第80話 剣士とバグ

「まさに、その指摘通りだったのさ」


 僕は剣士サキにウインクしながら、ニヤリとした。


「プログラムの仕様書を見ると、目玉の色に具体的な指示はなかったんだ。『目玉を見た者が震える様な色』という指示だったため、右側から見た場合のイメージと左側から見た場合のイメージを調整する際に、右から二番目の目玉の色だけ抜けてたんだ」


 僕の目玉は二つしかないから、右目と左目を右手と左手の人差し指でさしながら、ひょうきんに説明する。あ、もちろんサキさんの顔に近づいて小声でね。いいなあ、こういう理由を付けて女性に近づけるのはね。


「プログラマーは、大急ぎで色味を揃えて、プログラムのバグを修正した。でもね、そこからが大変なんだ」


「えー、どういう事?」


「先ずは、プログラムの中に同じ様なバグを含んでないか? 一斉にチェックする必要がある。ここのゲームってプログラム的には百兆ステップ以上もあるんだよ。そのソースコードを全部調べる事なんか不可能に近いからね」


「そんな沢山あったら、調べるだけで何十年もかかっちゃうのじゃない?」


「うん、そうだよね。そこで、同じように色を管理している部分に限定した。さらにラスト・ボスに限定条件を狭めたんだ」


「え? なんで?」


「うん、普通の獲物や魔獣なら、みんな普通に接してるから何か不都合な部分があれば直ぐに報告が来るはずだからね」


「そうか、多くのプレイヤーの目に止まる怪物はより多くのチェック機能が働くものね」


「うん、その通り。ラス・ボスなんて、あまりお目にかかるものではないから、気がつかないという事だよね。僕の知り合いのプログラマーなんか、一週間家に帰れなかったそうだよ。一週間ぶりに家に帰ったら、まだ小さい子供がびっくりして泣き出したそうだよ。きっとお父さんの顔を忘れちゃったんだね」


「うわー、かわいそう! そこまでするんだ。それで、それ以外に何かあるの?」


「こっちの方がもっと大変でさ。要するにどうしてそのバグを仕込んだかの原因追求さ」


「え? それって最終チェックが漏れたからでしょう?」


「じゃあ、なんで漏れたの? その理由は?」


「それは――、たまたま、――」


「それじゃあ理由にならないんだ。漏れた理由は、そのデザイナーが忙しくて、チェックする時間が短かったかもしれない。じゃあミーティングの時間を長くすれば漏れない? いやあ、それでは誰も納得しないでしょう?」


 僕は、今度は足元にある石を蹴った。石はすーつと飛んで行って近くの小さな枝にあたってから別の方向に跳ねて草むらの中に消えた。


「そもそも、右側と左側を別々にイメージにしたのが間違いじゃないのか? とかね……、そうやって、漏れた原因の本当の原因を、どんどん掘り下げて分析するんだよ…」


「えー! そんな事を延々とするの! それは大変ね。もう、『ごめんなさい。次からは気をつけます』で良いじゃない!」


「そうなんだよね、謝ってそれでいいと思うじゃないか、でもさー、それを許してくれない人が居るんだよ。きっとその人は自分には優しくても他人に厳しいんだろうね」


「きっと、その人って子供のころからみんなの嫌われ者だったのじゃない? だって間違いは誰でもあるものね。自分は間違えなかったのかしら?」


「うーん。品質管理とか不具合削減プロジェクトチームの人は、子供の時学級委員長だったとかかな……。いずれにしても、人間は『間違えを起こす』前提で考えるんだよね。対応方法は二つかな。一つは、間違えてもなんとかなる方法を考える。もう一つは、間違える環境を減らす。多分会社では後者をやっているんだよ」


「えー! だって環境を減らしてもゼロには出来ないでしょう? だったら間違えても『何とかなる』方法をみんなで考えれば良いじゃないのー」


「まさにその通りなんだよね。剣士サキ――」

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