第56話 次の世界は何処かしら

 あーあ、よく眠った。


 昨日の出来事は、全て夢だったなんてオチはないよね。スマホの画面と、携帯電話の着信履歴を確認して、一人納得する。


 さて、今日は久しぶりに電車通勤をするか。

 早めにアパートを出て、駅の立ち食いそば屋さんで、かき揚げ入りのそばを頼んで、次の電車がやって来るまでに食べる。

 食べ終わるのと、電車が駅のホームに入って来るのがほぼ同時だった。慌てて、電車に飛び乗る。


 最近は、アパートから直接仮想世界にログインしていたから、余裕だったけど。

 電車で都心に通勤するなんて、久しぶりだ。しかも、朝の通勤時間帯に電車にのるのは、本当に入社式以来かな。


 でも、いつも思うけど、通勤作業なんて、どうして非効率な事を続けるのだろう?


 日本の会社は、もっとリモート業務が出来る様になって欲しいよね。日本中の企業が全て仮想世界に移動して、全員が仮想世界の会社で働けば、すんごく楽が出来るじゃないのかな?


 でも、そうすると電車やバスの運転手さんが失業しちゃうか。


 それに、それはもう企業で働くゲームになっちゃうなあー。ゲームになっちゃうと、戦闘力や体力が全て数値化されてしまうから、先が見えちゃいそうだね。

 でもゲームに参加する人の能力を数値化しておかないと、正しいゲームにならないし。それに、そもそも、そのゲームをメンテナンスする人はゲームに参加できないし。


 などと、つらつらと考えていたら、会社のある駅を乗り過ごすところだった。慌てて扉が閉まる前に、電車から飛び出した。

 ふー、危ない危ない、これだから通勤するのは嫌なんだよな。チョットでもボーッとしていると目的の駅を通り過ぎちゃうんだもの。

 最初からどの駅に行くってわかっているんだから、目的の駅に着いたら教えてくれれば良いんだよ。


 そのくらいのインフラなら直ぐに作れると思うけど、どこかで始めると追従しなきゃあいけないから、横並びが好きな鉄道事業者は開発しないんだろうなあ。

 あ、でも鉄道会社がキライという訳では無いんですよ。僕は鉄オタじゃあ無いけど、あれだけのインフラを整然と運用するために注がれる使命感は、僕も尊敬しているもんね。


 さてと、遂に着いたぞ本丸に。昨日は車に乗せられて、地下駐車場から来たから全然わからなかったけど、改めて正面から見ると凄いビルだよなー。地上50階建の超高層ビル。このビル全体がウチのグループ会社だものね。まあ僕はそのグループの下の下だけどさ。

 グループの下っ端でも、一応社員なので地上階にある入口ゲートは社員証をタッチすれば簡単に通れるんだ。


 さすが世界に冠たるIT企業。


 ゲート横の怖そうなセキュリティのおじさんも、ゲートが緑に点灯して通せんぼの棒が開くと、優しい笑顔を見せて「お疲れ様」と言ってくれるんだよね。


 僕の務めている会社は、仮想世界を運営管理する部門だから、このビルの下層階に入っているんだ。当然持ち株会社の何とかホールディングスは最上階の50階だよね。


 下層階と上層階は、乗るエレベーターも違うんだ。朝の通勤時間帯では、エレベーターを停止階で分けないと大変な事になるからね。だから、昨日のように、最上階に来いと言われても、直ぐには行けないよ。


 今日は、下層階用のエレベーターに乗って目的のフロアーに向かう。もう、朝のエレベーターラッシュの時間は過ぎているようで、エレベーターには普通に乗れた。最初に来た時には、恐ろしく混んでて乗れなかったもの。


 ぴーん。


「15階でございまーす」


 目的階に着いた。最近のエレベーターは、喋るからなあ。これをうるさいと思うか、親切と思うかは人それぞれなんだよね。


 エレベーターから降りて、廊下を歩いてオフィスに入る時も、セキュリティゲートがあるんだ。ここには、セキュリティの怖いおじさんはいないけど、社員証をタッチしないとゲートは開かない。


 だから、エレベーターホールにあるトイレに行くのに社員証を忘れると、オフィスに戻れないんだよ。さすがIT企業。


 オフィスに入って、課長の席を探す。IT企業だから、決まった席は無いんだ。フリーアドレス制と言って、自分の机は無いんだよ。自分のパソコンさえあれば、全ての仕事が出来るからね。


 昔のように、窓際に課長さん、そこから順番に係長、主任、年配のおじさん、入り口に一番近い場所は新人、みたいな席順なんか存在しない。


 朝一番に来た人が、一番良い席をゲットするんだ。でも、昼休みでまたリセットされちゃうから、皆んな座る場所は気にしてない。


 あ! 課長さん発見。今日は珍しく花瓶が飾ってある机をゲットしたようだ。向こうも気がついたみたいで、手を振ってきた。


「おお! 元気だったか? なんか昨日は大変な一日だったらしいな。社内では、凄いウワサになってるぞ」


 課長は目を見開いて驚いたそぶりを見せながら話しかけてくる。


「今後の仕事の話だけど、チョットここではマズイなー。そこの空いている会議室を使おうか?」


 さすがIT企業、ガラスで仕切られた会議室がいくつもある。その会議室は、自分のパソコンから空き具合を確認して瞬時に予約も出来るんだ。


 課長は、パソコンから近い会議室の空き具合を確認して、直ぐに予約を入れてから、僕をその会議室に招き入れて、扉を閉めた。

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