第67話 システム管理課の仕事

「あーあ! システムの監視は退屈だなア。だからと言って、このあいだみたいな事があると、それはそれで大変なんだよな。あの事件のせいで、ジローちゃんが、危うく会社をやめさせられるところだったからな」


 システム管理第三課のマサさんは、キーボードをたたきながらつぶやいた。


 システム管理課とは、仮想世界の運用全般を取り扱っている所だ。目の前には小さなモニターが二つ、少し離れた壁には巨大なモニターが壁に掛かっている。


 仮想世界一つ一つが、巨大なアプリケーションなのだが、そのアプリケーションは直接ハードウェア上で動いてはいない。共通プラットフォームという巨大なリソース管理用のオペレーティングシステムの上で動いているのだ。パソコンで言えば、WindowsやMac OS、Linuxと呼ばれるものと同じだ。ただし動かしているハードウェアはパソコンより桁外れに強力なのだ。


 それらのシステムは、絶えずパフォーマンス状態をモニターして、必要なリソースを必要な仮想世界に供給しなければならない。ただし、リソースが足りなくても、アプリケーション自体は問題なく動作するように設計されている。動作が不良になる前に自動的にリソース再配分処理が走るからだ。


 しかしリソースのバランスが崩れるとアプリケーションの一部分の動作が遅くなるのだ。機能自体は問題なくても、動作の遅れに敏感なプレイヤーがいるのは事実だ。


 仮想世界のプレイヤーを管理するAIは、仮想世界の中の秩序を維持するために作られている。だから、仮想世界より外のリソース管理は彼らの仕事では無い。それに、彼らはリアルタイムでの最適解を解くのは得意だが、近未来を予測するのは苦手だ。


 色々な外部要因から生まれる将来のリソース変動をシミュレーションの結果として提示する事は出来る。しかし、その結果を元にどの仮想世界にどのようなリソースを分配するべきかの《予想》を行う事は人間しか出来ない。


 その為に、システム管理者は各仮想世界のリソース状態をリアルで把握しつつ、近い将来のシミュレーション結果と比較して、何処にどれだけのリソースを分配するか、絶えず最適解を考えて、リソース配分を行なっている。


 後は、プレイヤーからのクレーム対応だ。仮想世界にログインしているプレイヤーからのクレームは、最初はゲーム内のNPCが受ける。しかし彼らはその内容を管理センターに丸投げするだけだ。プレイヤーのクレーム内容が理解出来ない場合が殆どだからだ。


 ゲームのやり方が分からないとか、マニュアルに書いてある事ならNPCで即座に対応出来る。しかし、殆どのクレームはそのレベルの内容では無いのだ。


 例えば―――

 さっき倒した怪物のレベルはもっと高い筈だ、とか……

 確かに倒したはずなのに、オレの経験値が上がっていない、とか……

 見つけたアイテムの中身はもっとレベルの高い物のはずだ、とか……


 いずれも、プレイヤーの誤解や勘違いの場合が殆どだ。だから、運用管理者は各プレイヤーの実行ログをシステムから取り出してそのログをプレイヤーに見せながら説明するのだ。


 大体のプレイヤーは、その説明で納得するのだが、ごく稀にどんなに説明しても納得しない《クレーマー》がいる。彼らは、NPCだろうが、運用管理者だろうが、相手構わず、お構いなしに騒ぎ続けるだけだ。


 ただし、プログラムには100%絶対という事はあり得ないので、クレーム内容自体が自己矛盾したり破綻している内容でない限りは受け入れざるを得ない。そこら辺のさじ加減も運用管理者の腕の見せ所だ。クレーマーの話の自己矛盾を引き出して、自分の要求が破綻している事をやんわりと指摘する。


 しかし人間は、自分の矛盾点を指摘されると逆上するから、後は感情論に突入するのだ。感情論になったら、そこからは根比べになる。昔は、感情論の戦いになる事が多くてシステム管理者はみんな精神を病んでしまった。


 そこで、今では、感情論になったと判断出来る場合には、強制ログオフを実行出来る権限がシステム管理者に与えられている。そのような運用方法になると、流石に《粘着質クレーマー》は減ったが、それでもゼロにはならないのが実情だ。


 結局は、誰も仮想世界のIDをもらってゲーム会社と契約する時の契約内容を読んで無い、という事だった。

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