1.「パライ」

1.「パライ」


そこは最早地獄絵図だった。


建造物は破壊され、瓦礫やロボット兵の残骸や人の死体や血が道に散乱し、地上には蜘蛛や蟷螂を連想させるロボット兵が逃げ惑う人々を襲い、人型のロボット兵が空から「アルマ」の疑似装備を使い建造物や人々を無差別に破壊していく。

人々の悲鳴や叫び声と爆撃音が街中に響き渡っていた。


「……はっ、はあっ……!」

「くっ……大丈夫か、早希?」

「う、うん……私は平気……!」


俺と幼馴染みである早希はそんな地獄絵図の街を逃げ回っていた。

大量のロボット兵に発見されないように身を隠しながら。

俺達はまだロボット兵に攻められていない人影のないビルの中に逃げ込み近くにあった、ドアの上に「休憩室」と書かれた看板が貼られた部屋に入りその中のソファーベンチに座り込む。


「水、飲むか?」

「うん、ありがと……んっ、ごっくん……」


早希に水筒を渡すと、水筒に付属してあったカップに水を入れ、飲み始めた。

飲み終わった後、俺もその水筒からカップに水を入れ飲んだ。


「私達、一体どうなっちゃうの……?

こんな所でまだ死にたくないよ……!」

「心配すんな、タレンドの隊員達が助けに来てくれるまで

ここに隠れればなんとかなるだろ……」


絶望と恐怖に襲われ涙目になってしまった早希を元気づけようとしたが、その俺の発言に自分自身も信用しきれなかった。腕時計型端末を操作し空間上に映し出された時刻を見ると「13:10」と表示されている。休日の昼頃に突如として大量のロボット兵が現れてからまだ20分程しか経っていないのに、一つの街がこんな地獄絵図に変わり果ててしまうとは……

正直言って俺自身も少し怖かった。「俺達も殺されてしまうんだろうか」という恐怖が俺の心に襲いかかってくる。その分生への欲求が出てしまいそれが余計に絶望感を引き立ててしまう……


「……っ!」


……俺はその絶望感と恐怖心を振り払った。

こんな所で死んでしまっては、昔からの夢が叶わなくなってしまう。

5年前の2077年に「ヴェルト・ゼロ」の制圧作戦で戦死してしまった憧れだった父さんの「世界から紛争やテロを無くして平和な世界にする」という意志を引き継ぎ、タレンドの隊員となる夢が。

その夢は早希自身も同じだろう。早希の父親は俺の父さんと同じくタレンドの隊員で父さんが戦死するまでは周りから「良きライバル同士」と呼ばれていた。その為二人の関係は強く、俺と早希は幼馴染みの関係となった。早希も俺と同じ夢を持っているのだろう。


「……それにこんな所で死んでしまったら俺達の約束はどうなるんだよ。父さんが死んだ時、俺が何もかもネガティブ思考になってしまった時に俺に……『一緒にタレンドの隊員になってシュウのお父さんの意志を一緒に継ごう』って無理矢理約束を押し付けたのお前だろ?……元気づけようとしてくれたのは……ありがたかったけどな」


「……!

覚えてくれてたの……?」


最後は少し照れくさかったので、視線を逸らしながら言った。


「……まぁ、な」

「もうあれから5年も経つんだ……そうだったよね、タレンドの隊員になってシュウのお父さんの意志を継ぐんだったよね……ごめんね、私が無理矢理押し付けた約束だから……死んじゃったら約束破りになっちゃうよね」

「……!」

「……うん、そうだよね!

こんな所で死んじゃったらダメだよね!私、生きるよ!絶対!」


先程の涙目だった早希の姿は最早遠くに消えていた。

昔から立ち直りが早い所は変わっていないようだ。


「……お前のそういう所、俺は昔から……」

「……?何か言った?」

「いや……なんでもない」


無意識にも変な事を呟きそうになってしまった。「そういう所が昔から好きだった」なんて言ってしまったら変な意味として捉えられそうだ。

俺は少し恥ずかしくなって早希から視線を少し逸らそうとすると……


「……きゃっ!?」

「うおっ……すごい揺れだな……」


突然、強い地響きが俺達を襲った。外からの爆撃音はビルの防音機能によってカットされているが、多少の地響きはどうやっても避けられないようだ。

暫くの間俺達はこのビルの中に隠れていた。


「……一応お父さんに連絡してみたけど、『余りに敵が多すぎて助けに向かうのに時間が掛かりそうだ』だって」

「そっか、弱ったなぁ……

お前の父さんが手こずってるって事はタレンドの隊員達もまだ来そうにないな……」

「そ、そんな……」


ドォォォオオン!!!


「きゃあっ!?なっ、何!?」

「っ、落ち着け!……くっ、まさかもうロボット兵が来たのか……!」


突然爆発音がビルの中を駆け巡った。

ロボット兵がもうここに来てしまったのか。ガシャン、ガシャンと足音が聞こえてくる。


(っ、何か身を隠せる物は……っ!)


