新しい旅立ち

第69話 お試しログイン

「お待たせー!」


 愛ちゃんが向こうから小走りにやって来た。


 今回は、初めての体験だしお試しだから、二人で一緒にログイン出来る様にネットカフェでログインする事にした。ここのネットカフェでは、仮想空間に入るためのヘッドセットは、自分の物を持ち込み出来るという事だった。


 初期の頃のVRMMOで使用する機械は、脳波全体のスキャンを行う必要があったから、本当に頭からスッポリと被る形状だった。そのために、ヘルメットとかヘッドギアと呼ばれていた。


 その後急速に改良が進み、脳と感覚神経の間を中継する神経組織に近い首筋の部分にスキャン機能を設ける事で、頭全体を覆う必要がなくなった。


 最新の機械では、視覚神経と聴覚神経の中継地点をスキャンする左右のイヤフォン形状のデバイスと首筋のデバイスの三点セットで、仮想空間へのフルダイブが可能になっていた。


 このぐらい小さければ、他人の利用した機械より自分の機械を持ち込む人が増えるのは当然だ。


 仲のいいグループが自分のヘッドセットを持ち込んで、昔のカラオケルームの様に同じ部屋から高速回線を利用するという風潮になっている。ただしカラオケルームはオープンな部屋が多いため防犯上の理由から嫌う人もいた。そこで、防犯対策を施して、少人数限定の仮想空間ログイン専用カフェが最近増えてきていたのだ。


 ジロー君と愛ちゃんは、今回初めてそのネットカフェを二人で利用する事にした。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか? シングルを二つご用意するか、ダブルを一つご用意出来ますが。如何しましょうか?」


 愛ちゃんは、学校帰りの制服を駅のロッカーで着替えて軽く化粧もしている。何処から見ても会社帰りの新人OL風だ。ホント、女の人って凄いよなー、女は化けるって、物の本に書いてあった気がしたけど、現物を見たのは初めてだ。

 まあ、僕にそういうチャンスが無かったという事だけなのかもしれないけどね。

 今、改めて思ったよ。『女は化ける』って。でもOL風の愛ちゃんも素敵だよー。このまま僕と同じ会社に就職しちゃおうよー。


 とこで、この話はお兄さんには秘密らしいんだ。愛ちゃんとしては、年頃として当然学校帰りの秘密の一つや二つは持ちたいんだろうね。

 でもさ、これ、愛ちゃんのお兄さんにバレたら、僕は絶対に生きて帰れない獄門島に島流しだろうなあ。相手は泣く子も黙るセブンシスターズだもんね。


 ごめんなさい、お兄さん。僕は罪深い男です。でも、決して邪(よこしま)な気持ちじゃありません。――― ごめんなさい、少し入ってますけど。


 ああ、もうこのままネットカフェで一緒にいたいけど、でも仮想世界にログインするために来たんだものなあ。受付のお姉さんは、僕たちを初々しいカップルか何かと勘違いしてくれて、ダブルを勧めてくれた。


 僕は即座に返答した。

「ダ、ダ、ダブルで!」


 つい、大声を上げてしまったので、受付のお姉さんも、ちょっとビックリしたみたい。僕は、受付のお姉さんに返事をしてから、あらためて愛ちゃんの方を見た。彼女は少し頬を赤らめながらも、僕の選択を否定しなかった。


「それでは、ダブルの部屋のキーをお渡しします。もしも延長の場合は部屋に備え付けの電話でご連絡下さいね。あ、それとログイン中で延長したい場合には仮想世界の中からでも連絡出来ます。仮想世界にも当店の出張所がございますので、そこのNPCにご申し出頂ければ延長も可能です」


 僕と愛ちゃんは、ダブルの部屋が並んでいるフロアの廊下を歩いていた。落ち着いた照明が廊下を照らしている。


 僕は愛ちゃんの手を取って、指定された部屋に向かう。


 ドキドキ、ドキドキ。


 心臓が爆発しそうだった。ログインする前に心臓がもたないんじゃ無いかと思った。ヤッパリ、あの時シングルを二つって言えば良かったかも……。後悔の念が、いきなり持ち上がってきた。


 と、突然、愛ちゃんが僕の手をギュッと握ってきた。彼女の手はほんわかして暖かい。でも、心なしかシットリとしている。そうか、愛ちゃんも緊張しているんだ。


 ヨシ! ここは僕も男だ! 男は度胸!


 愛ちゃんの手前、ここで頑張らなくていつ頑張るんだ。僕は勇気を振り絞って、部屋の鍵を開けた。そして、愛ちゃんを引き連れて中に入っていった。

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