第46話 殺人鬼
森へ突入して投網蜘蛛と戦ってからから二時間近くは歩き続けただろうか。
風の気が流れる方向に向かって移動を続けているんだけど、ちょっとずつ気が濃くなっていくのが感じられる。
藪も深い森の中だというのにうっすらと風がそよいで木々のにおいを奥へと運んでいく。
父上が目指していた目的地でもあり、今は錐使いから守るべき場所となった間欠泉が近いということだろう。
否が応にも緊張が高まっていく。
父から聞いていた話では、間欠泉は鬼人族の領内にある風穴と呼ばれる所から奥に入った場所にあるとのこと。
だから私たち人間はそこがどんなところなのかを詳しくは知らない。
もともと鬼人族たちは間欠泉から溢れ出す気の恩恵を受けて生きてきた。
枯れた土地であっても気の巡りさえよければ、いつしか大地は潤いを取り戻す。
人間たちに追われた結果かもしれないけど、鬼人族がこの地に拠点を構えたのはそういう理由があるのかもしれない。
とはいっても現在進行形でイエスタ全土から気が失われている。
間欠泉が機能しなくなっていると考えることができるし、それは鬼人族にとっても不利益なことだろう。
(ハク・・・大丈夫かな。)
父の書斎で見せてもらった資料の中にあった巨大な氷柱。
さらに間欠泉を活性化させた張本人がハクだというのなら、イエスタの現状を変えることができるのかもしれない。
(早く錐使いを倒して本来の目的を果たさなきゃ。)
武者震いを引き締めるために頬をパチンと叩いたら、レンギョウにちらっと見られたような気がした。
「怖気づいたのならここで引き返してもいいんだぞ。」
やっぱり見られてたか。
でもこれは別に怖くて震えたわけじゃない。
変な勘違いをしないでもらいたい。
「そういうんじゃない。」
「ふん。」
確かにここまで無理を通す必要はないのかもしれない。
父やカグラの回復を待ってハクを連れて退却すればよかったのかもしれない。
でも錐使い侵入の切っ掛けは私たちが作ってしまったようなものだし、見て見ぬ振りなんてできなかった。
たとえこの身に危険が降りかかることになったとしても。
(今更後には引けないでしょ。)
握りこぶしを作ると意地を張るように藪を踏みしめて歩いて見せた。
そんな様子の私を見てレンギョウはもう一度鼻を鳴らすと諦めたのか、前に向き直ると何事もなかったかのように間欠泉を目指して進んだ。
その背中を見ながら、ふとコクセイ城で泊まった部屋のことを思い出した。
(レンギョウの妹、ホントのところはどうなんだろう。生きてるのか死んでるのか、もし死んでるのなら病気?それとも・・・)
もしその理由が人間側にあるのだとしたら。
(許せるはず・・・ないよね。)
立ち入っていい内容じゃないし、このことは決して口にはしないようにしておこう。
そんなことを考えていると、前を進んでいる兵士たちの歩みが遅くなった。
列から顔を覗かせて前を見ると、木々の向こう側が少し明るくなっている。
慣れない森の中を進んですこし疲れたものの、ようやく訪れた変化に緊張感が高まっていく。
もうすぐ森を抜ける、というところで兵士たちが先に進んで手前の木々に身を隠した。
覗き込むように前方を確認すると、なんだか表情を曇らせてレンギョウに近づいてきた。
「虫に先を越されたようです。」
レンギョウはその言葉を聞くと少し目を伏せ、すぐに正面を向くと躊躇なく森を抜けて行く。
兵士たちもそのあとに続いて前進し、私も遅れまいと森を抜けた。
目の前には霊峰ロクシキの斜面が広がり、その斜面にはぽっかりと大きな横穴が口を開けている。
その穴に向かって風の気が吸い込まれていた。
(これが風穴?)