俺は部屋の中を見渡すと、二人ぐらいならギリギリ入れそうなロッカーを見つけた。


「仕方ない、あのロッカーの中に隠れるか」

「えっ?う、うん……!」


ロボット兵に気づかれないように小声で喋り、ゆっくりとロッカーの扉を開け中に入り扉を閉める。俺が思っていたよりかは少し狭かったようで、早希と身体が殆ど密着してしまい、彼女の身体の柔らかさや温度が身にしめて伝わってくるが、それに対して不純な考えをしてしまう程俺達には余裕はなかった。


ガシャン、ガシャンと足音が聞こえてくる……

俺達は息を潜め、ロボット兵がここを通り過ぎる事を願っていた。


ガシャン、ガシャン……

足音が小さくなっていく……


「……もう大丈夫か……?」


……幸運にも、ロボット兵は部屋の前を通り過ぎどこかへ行ってくれたようだ。

俺達はそっとロッカーの扉を開け、ロッカーの外に出た。


「はあっ……危なかったぁ……!」

「何とか気付かれずに済んだな……

だけどここはもう危険かもしれないな、そろそろ移動した方がいいかもしれない」

「……そうだね、あんまり移動したくないけど……」


人影のないビルにさえロボット兵が現れたという事は、最早ここも危険地帯の一部となってしまったという事だろう。移動するリスクは十分にあるが、とはいえ隠れ続けてもいつか居場所がバレてしまう。俺達は部屋の外を見渡し、誰もいない事を確認した後部屋から出た。入り口付近にはロボット兵が侵入した痕跡としてビルの自動ドアが破壊されていた。


「入り口から出るのは危険だな、

どこかに裏から出れる場所があれば……」

「……あっ、あれ見て!」


早希が指差した先を見ると、エスカレーターの隣の机に置かれた投影機から空間上に大きな地図が映し出されていた。俺達は周囲にロボット兵の気配がない事を確認し、その地図の目の前まで移動した。


「えーっと、ここのロビーの一番奥の右の通路に入って、

そのまま真っ直ぐ行ったら他の出口から出れる感じかな?」

「みたいだな、じゃあ行くか」


裏から出る方法を掴んだ俺達は地図の通りに進み、一番奥の右の通路に入る。ロボット兵の気配は感じなかったので、一気に出口まで進んだ。


「あぁ……空にロボット兵がいる……」

「まずいな、これ……」


出口から出ようと近くの外を見渡すが、空に見える限りでは5、6体のロボット兵が空を飛んでいた。ただ、不幸中の幸いにも地上にロボット兵はいなかった。制空権を持った敵から発見されないようにどうにかしてここを抜け出す方法を考えなくてはならなかった。


「とりあえず『アナジーマップ』で周辺を見てみるか……」


俺は腕時計型端末を操作し、『ANAJITHISHI MAP』、通称『アナジーマップ』を起動させる。『ANAJITHISHI MAP』は世界的な多国籍テクノロジー企業「ANAJITHISHI』社が初期に開発した地図アプリで、周辺の店やコンビニから世界中の世界遺産までを平面的にも立体的にも見ることができ、それだけでなく飲食店ならその店の商品の詳細を成分まで確認でき、ホテルなら施設の詳細から空部屋の状況までをリアルタイムで確認することが出来る。とはいえ今はそんな情報なんて要らない。俺は周辺の道の様子を確認する。


「……!この出口の近くに路地裏があるな……」

「えっ、じゃあそこから」

「いや、ただ約20mの距離がある……

ここからロボット兵に見つからずに路地裏へ逃げ込むのはかなり難しいぞ」


路地裏までの距離が約20m、

走って逃げ込んでもロボット兵にすぐに発見されて追跡してくるだろう。


「うーん……あっ!じゃあロボット兵の注意を他の何かに向ければいいんじゃない?先生も『ロボット兵は急激な変化に敏感な特性を持っている』って言ってたし!」

「あぁ、そういえば前の授業でそんなこと言ってたな……だけど今の俺達にその『急激な変化』を起こせられるような物なんて何一つ持ってないぞ」

「あ……うぅ、たしかに……」


「急激な変化」を起こせれる物の例として一番最初に挙げられるのは「爆発物」だろう。ロボット兵の注意を他の何かに移すなら、必ずといっても「爆発物」を用意する必要はないが少なくとも「急激な変化」を起こせる物を用意しなくてはならなかった。

しかし、今の俺達にはそんな物持っているはずが……


「……あっ!!」

「ん?どうかしたのか?」


すると早希は持っていた鞄を肩から下ろしチャックを開けその中を漁り始めた。「どこにあったかな……」という言葉を呟きながら鞄の中を漁り続ける。十数秒後、早希は球状の物体を取り出した。


「なんだ、それ?」

「『サウンドボム』っていう物で強い衝撃を与えたら爆音が鳴り響く物なんだけど、前お父さんが『何かあった時の為に持っておけ』って言ってたのを思い出したの。これ使ったらなんとかなるかなって思ったんだけど……どう?」

