第70話 ダブルの部屋で何してる

 部屋の中は落ち着いた雰囲気だった。少し薄暗くなっていて、恋人たちがイチャイチャするのにはうって付けな場所なのだろう。うー、いいなあ、イチャイチャ。


 でも、僕達はここから仮想世界にログインするために来たんだ。正しい事をしに来たんだ。二人でイチャイチャしたいのは、本音だが。二人でログインするんだ。


「ジローさん、この部屋って、二人で何をする部屋なんでしょうか? ネットカフェにしては、ムードがありすぎかせんか? あそこのトビラにはバスルームって書いてありますよ? このベッドだって、ふかふか・もふもふで、横になったら寝ちゃいそうです。それに、ベッドの横に変なスイッチがあります。なんですかこれ? 『回る・止まる』ですって。あ、ここにティシュボックスもあるし」


 愛ちゃんが、僕の手をしっかり握りながら不安そうに聞いてきた。


「そ、そうだね。ここは仮想世界にログインするための部屋なんだ。二人で一緒にログインしよう。ほら、あそこにネット回線のケーブルがあるよ」


 僕は、話をエッチな方向から正しい方向に戻そうと必死だった。


「ジローさん、もしかして仮想世界って、エッチな仮想世界とかではないですよね。私、ジローさんのこと信じてますからね。今日は、学校帰りで普通の下着を着てきちゃったし、それに今日は体操もあったから私汗臭いかもしれないし」


 愛ちゃんは、心配そうに僕の顔をまじまじと見た後で、自分の体の匂いを嗅いでいる。


「大丈夫だよ、愛ちゃん。僕は愛ちゃんの事好きだけど、僕を信じてほしい。僕だって、まだ獄門島への島流しに遭いたくないよ」


 僕は少しビビりながら、愛ちゃんをの手を握り返して安心させるように声をかける。


「え? 何、獄門島って」


「いや、何でもない。ほら、あそこの棚には、ヤママ製のL3ルータが置いてあるじゃあないか。珍しいねえ、普通業務用ルータはCICICO社の製品が大部分なんだけどね。僕はCICICO社の資格試験を受けたけど、3回も落ちゃったんだ。4回目にやっと受かったんだもの」


「え! そうなんですか。私は2回目に合格しましたよ!」


 愛ちゃんは少しドヤ顔で、心持ち胸を張って答える。


「愛ちゃんすごい―い。あの試験は結構難しいから、ちゃんと準備をしておかないと受からないよ。大学の先輩で資格試験を持っている人から特訓を受けたんだけど、それでも4回もかかるんだもの」


 僕は頭を掻きながら愛ちゃんに言う。


「ジローさん、あれは反射神経の勝負でもあるんですよ。問題一問にかけられる時間が1分以内なので、分からない問題はパスして後で考えるんです。だから、高校生みたいな瞬発力がある時に受けると受かりやすいんですよ」


 愛ちゃんは、少し落ち着いたようで、握っている手から力が抜けて来た。


「えーそうなの? あの試験てパソコンの画面をみながら回答をキーボードで打ち込むんだよね。そうか、次の問題ボタンと前の問題ボタンって、切り替えるようになってたのはそういう理由か」


 よかった、やっと話がまともな話に戻って来た。この勢いで、さっさと二人でベッドに倒れこまなくては。あ、ちがう、ちがう。ヘッドセットを付けてからベッドに横になるんだからね。


 僕はカバンから自分のヘッドセットを取り出して自分の耳と首筋にセットする。愛ちゃんも、自分のカバンから、ヘッドセットを出してきた。

 愛ちゃんは、首の後ろにデバイスを付けるのに手間取っていた。僕は、愛ちゃんの後ろに回り込んで首の後ろにデバイスを付けてあげる。愛ちゃんのうなじは、まだ少し赤くなっている。それに、少し汗の匂いがしてくる。


「イヤだわ―、ジローさん、私の首筋の匂いをかがないでくださいね。今日は体操したから、少し汗をかいたんです。一応制汗剤をスプレーしたけど、少し匂いが残ってたりするでしょう? 恥ずかしいから、あまり首筋を見ないでくださいね。あ、それともシャワーを浴びてすっきりしてきましょうか?」


 やばい、やばい。お風呂上がりの愛ちゃんなんか目にしたら、僕の理性が吹き飛んじゃう。そしたら、獄門島なんか気にしないで、愛ちゃんをいただきます、しちゃうよ。


「あ! ごめんね、愛ちゃん。もう離れるから」


 そう言って、僕は慌てて愛ちゃんの後ろから離れた。


「それでは、ネットワーク回線につないで、はやく二人でベッドに横になろう。そして出来る限り、理性が残っている間にログインしちゃおう」


「え? 二人でベッドに横になるの。下着だけになるんですか?」


 愛ちゃんの顔は、また少し赤くなってきた。


「いやいや、そんなことないよ。服を脱ぐ必要は無いんだよ。脱ぐのは靴だけ!」


 さあ(理性が残っている間に)急いでログインだー!

 僕は、愛ちゃんの手をしっかりと握って、大急ぎでキングサイズのベッドに横になった。

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