もともと風が強く吹いていたんだろう。
周囲はその影響を受けてか、植物が育成しにくい環境だったことがうかがえる。
そしてその地面には赤黒い液体があちこちに染みついていた。
血とみて間違いないだろう。
それは点々と風穴の奥へ続いている。
ここで戦闘が行われ、少なからず負傷者が出たことが想像に難しくない。
ただ、先行していたはずの兵士たちの姿はなく錐使いもいない。
よくない方向に思考が傾いてしまうのを押さえつけるように手に力を込める。
レンギョウは地面に付いている赤い染みを指でなぞると、その感触を確かめている。
「ほとんど乾いている。一日か半日か、それくらいは経っているな。」
「急ぎましょう!」
「あぁ。だが・・・いや、いくぞっ!」
「はっ!」
何か一瞬ためらいの言葉を漏らしけど、すぐに言い直して兵士たちを引きつれて風穴へ足を踏み込んでいく。
言い淀んだ内容が気になるけど、それを聞くよりも前に進むことが先決だ。
愛刀の鯉口に手を掛けると慎重に風穴へ足を向けた。
◇◇◇◇◇
風穴の中は割と広く、五人が並んで歩けるくらいの幅があり、屈む必要もない程度には高さもある。
とはいえ、いざ戦闘となると話は別だし一番の問題はその暗さ。
日の光が差し込まないので暗いのは当たり前。
なので携帯用の投光器を手に風穴内を進む。
投光器は木板に気を流すと光る石『夜光石』を括り付けて、その周囲を薄い木の板で囲って前方に光を照射する形状になっている。
兵士たちはその投光器を片手に先頭を歩き、そのすぐ後ろをレンギョウ、最後尾が私という隊列だ。
私にはそういった道具は渡されていないけど、前に光源があるから付いていくことはできる。
とはいえそれだけじゃ心もとないから
仕方ないので
兵士たちの後について歩きながら周囲を見渡していると、内部の構造に気になるところがいくつか見つかった。
風穴といっても、もとは自然現象によって生み出られた洞窟だ。
にもかかわらず、地面は歩きやすいように整地されているところがある。
それにところどころ壁が窪んでいて、そこには日の光を失った夜光石が置かれている。
どうやらもともと鬼人族が間欠泉に続く道を整備、管理していたんだろう。
(だけど、それも最近は疎かになってるのかな。それともやめちゃったのかな?)
夜光石の蓄光能力はひと月くらいといわれている。
それが消えているということは、ひと月以上は放置されているということになる。
それに風穴内の通路も、整地されているとはいうものの大きく崩れているところや、崩落して半分くらい通路が塞がっているところもあったりする。
とてもじゃないけど管理しているといえる状態じゃない。
(コクセイ城の作りや城に通じる自然迷宮の手入れ具合から考えると、ここはずいぶん昔に放棄されたということかな。)
そこまで考えて刀を握る手に自然と力が籠っていく。
(人の気配がなくなるということは要するに・・・)
徐々に緊張が高まっていくと案の定、先頭の兵士が警戒を促す動作を取って身構え、前方の影に投光器の光を向けていく。
壁伝いに大きな岩が迫り出し、その地面に全長一間ほどの蜥蜴が横たわっていた。
周囲に溶け込むように黒くてごつごつした鱗が全身を覆い、足先には鋭利な爪が光っている。
警戒を怠ることなく近づいて蜥蜴を確認すると、すでにその蜥蜴は絶命していた。
(これで生きてるわけないよね。)
その蜥蜴には頭部が存在しなかった。
蜥蜴にしてはかなり大型の種類だと思うけど、その頭部が引きちぎられるようになくなっている。
ひっくり返すと腹がバッサリと切り開かれ、内臓が無残に引き裂かれている。
でも体の大きさから考えて、確認できる内臓があまりにも少ない。
「食われたか。」
レンギョウがポツリと呟くと兵士たちもその意見に賛同するように頷く。
「ですが、ここには黒岩蜥蜴を捕食する生物はいないはずですが。」
「我々の知らない生物がいるのか・・・それとも奴の仕業か。」
なくなっている頭部の損傷個所は力任せにちぎり取られたようにボロボロだけど、腹の傷は鋭利な刃物で切られたような断面をしている。
どちらも明らかに致命傷だし、殺すだけならどっちかだけでいいはず。
その時、風穴の先からかすかに物音が聞こえたような気がした。
「警戒っ!」
一声叫んで刀を引き抜くと
光に照らされた前方の景色を補足するように、
辺りに充満する邪気によって上書きされた情報が揺らめき、正確な情報を得ることができない。
その索敵範囲は術者の力量で変わるけど大差はないだろう。
範囲を無理やり広げることは可能だけど感度が極端に下がる。
でもどうせ暗がりでよく見えないし、違和感だけでもつかめれば御の字だ。
(前方にだけ注意!)
