第60話 運営管理第五課

「こんにちは! 君が『例の事件』のジロー君か。噂は聞いているよ」


 あの件以来、僕には別の字名が付いた。『例の事件の』とか『例の』とかだ。


 懲罰委員会の裁きを受けて、唯一生き残った社員。

 都市伝説のセブンシスターズに助けられた、幻の社員。

 夜中の2時に、本社13階のトイレの右から数えて四番目の扉を叩くと、現れて人を便器の中に引き込む幽霊社員。


 あ! ごめんなさい。一番最後は嘘です。


 何にしても、あっという間に会社中に噂が広まってしまったようだ。

 さっき見たSNSでも、都市伝説になった社員がいる、みたいなスレッドが既に一本立っていた。

 中身は、100メートルを9秒で走れるとか、本社の外壁を素手で登っているところを見たとか、社員どころか既に人ではなくなっているようだ。


 もう困ったちゃん状態だよね。


「全部違いまーす。普通のにいちゃんでーす!」って反論したいけど、それをやったら、あっという間にIPアドレスを特定されて、本人の個人情報をハッキングされちゃうから。ここは、じっと我慢して放置プレイするしか無いんだよなぁ。


 ……


「ところで、ジロー君はどこの仮想世界に行きたい?」


 五課の課長は唐突に僕に聞いて来た。


「五課は一つの世界を十数人で面倒見るんだ。六課の時は、全員でローテしてたみたいだけど、五課ではゲーム世界の規模が大き過ぎてそれでは管理が回せないからね」


 課長は僕の真横に座って話し始めた。


「例えば、100層からなる『天空の城』は20人で回している。君が以前管理していた『銃の世界』の強化版である、『ガンの世界オンライン』では15人で管理しているんだ」


 凄い、一つの仮想世界だけで、僕がいた課一つに匹敵する。


「ゲーム管理のAIも、1000人規模のゲームでは二重処理による相互監視だったけど、こちらでは三重処理による多数決判定を行なっている。まあ、お互いが完璧なAIなので多数決も何も無くて、いつも出てくる答えが完全一致になっちゃうから、ワザと外乱を入れているんだけどね」


 凄い、AIの三重管理だって。


「ただ、どちらにしてもプレイヤーのストレス管理の最終チェックとクレーム処理は我々が対応するしかないから。なんせ論理武装が完全なAIにクレームしても、結局は言い負かされるのがオチなので、プレイヤーはストレスが溜まるだけだからね」


 そうだよなぁ、AIと喧嘩しても勝てるわけないもの。


「急に結論を出さなくてもいいから、取り敢えず一通り回ってみるかい?」


「えー? 六課の課長の話では、五課で参っちゃった人との交換だって聞いてたんですけど。だから、その人の担当ゲーム世界に移動するのかと思ってたんですが」


「ああ。表向きは、そう言う事にしておかないと、人事とか上の人が納得してくれないからね」


 課長は、僕の横でブラック砂糖なしのコーヒーをゴクリと飲んでから答える。


「でも、ジロー君だってイキナリ知らないゲーム世界や、合わないゲーム世界に行っても辛いだけだろう?」


 僕の方を見てニコリとしながら話を続ける。


「だから、少し考えてから選んで欲しいんだ。幸いな事に、ある程度人数には余裕があるので急いで補充する必要は無いんだ」


 コーヒーと一緒に買ってきたクッキーを一口さくりとかじる。


「でも、君はもう六課で仕事は出来ないし、慣らしという意味で、五課の管理しているゲーム世界を見て回るかい?」


 課長さんは、大きめな目をギョロリと向けて僕の方を見る。


「幸い、君はしばらく強制的に有休消化しなければ行けない状態らしいじゃないか。だから、少しの間だけ管理側の人間じゃあ無くなって、お試しプレイヤーとしてゲーム世界を回ってみたらどうだい?」


 ええ! そんな事しても良いんだ。僕は驚く。


「社内での変な噂も、時間が経てば収まるさ。人の噂も75日と言うだろう? あ! 流石に75日も休んじゃあダメだよ。その前に戻って来てくれないと、ウチの課も困るから」


 そういうと、僕に向かって軽くウインクした。

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