第26話 兄と妹
「まあ、取り敢えず家の中にお入り下さい、玄関での長話も大変でしょうから」
僕のノホホン顔を見て警戒心が溶けたのか、そう言いながら若いお兄さんは、ドアチェーンを外してくれた。
僕は緊急時に使用するヘルスパックと言われる医療用セットを背負っていたので、若いお兄さんは気を利かせてくれたのか、僕を家の中に招き入れてくれた。
確かに、背広は着ているけど怪しいリュックを背負った怪しい雰囲気の若者と玄関前で話し込んでたら、お隣さん的には印象は良くないよね。それに話の内容が妹さんの状態についてだから余り口外されたくは無いものね。
「それでは、お邪魔させて頂きます」
そう言いながら僕はお兄さんの家に入っていく。
「ガチャン、ガチャガチャ」
後ろで扉が閉まって鍵がかかる音がした。
「どうぞ、そのまま廊下を真っ直ぐに進んで下さい。リビングに通じています」
お兄さんは扉の鍵をかけながら僕にリビングへ進むように言ってくれた。
玄関でスリッパに履き替えて、リビングに通じる廊下を歩きながら、今の状況を簡潔にお兄さんに説明した。
リビングに入ったら、リュックを下ろして直ぐにヘッドセットと鎮痛作用を持つインジェクション、更に簡易型の心肺蘇生装置であるAEDも取り出して、強制ログアウトの準備を始めた。
「え! たかが仮想空間のゲームから強制的にログアウトするだけなのに、そこまで用意周到な準備が必要なんですか? スイッチをポンと切れば終わりかと思ってました」
お兄さんは、僕の大袈裟な装備を見てビックリするように言った。
「はい、今ここに至っては隠し事は言いません。正直にお話ししますとこればかりは個人差が激しいんです」
装備を並べながらお兄さんを安心させるため努めて明るく話し始める。
「本当に何も感じないぐらいスムーズにログアウト出来る人から、興奮状態が抜けない人、更に心拍数が上がって過呼吸になってしまう人、本当に様々なんです。結局人間の脳に対して外部から強制的に刺激を与えると言う事は、そう言うリスクが発生するんです」
とにかくわかりやすく、でも何が起こるか分からない事を事前に言っておく。
「ただし、自動車事故や飛行機事故の様に、本当に命の危険な状況になる事はありませんから、それだけはご安心下さい」
そして、最後は安心出来る材料を提示しておく。なんかヤバイセミナーみたいに聞こえるけど、大事なポイントだよね。
「あ、それから言うまでもない事ですが、私は医療機器を取り扱う医用機器療法士の資格と看護師ではありませんが看護師助手の資格を持っております。年間3週間以上の大学病院での実習も義務付けられているので、今持ち込んだ全ての医療機器の操作を許されております」
と、医療方面に素人であろうお兄さんを安心させるための最後の切り札的な説明をサッと済ませつつ、免許証リストを机の上に広げた。
とにかく、1分でも1秒でも早く強制ログアウトを実行して、不安定な世界からプレイヤーさんをすくい出さないと!
「最後にですね、大変に申し訳ありませんが親族の同意書にサインをお願い致します。法律的にはこれが無いと私たちは何も出来ないのです」
ファイルフォルダーから透かしの入った如何にも契約書といった雰囲気の紙を取り出し、心配そうにしているお兄さんにサインをお願いした。
「分かりました、兎に角貴方の言っていることには筋が通っているし、見せて頂いた免許証等も本物の様に見えます。ただし、最後に、親族である私から直接会社に連絡しても良いですね?」
説明を聞いて安心しても、最終確認を怠らないのは、このお兄さん何かで修羅場を通って来ているんだなぁ。
「はい、当然です! 直ぐに連絡して私の話が全て真実である事を確認下さい。私はその間に担当部門と連絡して強制ログアウトの準備を進めます!」
ここで怯むとお兄さんが不安になっちゃうから、僕は落ち着き払って同意する。
お兄さんが会社の代表番号から緊急対応の窓口を経て僕が伝えたのと同じ話を聞いている間に、システム管理のマサさんやH/W管理のユウさんと強制ログアウトの準備を進めた。
今回の様な場合は、ハード側とシステム側、それとゲーム世界にダイブしている3人の息が合わないと事がスムーズに進まないんだ。
お兄さんは納得してくれたみたいで、書類にサインしたら、直ぐにリビングから妹さんの部屋へと進み始めた。
「最初にトビラを開けるのは親族の方にお願いしています。ゲームしている方は、割とラフな格好でベットに横たわっている場合が多いのでトラブルを避けるためです。その後で、私を招き入れて下さい」
こう言わないとプライバシーにうるさい家ではヤバイ事も起こるんだよね。以前、プレイヤーさんが裸でログインしてた事があって、そのプレイヤーさんの部屋に最初に入ってしまい危うく別の問題が発生しそうになったんだ。あ、安心してね。相手は男性だったから……。
「分かりました」
お兄さんは遂に決心したように、妹さんの部屋のトビラを開けた。
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