番外編 乙女ゲームについて話すアリーヤとヴィクトリア(アリーヤ視点)

 こんなに家に引きこもるのは久しぶりだ。いつぶりだろうか。私自身、引きこもり体質だが、皆がそれを許してくれず、あまり引きこもれなかった。


 エドマンド様とハルがケフェティの実を取りに行ってからどれぐらい経ったのだろうか。もう数えるのはとっくのとうに放棄してしまった。


 ヴィクトリア様もあれからずっと私の側にいてくれている。けれど、何故こんなにも寂しいのだろうか。


 私は椅子に座って自分の髪をとかしはじめる。ヴィクトリア様はというと、私のベットに寝転がっている。自分の正体がバレたからってその態度は不味いわよ、ヴィクトリア様。せめてもう少し侯爵令嬢らしくしようよ……。




「ねぇ、アリーヤ様。わたくし、考えていたのだけれどこの乙女ゲームのことについて話さない? どうせ暇なのだし」




「暇……えぇ、そうね。話しましょう」




 暇、では無いが敢えてヴィクトリア様の提案に乗ることにした。きっとヴィクトリア様は私のことを心配して下さってそう言っているのだから。




「まずは……イベントについてなんですけど。こんなイベント無かったですよね? 似たようなイベントはありましたけど……」




 そう。ヴィクトリア様の言う通り、前世のゲームにはこんなイベントなんて無かった。そして、ヴィクトリア様の言う『似たようなイベント』とはきっとあの事だろう。


 そのイベントの内容はこうだ。




 ある時、悪役令嬢である私ことアリーヤが授業中に倒れてしまう。医者に診て貰うと、魔力が心臓の辺りで固まっていると言われた。


 それを聞き付けたヒロインのヴィクトリア様と隠れキャラのハルは、アリーヤを助ける為にケフェティの実を取りに行く。其所でヒロインは隠れキャラの攻略ルートを開ける。


 あの時は動転して気が付かなかったけど、この出来事は例のイベントにとても似ている。




 だけど、例のイベントと少し違う事がある。それはヴィクトリア様がここにいること。だから正直、どうなるか分からない。まさか、エドマンド様とハルが……。いやいや、それは絶対にあり得ない。そもそも男同士だし。


 兎に角。無事に帰ってくるのを祈るしか無いのである。




「……ねぇ、アリーヤ様! 五人の攻略対象の中で誰が一番好きだった?」




「……そうねぇ。今はエドマンド様のフィアンセだから下手なことは言えないのだけれど……実はマーティン様が好きだったのよね」




「えぇ、そうなんですか!? わたくし、隠れキャラのハルが好きだったんです!」




 目をキラキラ輝かせて言うヴィクトリア様は美少女そのものだった。でもまぁ、確かにハルは可愛い。隠れキャラだけであって人気も物凄い。




 だけど、何故平民のハルが隠れキャラなのだろう。実は後もう少しでハルを攻略出来そう、というところで死んでしまったのだ。なので、ハルの素性は未だに分からないのだ。でもやっぱりハルはハルだ。今はどうでも良い。




 私は二人が無事に帰ってくるのを祈るしか出来ない能無しだ。二人の力になりたいと思っていても私にはなんにも出来ない。そんな無力な私を、あなたは攻めますか?




「……リーヤ様、アリーヤ様!」




「……ごめんなさい。どうかしたのかしら?」




「……いえ、なんでもありませんわ」




 私が微笑んで聞くと、ヴィクトリア様は辛そうに顔を背けてなんでも無い、と言った。私の何が彼女にそんな顔をさせたのだろうか。




「アリーヤ様、大丈夫ですか?」




 私は思わず首を傾げる。どういうことだろうか。私はヴィクトリア様に聞いてみる。




「それはどういうことかしら?」




「だってアリーヤ様、エドマンド様とハルが隣国へ行ってからとても辛そうな顔をしているのだもの! 今にも倒れそうで……!」




 驚いた。ヴィクトリア様には私はそう見えていたのか。でもまぁ、確かにそうかもしれない。二人が旅立ってから心配と罪悪感で夜も眠れなかった。




「ヴィクトリア様にはそう見えていたのね。迷惑を掛けてしまってごめんなさい。それと、心配して下さってありがとう存じます」




 私が心から微笑んで言うと、ヴィクトリア様は心底ホッとしたような顔をした。




「なら良いですけど。アリーヤ様、わたくし思ったのですけどアリーヤ様って本当に悪役令嬢なのですか?」




「え? それはどういうこと?」




 微笑んでいた私の顔は、まるで能面のように表情が消え失せていった。ヴィクトリア様の言っている意味が分からない。




「いや、だって……ゲームではわたくしがヒロインでアリーヤ様が悪役令嬢だけれど、ここ最近の行動を見ると明らかにわたくしの方が悪役令嬢っぽいわ」




 少し悲しそうに言うヴィクトリア様。きっと自分に自信が持てなくなったのだろう。私はそんなヴィクトリア様を抱き締める。そして、ヴィクトリア様の背中に手を回して背中を擦(さす)る。




「……そんなこと無いわ。確かにゲームでは私は悪役令嬢でヴィクトリア様はヒロインだわ。でも、それと同時にここは私達にとって現実世界なのよ。だから、悪役令嬢やヒロインとか関係無いのよ」




「アリーヤ様……ありがとう存じます」




 ヴィクトリア様の声が少し明るくなった気がした。少しだけど元気になったみたいで良かった。


 ふと窓の外を見ると、空は茜色に染まっていた。エドマンド様とハルはまだ帰ってこない。早く帰って来てほしい。




 ねぇ、エドマンド様、ハル。どうか、どうか無事で帰って来て。

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