第30話 こんにちは、サキさん

「もしもし、プレイヤーさん? 大丈夫ですか? 目が回ったり、動悸がしたりといった体調不良は有りませんか?」

 初めて会った風に、僕はサキさんに問いかける。僕はNPCを演じている時からサキさんを知っているけれど、サキさんは僕に会ったことは無いはずだからね。


「私はこのゲーム世界を管理する会社から派遣されて来た、プレイヤーさんのサポーターです。AIやNPCでは無くて、正真正銘の人間です。運営会社の人間なので安心して下さい」

 管理側の『人間』である事を伝えて、ゲーム内の付属物では無い事を強調する。

こうする事で不安になっているプレイヤーさんに、安心感を少しでも与えられるらしいんだよ。


 サキさんにユックリと近づきながら、相手が怯えない様に、勤めて明るく、ゆっくりとした話し方で声をかけた。


 まだ十分に離れた位置から、相手に警戒心を与えないために、先ずは声かけから始めるのが鉄則だ。その時、こちらは両手を上げてマイッタポーズの状態で、相手の目を見ないで、相手の足元を見る。


 キョロキョロよそ見をしたり、直接相手の目を見る事は、相手に不信感や警戒心を与えてしまう事になるんだって。心理学者はそう言ってるよ。


 当然、両手を上げている片方の手には、予め準備していた社員証兼身分証を掲げているのがポイントだよね。


 とにかく早く相手の警戒心を取って、現状を理解させるのが一番大事なんだ。


 この部分は、結構プレイヤーさんの『素』の性格が出るんだ。まあ仮想世界でアバターを使ってゲームをしてる時点で、リアル世界でのしがらみから解放されたいと思っている訳だからね。だから、リアル世界で仮面を被ってる割合が大きい人程、仮想世界と現実世界とのギャップが大きいんだよね。


 何にしても、隙あらば撃たれる可能性が有る『銃の世界』で丸腰の上に両手を上げて近づいている訳だから、余程のお人好しか? それとも本当に管理会社の人か? の二択だと思ってくれると助かるんだがなあ。


 世の中には全てを疑ってかかったり、全てをマイナスに考える人がいるんだよね。自分がヤバイ状態なのに、助けに来たんだと思わない人って必ずいるんだよ。


 コレは絶対に偽物で、俺は騙されようとしてるんだ、こんな都合の良い話なんかあるわけ無い。きっとあの身分証も偽造で、俺が隙を見せたら草むらの陰に隠れている仲間が機関銃で打ってくるんだ、とかね。


 一応、ここは安全管理のゲーム世界なんだから、そこまで酷い事は運営上しないはずだ、とかの一般常識が働かないんだよね。


 さて、サキさんは大丈夫かな? おっとっと、プレイヤーさんの名前は知らない事になっているから気を付けないと。


「ハイ、少し気持ちが悪いですけど。大丈夫です」


 サキさんは、かなり蒼ざめた顔をこちらに向けながら、少し安心したように答えてくれた。ただし、まだ立ち上がれないようで、岩場に寄りかかりながら、何とか上半身を保っている感じだ。


 流石、僕も一目置いているサキさんだ。こんな状態でも、こちらの状態を伺いながら、少しでも冷静さを保とうと必死になっているのがヒシヒシと感じられる。こんなのって、無感情な管理AIにはわかんないだろうなぁー。


「こんにちは。私は管理会社の担当者で認識番号、ZAAF1392のジローと言います。貴方は今システムトラブルに巻き込まれていて、私は貴方を助けるためにリアル世界から参りました」

 とにかく、相手の警戒心を解くために、事実だけを冷静に伝えるんだよね。


「それでは、確認させて下さい。貴方は、プレイヤー管理番号、GAAA9001、アバター名、サキ。で間違いないですか?」

 一言一言を丁寧に言って、しかも本人しか知り得ない管理番号も伝える事で管理側の人間である事をサラリと強調するんだ。


「ハイ、その通りです。助けに来て頂いてありがとうございます。えっと、ジローさん? でしたっけ。ログアウトしようとしても、自分の仮装端末が呼び出せないのです。何回やってもダメで途方に暮れていた所なのです」

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