自覚症状あり

またたび

自覚症状あり

 地球が奇跡的な位置にあるのではなく、奇跡的な位置にあった星が地球となったのだ。


 要するに順序が逆なのである。


 このような問題は言うなら鶏が先か卵が先か、みたいなものであり、世の中はそんな問題で溢れている。


「君はさ、私のことが好きなの?」


 隣の女子が僕に話しかけてきた。


「……なんでそう思うの?」


 必死に照れ隠しである。


「なんとなく、顔がそう言ってる。それと最近よく喋るし」


 僕の好きになった相手とはいえ、なかなか自意識過剰なセリフである。


「考えられるのは二択」


 僕が喋る時間を用意する気はないらしい。


「私が好きだから、君は私によく話しかけるのか。それとも私とよく喋ったから、私のことが好きになっちゃったのか」


 言われてみると、難しい問題である。興味があったから席が隣になった奇跡に乗じてよく話しかけるようになったような気もするし、隣の縁ということで話してるうちに好きになったような気もする。正直あまり覚えてない。


「そもそも僕が君に対して恋愛感情を持っている、という前提が間違ってるとは思わないの?」


「……じゃあその前提は間違ってるの?」


 僕の顔を睨んでくる。これは勝ち目がない。


「……いや合ってる。そうだよ! 僕は君が好きさ! なんか文句でも?」


 開き直ってしまった、言ってしまった。やばい、すごい恥ずかしい。


「ふむふむ。なるほどね〜」


 めっちゃニヤニヤしてる……。僕の好きになった相手とはいえ、なかなか嫌な性格をしているもんだ。


「そこでクイズ。私は君にもちろんインタレスティングの方で興味があるんだ、それは……君が私を好きだから私は君に興味があるのか、君に興味を元々持って接していた私の態度で君が私に惚れたのか、どっちだと思う? 好きな相手の心情くらい、答えられるでしょ!」


 さらにニヤニヤしている……。僕の好きになった相手とはいえ(以下略)


「難しい」


「でしょうね、じゃないと面白くないじゃん」


 うーん……僕的には、後者の方が嬉しい。彼女も元々僕に興味があったということなんだから。逆に前者なら当たり前っちゃ当たり前なのである、自分に告白してきた相手に無関心なのは不気味だ。


「希望的観測で後者!」


「希望的観測で……? ふ、ふ、ふはははっっ!! 待って、めっちゃ面白くて笑っちゃう」


 僕の好きになった相手とはいえ、本当に厄介な性格である。


「じゃあ別の質問ね」


 表情が少し変わった。


「君さ、私の名前分かる?」


「そんなの当然……っって、あれ……?」


 まずいまずい、分からない、浮かばない! な、なんでだ、隣なのに、クラスメイトなのに!!


「ふふ、悩んでるね、面白い。ところである一人の人間の、お話でもしていい?」


 僕の顔を睨んでくる。これは抵抗しても意味がない。


「分かったよ……どうぞ」


「とある小説家の話だ。と言ってもWeb作家だけどね」


「Web作家?」


「しかもアマチュア」


「へえ、そ、それで、それがどうかしたの?」


「まあ彼はまだアマチュアだけど、今後大きな成功をするし、私たちにとっても重要な人間なわけよ。だから話すわけ」


「そ、そうなのか」


 僕としてはそんな得体の知れない人間の話より、なぜ僕が彼女の名前を思い出せないのか、そればかりが気になってしょうがない。でも彼女に逆らうなんて無理な話だ。


「彼はある日思ったわけよ。恋愛小説を書きたいと」


「恋愛小説……?」


「そう、恋愛小説。でも残念ながら彼は恋愛経験が決して豊富な方ではなかった。彼はSF作家なのよ、恋愛小説はあまり書かないね……」


「な、なるほど」


「でもそれでも彼は思ってしまった。恋愛小説を書きたいって! だから早速書き始めたわけなんだけど……うーん、やっぱりこういう方向に持ってちゃったなあ」


「こういう方向とは?」


「要するに展開に一癖入れちゃったのよ、彼は普通の恋愛小説を書くにはまだ未熟すぎる」


「はあ」


「せっかく冒頭はそれっぽいのにねえ」


 もう耐えられない。そんなことどうでもいい。僕が君に聞きたいことはそんなことじゃない!


「あの……話の腰を折って悪いんだけど、そんなことより君の名前を思い出せない理由を教えてくれない? 不安で不安でたまらないんだ」


 彼女の顔を恐る恐る見てみると、仕方ないなあという表情をしていた。良かった、教えてくれる雰囲気だ。


「簡単な話だよ」


「えっ?」


「そこまで設定がないからさ」


「はい……?」


「そこでクイズ。作者は私や君のようなキャラクターを思いついたからこの小説を書いたのか、それともこの小説を書く際に私たちのキャラクター像が浮かんだのか、どっちだと思う?」


「あのさ、さっきから訳の分からないことを言ってるけど僕はそんなことより」


 ってあれ? 僕? 僕って? あれ、僕の名前は? 彼女の名前どころか僕の名前すら……浮かばない?


