春龍

笹乃秋亜

春龍


 ──突風。


 凄まじい旋風が、頬を引き擦って吹き抜ける。

 地を凪ぐ様な強風に、大きく波打つ満開の桜並木。桜吹雪が、丸で一つの生命体になったかの様に宙を埋め尽くして、僕を一思いに呑み込む。

 ──え?

 赤い瞳。縦長の瞳孔が、確実に僕を捉えた。

 白銀の魚鱗を煌めかせながら、真横を通り抜けた長い巨体。桜で溢れ返った視界を過ぎったそれは、紛れもない、白い龍だった。


 白龍は、道路を掠る程の低空飛行で、地を這うようにして、物凄い速度で飛んで行く。グネグネと蛇行しながら、桜の木の間を縫って、枝枝を潜り抜けて──楽しそうだった。

 白龍は子供の様にはしゃいでいた。ぐるぐると桜並木を潜り抜けて、無邪気に遊んでいるようだった。まるで、雪の上を嬉嬉として走り回る犬ようにも見えた。


 突如、龍は首を擡げると、垂直に螺旋を描くように空をグングンと昇っていった。満開の桜が、龍の軌道に乗って巻き上げられて、


        空高く


     空高く


 ──龍が弾けた。


 花火の様に、ぶわりと桜が青空に広がって、やがてはらはらと舞い落ちてくる。




 ドンッ


 肩に衝撃が走る。

 慌てて振り返ると、迷惑そうな顔をしたサラリーマンのおじさんと目が合った。どうやら、僕は歩道のど真ん中で立ち止まってしまっていたらしい。すみません、と小さく告げて道を空けると、おじさんは忙しそうに歩を進めて過ぎ去って行った。

 優しい日差しが照らす満開の桜並木を、人々が行き交う。なんてことない、静かな日常の光景が目の前に広がっている。


 僕は、夢を見たのだろうか。

 

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