「爆音か……音でどうにかなるかは分からないが……

一か八か賭けてみるしかなさそうだな」


音でロボット兵の注意を引きつけることは可能だろうが、そのロボット兵が音にどれだけ注意を引きつけてくれるか分からなかった。しかし、他に方法がない以上賭けに出るしかなさそうだった。


「とりあえず俺がそいつを投げる。

爆音が鳴り響いた瞬間に左に曲がって路地裏まで逃げ込もう」

「うん、わかった」


俺は早希から「サウンドボム」を受け取り、出口の自動ドアが開いた瞬間俺は道路にそれを投げ込んだ。地面に落ちた瞬間、バァアアンと大音量の爆発音が鳴り響いた。


「今だ!」


その瞬間、俺達は出口から飛び出し左へ曲がる。ロボット兵が音の発生源に反応しサウンドボムを光の弾で消し飛ばしたのを横目で確認する。その隙に俺達は死ぬ気で走り路地裏へ逃げ込むことに成功した。


「なんとか上手くいったな……!

お前があれ持ってなかったら万事休すだったよ、ありがとう」

「ううん、お礼ならお父さんに言ってよ。

あれを渡してくれたのはお父さんだから」

「……分かった、後で直接お礼を言っておく。

それより隠れられそうな建物を探さないとな」


そう、何とかロボット兵に気付かれずに路地裏に逃げ込めたとしても全ての危機が去った訳ではなかった。次は身を隠せられそうな建物を探さないといけない。


「この路地裏の先の近くに別のビルがあるから、そこに逃げ込むか……」


アナジーマップで周囲の様子を確認した俺達は目的地に向けて狭い路地裏を一直線に走り出す。路地裏の出口に着き、周囲の様子を確認する。


「見た感じロボット兵はいなさそうだな……

右に曲がって25m先に目的地か、今のうちに行くぞ」

「うん、わかった」


俺達はロボット兵がいないうちにビルへ走り込んだ。

周囲に俺達以外にロボット兵は一人もいない。

全てが上手くいっている訳ではないが、この大量のロボット兵から逃げ続け二回窮地を脱する事に成功していた。このままの勢いでビルに逃げ込み助けに来るのを待とう、と俺は心の中で思った。俺達はビルの入口の前まで辿り着く。

入口の自動ドアがゆっくりと開き始めた。


……その瞬間だった。

突然、背後で強い光が迫って来ているのを感じた。


「……!?早希、危ない!!」

「えっ……!?」


俺は咄嗟に右側にいた早希を押し倒し、その勢いで俺もその光の弾から逃げるかのように勢いよく倒れ込んだ。その瞬間ビルの入り口に光の弾が直撃し、爆発を起こした。俺達は爆発と爆風の影響を受け吹き飛ばされた。


(ぐっ……な、何が起きた……?)


俺は朦朧とした意識の中、混乱していた。

この辺りにはロボット兵どころか俺達以外に人すら居ない筈だ。

それなのに、どこから攻撃されたのか……?


「……ぅう、あ、あれ……っ」


早希が朦朧とした意識の中必死に空へ指を指した。

その声は恐怖の音色も混ざっていた。

俺は指指した方向へ視線を移した。


「……嘘だろ」


そこには「絶望」が広がっていた。


先程まで誰もいなかった空に、十数体以上のロボット兵がそこにいた。

何が起こったのか、訳がわからなかった。


ただ分かることは、もう俺達に逃げ場はないという事だった。

ロボット兵が俺達を囲むように地上に降りてきてしまう。


「い、いやだ……こないで……

だれか、助けて……!」


早希の助けを求める恐怖の音色が混ざった涙声が聞こえる。

どうしようもない状況に、俺達は絶望に襲われた。

俺達を囲んだロボット兵は無慈悲にこちらに大きな銃口を向けてくる。


「……あぁ、もう駄目か……」


絶望と恐怖の中、俺は無意識に諦めの言葉を口に出す。

走馬灯のようなものも見えてきた気がする。


だいぶ昔に遅くまで早希と遊んで一緒に怒られた思い出。

俺と早希の二家族でアメリカに旅行に行った思い出。


……父さんの葬式の時の思い出。

あの時は滅茶苦茶泣いた。もう自暴自棄になってしまった。

それでも、早希と一緒にいたから乗り越えられた。


それなのに、こんな所で死ぬなんて。


あぁ、父さん……ごめん。

俺、父さんの夢叶えられそうにない。


ロボット兵の銃口に光が発生し始める。


俺は完全に諦め、目を瞑ろうとした。




円斬サークル・ブラッシュオフ


突然だった。


光の斬撃が俺達を囲むかのように円状と化し、一気に広がっていく。

俺達を囲んでいたロボット兵全てに斬撃が直撃し、大爆発を起こした。


「……はぁ、危ない危ない。

もう少し遅れてたら間に合わなかった」


俺達の目の前に、クシフォスを持った一人の青年がそこに立っていた。


(……助かった……のか……?)


すると突然、意識が遠のき始めた。

一体あの人は誰なんだろうか。


分からないまま、俺は気を失ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タレンド 〜Conflicting good and evil justice〜 ミゼン @mezen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