「何かいる!」
その声に反応した兵士の一人が弓に矢を番えると奥へ向かって放った。
直後、矢の先端に火が付いて周囲を明るく照らしながら風穴の内部を照らした。
そしてしばらく飛んでいった先の地面に転がっている何かを映し出すと、矢はそのまま通り過ぎて奥の障害物に当たって消えた。
兵士はすかさず第二、第三の矢を番えると、一瞬だけ映った異物の付近目掛けて放つ。
同じように火のついた矢は目標地点の岩壁に命中して地面に落下し、その周囲を照らし出した。
「な、なんだあれはっ!?」
それを見た兵士の一人が怯えるように声を上げてふらふらと後ずさる。
必要なくなった
「なにが・・・どうなって・・・」
そこには鬼人族の兵士が倒れていた。
いや、元鬼人族と表現したほうがいいのかもしれない。
うつ伏せに倒れている兵士の体には紫色の斑点が浮かび、そのところどころから膿のようなものが滲みだしている。
皮下が不自然に蠢き、ともすれば何かが皮を突き破って飛び出してきそうな様相を呈している。
うつ伏せなのにこちらを向いている顔は顎が上を向き、その目には眼球が見当たらず黒く窪んだ眼窩の奥に怪しい光だけが揺らめいていた。
「ちっ!」
レンギョウが舌を鳴らすと同時に、倒れていた元兵士は体を持ち上げると口から異音を発しながら立ち上がり、手に持っていた何かを落とすとふらふらと近寄ってきた。
レンギョウは動揺を隠せない兵士たちの間を割って前に出ると、握った右手を振り払った。
異形へと変わり果てた兵士を中心に、膨大な熱気が収束していく。
「ギャァァァァーーー!」
静寂に包まれていた風穴内に悲鳴が上がると同時に、元兵士の体を紅蓮の炎が包み込んだ。
人体の焼ける臭いがあたりに充満し、胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。
叫び声をあげていた元兵士は膝から崩れ落ちると次第に動きを弱め、燃えカスとなって完全に沈黙した。
レンギョウは臆することもなく黒焦げになった元兵士へ歩み寄ると、しゃがみこんで遺体を観察し始めた。
すると頸椎のあたりから細長い物体を抜き取った。
近づいて見てみると、それは投網蜘蛛の体に刺さっていたものと同じ形状の針金だった。
勢い良く立ち上がると針金を投げ捨て、さらに風穴の奥へ向かい、まるで自分の存在を知らしめるかのように怒号を響かせた。
「この程度の脅しなど我らには効かぬ!」
異形へと変貌してしまった同胞の姿に尻込みしていた兵士たちも、その声を聞いて勢いを取り戻してレンギョウに続けとばかりに声を上げた。
焼け焦げた元兵士に祈りを捧げると、覇気を取り戻した兵士たちは投光器で風穴内を照らしながら行軍速度を上げる。
(よくも、こんなひどいことを・・・)
投げ捨てられた針金を睨みつける。
同時に捨てられた針金の近くに落ちているものが何なのかを見てぞっとした。
(こ、これはさっきの蜥蜴の頭!?)
上あごがぐちゃぐちゃに砕かれていて頭部の損傷もかなり激しく、そばを通るだけで腐敗臭が漂ってくる。
直視しがたい残留物の形状から想像するに食べていたと考えていいと思う。
理性が残っているとは思えない状態だったし、その可能性しか考えられない。
(錐使い、屍套衆・・・いったい何者なの?)