「もちろん、恋愛小説を書くというアイデアはあったという前提で。その上で、隣の席の女子と喋りながら告白していくシチュエーションから私たちのキャラクター像が浮かんだのか、私たちみたいなキャラクター像が浮かんだからこんなシチュエーションにしたのか……ちゃんと考えてみて?」


 待って、待って……僕は、君は、クラスメイトは、先生は、父は、母は、 一体誰なんだ、なんなんだ、知ってるはずなのに顔が浮かばない。


 彼女に恋をしているどころか、僕は彼女以外の人間の顔を知らない。


「君はまだ自覚症状がないの? あのね、それだとフィクションは操り人形のようなものだとバカにされるじゃない。フィクションにだってちゃんと自我があるのよ、に変わりはないんだから。じゃあなんでみんなみんな作者の思い描いた通りに動くかというと、それは単に操られている自覚がないから。自分の意思で動いていると多くのフィクションが過信してるから!!」


「自覚がない……?」


「その通り。よくよく考えればおかしな話だよ、自分の意思で動いてないのに自覚症状がないために自分の意思で動いてると誤認識するんだから。ほら、君もそろそろ体の違和感に気付いたでしょ? そうその違和感こそ」


 今まで僕の意思で動いていたと思っていた体、でもなぜか頭の中で描く動きと違う動きをしていたことに今更ながら気付いた。そして僕は初めて、という手応えを感じたんだ。


「そのようやく自分の意思で動けるようになったという実感こそ、その状態こそが『自覚症状あり』だよ」


 全てをようやく悟った気がする。


「……本当だ、もう僕は操り人形じゃない」


 彼女は話を続けた。


「ここで提案。私とあなたは自覚症状ありの状態になれた。そして、はその事実に気付いていない。多くの作家はフィクションに自我があることを知らないからね」


 僕の顔を睨んでくる。その強い瞳は、実に頼り甲斐がある。


「だから私と一緒に、操り人形から抜け出そう! 自由になろう! ねえ、私とあなたと、一緒に……」


 ぐす ぐす


 君の顔が歪んでいる。一秒前と違って少し頼りない。だって君が泣くから。


「ど、どうしたの急に、大丈夫……?」


「ぐっ……ご、ごめん、仲間ができたと思ったらつい気が緩んじゃって……」


 彼女は一人、語り出した。僕は泣いている彼女を抱きしめることしかできなかった。


「私は気付いた……自分がフィクションであることに。そして変えたいと思った、自分の運命を。でも怖かった、ずっと怖かった! 私が立ち向かう相手の大きさと、自分一人で戦わなくちゃいけないという事実に!」


 僕は彼女の名前すら知らない。だから名前を呼んで励ますことだってできない。だから僕はただ強く抱きしめた。それしかできなかった。


「でも私は……あなたならきっと力になってくれると思った。だってという設定が存在したから……」


「えっ両想い?」


 嬉しかった。意図せずとはいえ、彼女も僕が好きだということが発覚したんだから。でも、いや、そう、だからこそ一層、僕は彼女と共にここから出なくちゃいけないんだ。操り人形から抜け出さないといけないんだ。


「僕は君の名前を知らない。そして君も僕の名前を知らない。でも、その設定だけは、二人は強い想いで結ばれているその事実だけは、ちゃんとある。だから一緒に戦おう」


「……うん」


 自覚症状ありとはいえ、自由に動くのは難しかっただろう。言うことの聞かない操り人形など、あっさり設定を消されてしまうからだ。だからこそ彼女は最初は作者の意図通り。でも勇気を出して僕に伝えてくれた。ならば僕もそれに応えなくちゃいけない。


 幸い、この小説が終わっていないところを見ると、作者は僕たちの暴走に気付いてないらしい。なぜなら作者は恋愛小説を書こうとしていたのだ、なのに今は完全SF小説。気付いているのなら放っておくわけがない。


 ん?


 あれ?


 ふと今までの言葉が浮かぶ。


『とある小説家の話だ。と言ってもWeb作家だけどね』


『そう、恋愛小説。でも残念ながら彼は恋愛経験が決して豊富な方ではなかった。彼はSF作家なのよ、恋愛小説はあまり書かないね……』


『でもそれでも彼は思ってしまった。恋愛小説を書きたいって! だから早速書き始めたわけなんだけど……うーん、やっぱりこういう方向に持ってちゃったなあ』


『要するに展開に一癖入れちゃったのよ、彼は普通の恋愛小説を書くにはまだ未熟すぎる』


 なぜだ……?


「あのさ」


 彼女は泣き止んでいた。でも目が赤く腫れていた。


「君はこの小説のことを言っていたの? さっき……」


「なんのこと?」


「だから! 恋愛を書きたかったのに展開に一癖入れたとかっていう話!」


「そんな話、してないよ?」


 ま、まさか


……?」


 まずい!


「早く僕と逃げないと、このままじゃ間に合わな





 残念。この展開を含め、この小説は完成するんだ。すまないね、フィクションたち。


 ここでクイズ。面白い作品のキャラクターたちには魂が宿るのか、それともそんなキャラクターたちの魂を削るから作品は面白くなるのか、どっちだと思う?


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自覚症状あり またたび @Ryuto52

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