エトワール
「
今日は沙羅の母親が営むクラシックバレエ教室の発表会だ。
沙羅のお目付け役を依頼された私、
沙羅は私の姪にあたる。生まれた時から同じ家に住んでいたので懐いてくれているのは嬉しいが、なめているのか私の言うことを全く聞いてくれない。楽しそうに走り回っている沙羅を見ると、こちらが遊ばれているような気分になる。
「沙羅ちゃん、どこいくのー?」と沙羅より一つ上のちびっ子達も沙羅を追いかける。「沙羅は私に任せて、ここにいて!」と言うのだが、面倒を見ているふりをして、ただ追いかけっ子をしたいだけの子供たちは、見ているそばからはしゃぎまわる。
追いつかれると思った沙羅は
「こら! 幕で遊ばない!」
舞台さんが真剣に怒る。はしゃいでいた沙羅も、知らない人に真剣に怒られびっくりしたのか、素直に袖幕から出てきた。
「ここは遊び場じゃないんだよ。落ちてきたら大怪我するんだからね!」
「すみません」
謝りながら沙羅の脇に両腕を通し、がっちりとホールドする。
重くなった沙羅を持ち上げながら楽屋の廊下を歩く。
「ね、沙羅もこれから踊るんでしょう? 怪我したら大変なんだから」
「沙羅、踊れない」
「どうして?」
「さっき、こけたから足がいたいの」
全く、さっきまで走り回っていた子が何を言ってるんだか。
「ママは?」
「ママはお仕事。踊りが終わったら会えるよ」
自分のママがすぐそこにいるのに、他の子ばっかり構って、見向きもしてくれないのは面白くないのだろう。気持ちはわかるが、他の子供やママ達のためにも、ここは落ち着いてもらわなければ困る。
「足がいたいの。ねえ、ともかちゃんママは?」
「ママは忙しいから。ね、私で我慢して」
沙羅を元いた場所に戻すと、またすぐにどこかへと駆け出していった。『全く、一ミリも止まっていられないんだから』半ば呆れながら雷を落とす。
「沙羅! 怒るよ!」
って、もう怒ってるのに。
「足がいたいのー」
「わかった。じゃ、踊るのやめる?」
沙羅の動きが止まった。
そこへちょうど沙羅の前の踊りの音楽が流れてくる。沙羅がハッとしたのが伝わってくる。まだ出だしの位置には行こうとしないが、しっかりと音を聞いているのがわかる。
「いいよ。踊らなくても。踊る? 踊らない?」
沙羅は無言で子供たちの列に戻った。
盛大にぐずりはしても、踊ることの楽しさを知っている者は、踊れる限り踊ることをやめない。
五歳のあの子も、もうそんな人達の一員なのだろう。
私の顔に少し笑みがこぼれた。
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