて倒れた。
その一連の流れに自分が一番驚いていた
「え......? どうなって――」
「ギャウアアッッ!」
動揺を許さず残ったドラゴンの咆哮が大気を震わす。
仲間をやられての怒号にも体は一切動じない、
跳ね上がりそうだったのは理性だけだった。
猛り狂う叫びが終わらぬままに突っ込んでくる。
今度は頭を下に向けて
身体ごとぶつかって来る気だ。
焦る内心に対して体はまた勝手に静かに動き出す。
腰を落とし込んで膝を曲げてどっちにでも避けられる構えが取られる。
そして我が身を突き飛ばさんとするドラゴンの頭の角まで
くっきり見えるギリギリまで引き付けて
今度は左足を少し下げて突撃を避けると、
腕はドラゴンの長い首を持ち上げるように両腕で捕らえて
「ウラアアッッ!!」
自分の腹から出た声とは思えない雄叫びと共に、
身体が持ち上がりそうになる勢いでドラゴンを背負い投げて地面に叩きつけた。
叩きつけた衝撃でも体が持ち上がりそうだった
「ギャァ!」
小さくドラゴンから呻く声が出て、
あまりの衝撃にそのゴツゴツとした鱗に覆われた身体から力が抜けて行くのが
腕を通して伝わった。
口から一息吐いて肩の力が抜けると
パッとドラゴンの首を放した。
そしてまた理性の神経と合致して体が急に帰ってきたような感覚になった。
何だったのか今の状態は......
今になって腕が震える。
こんな魔獣を俺の体が......
横たわる2匹を見て、
自然と骨の山に目が向く。
そんな、まさか......
有り得ない予測が頭に浮かび狼狽する。
放心状態の耳に飛び込んできたのは
後ろの森の奥からガシャガシャと金属が擦れる音だった。
そう、この時に
やせ細った針葉樹が囲む見覚えのない森で、
俺は出会ったんだ。
やっと人間に戻って初めて見た人間。
近付いてくる人型の影に目を見開く
薄暗い道をこちらまで走ってくる人物、
それが開けた場所に出て太陽の光を受けた瞬間
「ど、ドラゴンの叫びが聞こえて急いでこっちに来てみたら......
ふぅ、どうやら大丈夫だったようですね」
息を切らして来た人の姿がはっきりと見えた。
自分と同じくらいの背丈で
「探していましたよ......。あなたを」
「......貴女は?」
端正な顔をほこらばせて彼女は明るく答えた。
「勇者、アイリスと申します」
蒼色を主本とした色合いの甲冑に身を包んだ彼女に、
勇者に、俺は会った。
その日から
俺の生きているのか死んでいるかも分からなかった毎日が
再び人間として動き出した。
化け物じみた身体を伴って
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