生き物を物の怪に変えてしまう術なんて聞いたこともない。
これを意図的にやってると考えると、その本人たちこそ本物の化け物だ。
やっぱり野放しになんてできるはずがない。
◇◇◇◇◇
でもそこから先はこれまで経験したことのないものになった。
シュリによって送り込まれていた兵士の数は十人。
風穴の入り口に一人として姿はなく、その付近を捜索したわけじゃないから兵士たちがどうなったのかはわからない。
ただ、最初に遭遇した元兵士を含めて六人は風穴内で見つかった。
全員理性を失った物の怪として。
兵士としての矜持を踏みにじられて変わり果てた姿の同族を見つけるたび、レンギョウたちの錐使いに対する憎悪が増していく。
それは巡り巡って私たち人間に向けられる。
同族を手にかけることも、敵対関係である私が息の根を止めるのも、鬼人族たちにとっては憎しみしか生まない。
結果的に私はこの状況に手出しできず、ただ茫然と同族狩りを続ける鬼人族たちを見つめ続けることしかできなかった。
ある兵士は気丈にふるまいながらも振るう刀が震え、別の兵士は心を殺して元兵士の首を刎ねた。
レンギョウの手を煩わすまいと前に出続ける兵士たちの心の叫びが、逆にレンギョウを苦しめて、握りこぶしから流れ出る血が地面を濡らしていく。
暗い風穴の中で無念の最後を遂げる兵士たちをちゃんと弔うことすらできない。
それでも一人一人の亡骸に短い黙祷を捧げ、奥に進む一行。
最後に遭遇した元兵士を弔ってからどれくらい歩いただろう。
通路の先に少しだけ明るくなっている。
徐々に強まっていく風の気から、風穴の最深部が目前に迫っていることが予想される。
そして徐々に広くなっていく通路の先からあふれ出る気とともに、邪悪な気配も漂い始めていることに全員が反応した。
それぞれの獲物に手を掛けると、通路の先の広くなっている場所を目指してゆっくりを歩みを進める。
その時、通路の先から怒号が聞こえ、その声色から一刻を争う事態であることが容易に想像された。
兵士たちはレンギョウと顔を合わせると一気に走り出し、通路を抜けて広間へ躍り出る。
そこは直径五町ほどの広さで半球状にくりぬかれたような空間だった。
中央にはごつごつした岩が積まれ、その頂点に丁の字型にくりぬかれた濃い緑色の鉱石が鎮座している。
声の主はその広間の中央付近で片膝を突いてうずくまって前を見据え、その視線の先には一人の女兵士を後ろ手に掴んだ、黒ずんだぼろぼろの外套を纏った錐使いの姿があった。
「そこまでだっ!」
レンギョウとともに駆け付けた兵士が錐使いに声を上げる。
その声を聞いた兵士はこちらを振り返ると、申し訳なさそうな表情を浮かべて立ち上がろうともがいた。
「レンギョウ様、申し訳ございません・・・」
「もうよい。お前たちだけでも無事でよかった。」
「ですが、まだ捕らわれているものがいます。」
そばに駆け寄ってきたレンギョウにそう告げると、憎々し気に錐使いを睨みつける。
錐使いはその兵士の表情が余程気に入ったのか、口元をゆがめると体をよじりながら楽しそうに呟いた。
「よぉ。お前たちが遅いせいで随分とおもちゃが少なくなってしまったじゃないか。」
「何がおもちゃだ・・・早くそいつを解放しろっ!卑怯者め!」
錐使いのふざけた口調に片膝を突いている兵士が怒気を強める。
しかし錐使いは目の前の兵士を無視すると、レンギョウに向かって声をかけた。
「臆病な犬ほどよく吠えるんだよなぁ。」
「何をっ!」
錐使いの挑発を受けて、兵士たちが武器を構えると一斉に飛び掛かろうとする。
それをレンギョウが手で制すと、兵士を後ろに下がらせて錐使いを睨みつけた。
「お前の目的はなんだ?」
ひどく冷静な声が風穴内にこだまする。
これ以上の犠牲者を出さないよう、錐使いを刺激しないように言葉を選びながら問いかけている。
「目的だと?」
そう問われて押し黙る錐使い。
頭からかぶった外套で表情は見えず、口元でしか感情の機微を察することはできない。
もはや錐使い自身が人ならざるものへと変貌してしまっているようだ。
