光
しゅりぐるま
希望の光
たった今、自分が発射した
またか。やめてくれ。これが俺の仕事なんだ。仕方がないだろう。
どんなに心で念じても、意識は弾の行き先から離れてくれはしない。
目標にした建物が近づいてくる。
その途端、意識が建物内部へと移る。
武装もせず、ただ避難した人達が目に入る。
寒そうに肩を寄せあい毛布にくるまる人々。
一人の女の子がふいに顔を上に向ける。
大きな瞳が俺とぶつかる。
止まれ!!!
そう叫んで俺は目を覚ました。
寝覚めの悪い朝だ。
こんな朝は決まって自分が酒臭い。
テーブルには空になった酒瓶が転がっている。
許せ。
そう言ったところで誰が自分を許してくれるのか。
自分で自分を許せない限り、この悪夢は続いていくのだろう。
実際のところ、自分が撃った弾がどこに飛んでいったかなんて知る由もない。
外れた可能性だってある。
だが、夢に出てくるのはいつも決まって最悪のパターンだった。
メンタル異常を発した俺に軍は別の仕事を与えた。
軍用機器の整備――ただの裏方だ。
暇な時間は嫌いだ。あの頃の事を思い出す時間が長くなる。
思い出しては作業に没頭し、没頭しては思い出す。
その繰り返しで疲弊した俺はまた、酒屋の戸を早くから叩く。
そんな毎日の帰り道、外に出ると雪が降っていた。
珍しいこともあるもんだ。
俺たち人間が空を壊して以来、ここ数年空から降ってくるものは灰でしかなかったのに。
今日は見紛う事なき真っ白な雪が空から降ってきて積もっている。
ふと、この寒さの中に身を埋めたくなった。
地面に寝転び、降り積もる雪をそのままにする。
このまま眠りについたら、朝には凍った男が発見されるだろう。
それはそれで幸せな人生の幕引きに思えた。
悪夢に怯える日々は死んでいるも同然だった。
「どうしたの、おっちゃん。家がないの?」
気づくと少女が俺を覗き込んでいた。
「お前こそどうした、こんな時間にガキが
「うるさいな。おっちゃんと同じ、役立たずで酔っぱらいの
少女はふてくされて俯いた。
「口の悪いガキだな。俺は軍人様だ。おめえの役立たずの母親と一緒にすんな」
「あたしからしたら同じさ。どこでも転がって寝ちまいやがって。さっさと凍え死んじまえ」
最大級の呪いの言葉を吐いて少女は走り去っていった。
静かになった周りを確認し、俺は再度死にに向かった。
「おっちゃん、おっちゃん! 起きてくれ」
再び少女の声に起こされる。
「なんだよ、またお前か。望み通り死んでやるんだ。邪魔すんな」
俺が再び寝ようとすると、少女は言った。
「母ちゃん、死んだ」
「あ?」
「死んだんだ。あたしが殺した」
見ると目に涙をためている。
俺の頬に落ちた少女の涙は温かかった。
無意識に伸びた手をすんでのところでしまい込む。
「んなこと知るかよ」
再び寝ようとすると少女に頬をひっぱたかれる。
「やめろ、死ぬな!」
少女はお構いなしに俺の胸に殴りかかってくる。
「一晩に二人も殺せねえ。あんたを助ける」
何を言うんだ。俺が一体何人の命を奪ったと思っている。
「一人も二人も変わんねぇ。同じだ」
「同じじゃねぇよ!」
少女の肩が震えている。
めんどくせぇ。そう思いながらも少女を改めて見る。このくそ寒い雪の中、少女はぼろ布一枚を巻いているだけで、脚は裸足も同然だった。
「ちっ! 何が助けるだ。俺がお前を助けるんじゃねーか」
俺は身体を起こして少女の肩を叩いた。
「泣くな。今から俺の家に連れて行ってやる。狭いが外よりは暖かいさ。そこでしばらく休みな」
死にに行こうとしていた男に関わってきた一人の少女。俺は柄にもなく運命めいたものを感じていた。こいつを助けたら、俺にも生きる意味ってもんができるかもしれない。
まだ泣き続ける少女に俺は言った。
「こんな日だ。母ちゃんは運が悪かったんだ。さあ、行くぞ」
「そうだね。運が悪かったんだ
泣き顔を両腕で隠す少女の背中に血に濡れた鎌が刺さっているのを、俺は気が付かなかった。
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