第64話 スナイパーサキの実力

「お待ちどうさまです。ケーキセットをお持ちしました」


 今回は、最初に会った若い女の子が来た。ケーキと紅茶を二人分、請求書と一緒にそーっと置いていってくれた。


「ごゆっくりして下さいね」

 そういうと、しゃなりしゃなりとお尻をくねらせてキッチンの方に戻って行く。


 僕が彼女のお尻に見とれていたら、愛ちゃんがスプーンで僕の視線を遮る。


「ジローさん! ダメですよ浮気は」

「えー? これは浮気じゃ無いよ。男のサガだよ」

 ジローは、目を泳がせながら愛ちゃんに言い訳する。


「ヤッパリ、ジローさん一人じゃ危ないから、私も一緒にゲームに参加します。

 どうせ、ジローさんがいない、あのゲームには戻る自信も無いし……」

 愛ちゃんは、ジローの視線を遮るために使ったスプーンをブラブラさせながら呟く。


「でもさ、イキナリ引退なんて、みんなビックリするんじゃない? スナイパーサキと言えば、あのゲームでは結構ランキング上位だったんでしょう?」


「マア、そうですけど。突然ゲームを変えるプレイヤーなんて結構いるし。ただ、

 今までのランキングは別のゲームには持ち込めないから、また最初から、経験値もランキングも始まる事になっちゃいますけどね」

 愛は、少し寂しそうに言う。


「確かに、勿体無いとは思うけど、いつまでも過去の事を引きずるより、新しい世界を見られるチャンスだと思うことにしているの」


「うん! 愛ちゃん、それはいい考え方だよ。人生色々あるからね。時々過去を振り返る事は大事だけど、過去に囚われては良いことなんか無いから。だってもう変えられない事でクヨクヨしても仕方ないよ」


「へー、ジローさんも良いこと言うわね。さすが、年の功!」

「やめてよ愛ちゃん。僕はまだおじさんじゃあ無いよ! 愛ちゃんと大して変わらないじゃないか」


「イエイエ。私は未成年だけど、ジローさんは立派な成人でしょ? 今、私に手を出したら未成年略取で犯罪者になっちゃいますからね、気を付けて下さいね。私が自分から勝負パンティを見せても、後で無理やりだったんですぅと言えば、ジローさんは社会的にアウトなんですよ」

 愛は少しお茶目にジローを観ながら言う。


「また、怖い事を言うなあ、愛ちゃん。え? もしかして、勝負パンツ履いて来たの?」

「またー、考え方がオジさんになってますよ! ジローさん。どんなパンティ履いてるかは、乙女の秘密です!」

 愛は、ジローに向かって人差し指を左右に振りながらにこやかにほほ笑む。


「どうしても話が下半身に行くのはオジさんの証拠ですよ、ジローさん。話を戻しましょうよ」

「イヤ、一応読者サービスで……」


「何ですか? 読者サービスって? 小説か何かのつもりですか。ジローさん」

「ほら、人生はその人の小説と同じだ、って言うじゃあないか。その事だよ」


「へぇー、そんな事聞いた事ないですけどねー。マア、良いです。それで、これから参加するゲームの事なんですけど」


「うん、じゃあ話を戻すけど、『銃の世界』には戻らないんだね?」

「ええ、私としては、アソコに居ると、あの時の事がフラッシュバックしそうなんです。だって、仮想世界からログアウトしようとしても、自分の仮想端末が出てこない時の恐怖は、思い出しただけでも怖いですもの。正直に言うと、今でも夢でうなされる事が有るんです」

 愛は、お店の窓ガラスを通して遠くを見つめる。


「夢の中で、あの時の場所が出てくるんです。敵を待ち伏せするために、いつものヒットポイントに着いて、待ち伏せを始める。でも、いつまでたっても、人っ子一人通らない。何よりも、普通なら定期的に出てくる、初心者用の小動物も一匹も姿を現さない。やがて、全ての気配が消えていくの。最後には空気の動きも止まってしまって」


「え! スナイパーサキさんは、空気の動きを気にしているんだ」


「はい。私のような、超長距離射撃を自動アシスト用のレーザースポット無しで行う場合には、風の影響を考慮しないと当たらないの。仮想世界と言えども、射撃システムのシュミレータはすごいシビアにプログラミングされているようですね。わずかな風の動きや、空気の乾燥度合いとかが、1km先のヒットポイントのズレに現れるわ。

そのかわり、全ての状況を読みきって、アシスト無しで1km先の相手を倒す時の快感は『やったー!』って言う感じなんですよ。定期試験でヤマが当たった! というのと同じくらい気持ちがいいの。でも今考えてみると、全てのパラメータを巻き込んでリアルタイムで射撃ポイントの誤差計算をするなんて、よほどすごいコンピュータを使っているんですね」


「うーん、あまり良く知らないけど、超並列量子コンピューターらしいよ。多分、世界最高速で最新のものらしい。マア、そのくらいの情報はあちらこちらの技術雑誌に発表されているから、僕が喋っても大丈夫だと思うけどね」

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