目的を問われた錐使いは無表情に黙り込んでいる。
そしてしばらくすると、まるで呪いの言葉でも紡ぐかのように口を開いた。
「快楽さ。それ以外に何がある?」
その言葉を聞いたレンギョウは、微動だにせず静かに錐使いの言葉に耳を傾けている。
「人を殺すときの、あの瞬間だよ・・・死に直面した瞬間の表情、刃が心臓を貫く感触、それから湧き上がる憎しみ、悲しみ・・・」
身をよじらせ口をだらしなく開きながら、理解しがたい言葉を紡ぎ出す。
その一言一言に鳥肌が立ち、捕らわれている女兵士の表情から血の気が失せていく。
特に武器を押し付けられている様子はないけど、相手が錐使いとなると何を仕込んでいるのか分からないから迂闊に手も出せない。
無駄に言葉を垂れ流す錐使いをよそに、入念に救出の機会を窺った。
「その貴重な一瞬を逃さないためにも、一人ずつ丁寧に殺さなければなぁ。あぁ、そうだ。クルスに邪魔されたが、あの感触もなかなかによかったぞ?腹を突き破って臓物を引き裂くあの感触・・・もう一度やらせれくれないか?」
その瞬間、父が刺されたあの光景が脳裏によみがえる。
暗がりの中、血だまりに倒れこむ父の姿が思考回路を焼き切らんばかりに再生を繰り返した。
「お前・・・は・・・許さないっ!」
怒りに我を忘れてしまいそうになるのを必死に耐える。
それもあまり長くは持ちそうにない。
「もう少し待て。」
抜きかけた刀をそのままに、いつでも飛び掛かれるように姿勢を整えると深呼吸して気持ちを落ち着かせていると、レンギョウがちらりと私を見た。
何かを伝えるような視線に、さっきの言葉の意味を考える。
「ここに来るまでにいくつかおもちゃを置いてきたが、楽しんでもらえただろうか?本当はこの手で死の感触を堪能したかったんだがな。」
「あぁ、キサマのおもちゃのままでは不憫なんでな。我らの手で静かに眠ってもらったよ。」
「レンギョウお前、同族を手にかけたのか・・・やっぱり鬼は鬼だなぁ!」
はらわたの煮えくり返りそうな煽り文句に兵士たちは怒りに体を震わせている。
レンギョウは小さく「よく耐えたな」と呟いて兵士たちに目をやると、ゆっくり錐使いを視界の中央に捉えた。
「そうだ・・・俺たちは鬼さ。キサマら人間とは違うっ!」
そういうと右手を高く掲げた。
直後、錐使いの周囲に赤くて小さな光の玉が無数に浮かび上がる。
「行け!」
レンギョウの雄たけびにも似た怒号を合図に、地面を蹴って気を練り上げた。
「
過剰に高まった気が暴走一歩手前で術と成る。
背後の空気が炸裂して生まれた衝撃波を利用して踏み出し、体の周りを覆う風の層が向かい風をかき消す。
単純な筋力では得られない推進力を生みだす
身の回りに浮かび上がった赤い球は、強烈な熱気を放出させて錐使いの身動き封じ込めた。
その隙をついて女兵士に体当たりするように突っ込むと、錐使いから一気に距離を取り、女兵士を背後に錐使いへ向き直る。
「よしっ!」
錐使いを挟んで反対側にいる兵士たちから安堵の声が漏れ、今だに赤い球に囲まれている錐使いの動きを注意深く見つめながら、ゆっくりと向かってきた。
「人間に助けられるとはな・・・だが、一応礼は言っておく。」
疲労困憊といった感じの女兵士はしかめっ面でそう吐き捨てると、かけつけた兵士たちに笑顔を向けた。
「・・・くっ・・・くくく・・・。」
不意に不気味な笑い声が広間にこだまする。
肩越しに兵士たちを見ていた視線を錐使いに戻すと、赤い球にじりじりと装束を焦がされながら、不敵な笑みを浮かべてる。
「くくく・・・救出出来てよかったなぁ?早いとこ、逃げたほうがいいんじゃないのか?」
レンギョウの術にはまって盾にしていた女兵士を奪還されたはずなのに、悔しそうにするどころかニヤニヤと笑っている。
どうも何か引っかかる。
「っ!?」
急にこれまでのことが思い出されて、その女兵士の背後に回り込むと首筋を確認して衝撃が走った。
「いい顔するじゃないかクルスの娘よ。さぁ、どうする?」
そこには物の怪と化していた兵士たちと同じ針金が刺さっていた。
ずいぶん深く刺さっているはずなのに、痛がっている様子はない。
