第36話 更にもう一波乱

「ふー、やっと終わった」

 僕は安堵のため息をつく。


 お兄さんに付けてもらった検査パッドを通して、彼女の健康状態を確認して、そのデータを会社に転送して、やっと終わりだ。


 今回は会社側のトラブルが原因だから、もしも心のケアが必要になったら、治療にかかる費用とか損害賠償の話になるだろうなあ、ちょっと下世話なな話だけど。

 そんな、こんな、で多分この後は法務担当の弁護士さんが来て、お兄さん交えて相談なんだろう。


 さてと……、法律やお金の事は分からない実務担当者はこれにて退散ですかね。


 検査自体は機械が自動で行うので、個人情報保護の観点から出来る限りプレイヤーさんと接触しないのが望ましいのだけど、つい、彼女の顔を見てしまった。

 優しそうな顔立ちの長めのまつげが印象的だ。ベッドの横にはピンク色のプラスチック製フレームの眼鏡が置いてあったけど、メガネ外して外を歩けば、結構美人だと思うけどな。僕なら、ホイホイ付いてっちゃうね。


 おっといけない、これは秘密だよ。あまりプレイヤーさんのリアル情報を得るのは、さっきも言ったけどご法度なんだよね。


 プレイヤーさん同士がゲーム世界で仲良くなって、オフ会の約束をしてリアル世界で会うのは全然問題無いんだよ、当然。

 だけど、運営者側が、その地位を利用してプレイヤーさんのリアル世界の情報を得るのは完全にアウトなんだ。だってそれを許しちゃったらプライバシーもへったくれも無いからね。


 ここでスナイパーのサキさんのリアルな可愛い顔を見た事だって、その事が外部に漏れたりしたら、多分僕もアウトになるだろう。


 まあ、彼女は肉体的にも精神的にも安定している様だから、後は様子を見るだけだ。これで、彼女が目覚める前に、僕は退散する時が来たみたいだな。

 それでは、お兄さんに彼女の後を託して、退散する事にしようかな。


「突然押しかけて、色々とご無理をお願いして、どうもすみませんでした。もう、妹さんは大丈夫ですので、私はこれにてお邪魔いたします。今回のトラブルに関しては、後日会社の担当者から連絡が来ると思います。それでは失礼します」


 サキさんのお兄さんに丁寧なお礼を言ってから僕は退散の準備を始める。


 ……


 部屋の外にでる時に、お兄さんから声をかけられた。


「実は私もこのゲーム世界に関係して長いのですが、こんな経験は初めてです。妹が戻ってこない時には本当に心配しました。ここまで妹の事に気を配って作業していただき感謝しています。本当にありがとうございました。機会があれば、このお礼はいつかさせてください」

 そう言って深々と頭を下げるお兄さん。


「イヤイヤ、お兄さん、僕は自分のやるべき事を淡々とやっただけです。でも、妹さんにはよろしくお伝え下さい。あ、それとお兄さんもこの世界に関与している方ならご存知でしょうが、今回の事は決して口外しない様にお願いします。私達運用側の人間は決して表舞台には出てはいけない存在ですから」


 僕は自分の口元に左右の人差し指でバッテンマークを作る。


「はい、その点は十分に理解しています。ゲームを楽しむために、日夜ご苦労なさっている方達の事はこれからも忘れません」

 お兄さん今度は軽くお辞儀をしてくれる。


 僕はぺこりと頭を下げて、部屋を後にした。これから、さらに大変な事が待ち受けている事も知らずに。

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