第68話 H/W管理者のグチ

 ジロー君よかったなあ、会社に復帰出来て。あの事件の発端は僕たちH/W(ハードウェア)チームの失態から始まった事だから、僕もヒヤヒヤ物だった。


 H/W管理のユウは、ネットワーク室の中でルータを交換しながら考えていた。


 何しろ、数十もの仮想空間の中に総勢数万人ものプレイヤーが、すき勝手にゲームをしているんだからね。


 計算機のパワーだって半端じゃ無いぜ、これって。多分世界中のコンピュータパワーの10分の1は、この仮想世界の構築に使われているんじゃあないか? アメリカとヨーロッパと中国と日本に、超並列な量子コンピュータを設置しているっていう噂だからなあ。具体的な場所を公開すると狙われるので、会社の中でもほんの一握りの人しか知らないらしいし。


 それに、その計算結果をほぼリアルタイムでシステムとプレイヤーのヘッドセットの間で双方向通信しているんだものなあ。まあ、本当にリアルタイムで送る事は実際には出来ないから、チョットトリッキーな送り方をしているのだけどね。


 いくら5Gが優れていても、あれだけの仮想空間のイメージをリアルタイムでは送れない。情報量が多すぎるからだ。だから実際は圧縮率を大幅に高めている。その為に、圧縮と伸長の処理時間を稼ぐ必要があるんだ。


 ポイントは、仮想世界の時間経過と現実世界の時間経過が一致していなくても、誰も気がつかない事だ。だって、仮想世界と現実世界の間の連絡は一切できないからね。


 大昔のアナログ放送では、テレビの時報と言う物があったらしいね。何でも、画面一杯に時計を見せて、その時計が7時になると、本当に7時になるんだそうだ。アナログ放送はリアルタイム処理だったから出来たんだよ。


 デジタル放送では、この画面が無くなった。だってデジタル処理による圧縮伸長時間による遅延が発生するからだ。画面の時計が7時ちょうどでも、日本標準時は、7時3秒とかになっちゃうから。ようするに、デジタル放送は、厳密にはリアルタイム放送は出来ないんだ。


 でも放送の中では、現実の時間と比較する物がないし、動きが自然だから実際の放送の様に感じられるんだ。アナログ放送の時の様に、実時間と同じ時報さえ見せなければ、誰も気が付かないから。


 実は、仮想世界にログインしている人達も同じなんだ。そもそもみんなログインした時からログアウトした時の時間なんて正確に測っていないだろう。実際には測れない様に、こちらで操作しているからね。


 仮想空間では、実空間の千倍近いスピードで物事が進んでいる。そして、ネットワークから次のデータが届いて圧縮されたデータが伸長されるまで待たされているのさ。


 実際には、プレイヤーの経過時間の殆どが待ち時間なんだ。でも、自分が止まっているので誰も気がつかない。自分が動いている時は周りも動いているから、自分が止まっている事があるんだとは判断出来ないんだ。


 このトリッキーな方法を発見した人は、ホント天才だよね。


 このトリックのお陰で、今の貧弱なネットワークでも、誰も困らないくらいのゲームができているんだものなあ。まあ、それでもネットワークそのものが切れたら終わりなので、僕たちは毎日こうやって壊れそうなネットワークの保守をしているわけだ。


 そもそも、壊れない機械なんて無いからね。機械は必ず壊れる、それも突然に。機械を使っている人間からしたら多重化なんて絶対に必要なんだとわかるんだけどねえ。


 機械のしか受けてないプログラム家さんや、事務系のおじさん達はそれを分かってくれないからなあ。やれ、コストが高いから台数を減らせとかムチャな事を平気で言うんだ。


 今回の事故だって、安い機械を大量に導入したからなのに、全然反省してないし。高い機械は、内部回路が多重化されているから高いんだって、全然理解されてない。


 今度こんな事が起こったら、どうやって対応するつもりなんだろう? また誰かをスケープゴードするのか? 全く何とかして欲しいよ。このネットワーク室もそろそろ回線で一杯だから新しい部屋も欲しいしなあ。


 もう少し計画的に予算を組んで欲しいね。いつも回線が一杯になったから、泥縄式に回線を増やすというイタチごっこだからなあ。いつか破たんするんじゃないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る