それをつまんで引き抜こうとすると、突然女兵士が苦痛を浮かべて身をよじった。
「おっと、無茶はいけないなぁ。大事に扱ってくれよ。そいつはもうオレの『おもちゃ』なんだからな。」
そういうと錐使いは両手を広げて被っている外套を大きくなびかせると、そこからどす黒い煙を噴き出した。
その煙はレンギョウが作った赤い球を飲み込むと、蒸発するような音を上げて相殺し、そしてまた外套の内側に吸い込まれていく。
驚きの表情を見せるレンギョウを尻目に、錐使いは大きく口を開いた。
「さぁ、楽しませてくれよっ!」
その掛け声とともに発生した気味の悪い気配があたりに充満し、見えない糸に引っ張られるように女兵士の首筋に突き立っている針金に吸い込まれていく。
「え・・・ガハッ!?」
突如、むせ返るようにせき込み始め、次第に目が充血して口から涎が零れ始める。
苦しそうに首を掻きむしって血が流れ、土気色に変化した肌からはあっという間に生気が薄れていく。
「いや・・・た、たす・・・げでっ・・・!」
「や、やめろぉぉぉーーー!」
見かねて負傷していた兵士が叫び声をあげると、足を引きずりながら錐使いに向かっていった。
レンギョウが制止の声を上げたけど、兵士の耳には届かなかった。
「殺してやるっ!」
「アーーーハッハッハッ!もっとだ・・・もっと苦しめっ!もっと憎めっ!」
「くそがぁぁぁーーーー!」
満足に動けない体に鞭打って、それでも力の限り走り、崩れそうな体勢になりながらも刀を振り下ろす。
錐使いは躱すこともせず、その一太刀を顔面で受け止めると外套に隠れていた腕を無造作に突き出した。
「ぐふっ・・・」
武器も持っていない手刀が兵士の腹部をたやすく貫き、背中から手首をのぞかせる。
刀を持つ手がぶるぶると震え始め、口から盛大に吐血して体勢を崩し、力なく地面に倒れこんだ。
「イヤァァァーーーー!アッガッ・・・!」
苦しみの中、女兵士は消えていく理性の間際、自分のために命を懸けた兵士の姿をその目に焼き付けるように見つめた。
その姿に致命傷を負わされた兵士はうっすらと涙を浮かべ、最後の力を振り絞って手を伸ばした。
「す・・・すまなかった・・・あの時、踏み込もう・・・なんて・・・言わなければ、こんな・・・」
そこまで口にすると、兵士の瞳からすっと光が消えた。
女兵士は苦しみの中でその様子を見届けると、震える手で懐から脇差を引き抜き異形へと変貌した体で錐使いに突進した。
「ギ、ギサマ・・・ゆる・・・ざない・・・っ!」
「ちっ、半端に理性が残ったか。」
振り下ろされた刀が錐使いの首筋に滑り込む直前、固い地面に重たいものが落ちる音が響いた。
次の瞬間、女兵士の首から血が噴き出し膝から崩れ落ちた。
「つまらんな、もう少し楽しませてくれよ?」
そういって錐使いは女兵士の体を足蹴にしながら口元をゆがめた。
「お前は・・・」
人の命をさんざん弄んで悲しみや憎しみだけを振りまく。
こんな奴は生きてちゃいけない。
そう思った瞬間、頭の中で何かが火花を散らし体の奥底から殺意の衝動が湧き上がってくる。
「お前は・・・」
「くくく・・・どうした?」
怒りに体中が強張って口がちゃんと開かない。
ただひたすらに心が一つの衝動に駆られていく。
「お前はここで・・・す。」
「どうした?お前も楽しくて言葉が出ないか?」
自分にもこんな感情があることに驚いたけど、もうそんなことはどうだっていい。
私はこの感情の赴くままに刀を振るえばいい。
ちょうど時を同じくして、錐使いの反対側にいるレンギョウからも同じ気配が立ち昇っている。
こっちまで迫ってくる熱波の中、ここに来てなんとも言えない解放感に満たされていくような気がした。
怒りに打ち震える中、これまでにない充足感と高揚感を感じながら荒れ狂う気を抑え込む。
抜き身の刀の先を錐使いの眉間に定め、体に抑え込んだ気を解放すると同時に怒りに身を任せて地面を蹴った。
「お前は・・・ここで殺すっ!!」
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