第八話
私の名前はハロルド・イヴァン・レーン。公爵令息だ。因みに十六歳だ。私には愛する女性がいる。彼女の名前は、アリーヤ・シラン・マノグレーネ。私は彼女のことをとても愛していた。だが、アリーヤ様はエドマンド様と婚約した。私よりも、エドマンド様を選んだのだ。私は思わず手を固く握り締める。
本来なら、婚約者がいるアリーヤ様に求婚してはいけない。だが私はどうしてもアリーヤ様に対する気持ちを抑えれなかった。私は意を決して、アリーヤ様に求婚することにした。
◇◇◇◇◇
私は図書館に本を返す為、学園の廊下を歩いていた。
……それにしても、なんでこんなに廊下って長いのかしら。
私の前世、本木香凜が住んでいた世界、地球の日本では廊下はこんなに長くなかった。
「アリーヤ様!」
後ろから声がして振り返ると、ハロルド様がいた。
「まぁ、ハロルド様。お久しぶりと存じます。」
私は貴族らしく頬笑み、挨拶をした。ハロルド様は何か困ったような笑みを浮かべている。一体何かあったのだろうか。
「……アリーヤ様、私の求婚を受けて下さい!」
持っている本がバサリと音をたてて落ちた。
「えと、その……私、エドマンド王太子殿下と婚約している身ですので……」
……うわぁ! イケメンからの求婚三回目だぁ!
と、取り敢えず落ち着こう。私は取り敢えずにこりと微笑んだ。
『ディンゼア』
ハロルド様が小さく呪文を唱えた。瞬間、私の体が膝から崩れ落ちる。目が段々と霞んで来る。
「え……何を……」
「これはただの中位睡眠魔法ですよ。」
そう言ってハロルド様は私の体を抱き上げる。抵抗しようとしたが、体が動かない。
「ふふ。これで貴女を私の物に出来る。」
意識を失う前にハロルド様がそう呟いたのは気のせいだろうか。
◇◇◇◇◇
ボヤーとした意識の中でプチプチと何かを外す音がする。薄く目を開けると、ぼやけた視界の中にハロルド様が見えた。
「アリーヤ様、目が覚めましたか。」
この声に反応して私は覚醒する。素早く辺りを見渡すと、私の手は何かの魔法で拘束されていた。
胸元を見ると、ハロルド様が制服のブラウスのボタンを外していた。先程の音の正体はこれか。
「……ハロルド様、何をするのですか。離して下さいまし。」
「アリーヤ様、そう言われて離す人なんていないと思いますよ。」
ハロルド様に離すように言うが、聞く耳をもたない。そして、ブラウスのボタンを外すのを止めたかと思うと、ハロルド様は顔を近付けて来た。嫌な予感しかしない。
私は顔を背けようとしたが、唇を塞がれてしまい、それもかなわなかった。
……え? 何で唇を塞がれたかって? 言いたくないけど言いますね。
つまり、私の唇はハロルド様の唇に寄って塞がれたのだ。前世の言語、日本語で言うと『キス』されたのだ。
そして、何を思ったか舌をいれてきた!
「ふぁっ!」
……えっちょっ待って! 誰か助けてっ!
なんて、心の中で叫んでも無意味だが。じわり、と涙が溢れて来るのを感じる。
「……おや、泣いているのですか? ふふ、泣いている姿も大変美しいですね。」
ハロルド様は天使のような頬笑みで言って来る。だが、実際は天使じゃなくて悪魔だが。
「は、離して下さい! 今なら目を瞑ります。このままだと捕まりますよ。」
「もう後戻りは出来ませんよ。さて、本番と行きますか。」
ハロルド様はそう言って、私の横から真上、つまり私の体に馬乗りになってきた。そして、制服のブラウスのボタンを外すのを再開する。
……これは流石にヤバいわね。えっというか、ここが私が元いた世界、地球の日本だったら二人とも犯罪で捕まるよ?
バァン!!
誰かがドアを蹴破った音がした。ちょうど、私の位置からは見えないが、男だろう。いや、男じゃないとドアを蹴破る力なんてないだろうし。
「君さ、彼女が王太子殿下と婚約しているって知らないでそれやってんの?」
「……ハ、ル……?」
……この声って隠れキャラのハル……だよね……?
ハルはこちらの方にツカツカと歩いて来たかと思うと、ハロルド様の腕をグイッと引っ張ってハロルド様の頬を殴った。
「カハッ!」
ハロルド様は、殴られた拍子で横に倒れた。
……ハルって意外と強いのね。
「アリーヤ様、大丈夫ですかっ!?」
ハルはそう言うと、私のところまで来て抱き締めて来た。
……え? これは一体どういうことでしょうか。
「怖かったんなら泣いても良いんですよ? 僕しかいないのだから。ほら、こんなに震えて……。」
言われて気が付いた。私の体は驚く程に震えていた。止まったと思っていた涙も溢れ出して来た。
「…………うっ、ひっく、うぅ……ハルぅ……!」
「うん、沢山泣きな。」
◇◇◇◇◇
「……う?」
どれぐらい経ったのだろうか。泣き疲れて、どうやら眠ってしまったらしい。それもハルの腕の中で。
……え、フィアンセがいるのに男と二人きりでしかも、男の腕に抱かれて眠るってヤバくない?
「……ん? あ、起きた?」
私が起きたことに気付いたハルが声を掛けてくれた。
「そう言えば、そろそろエドマンド様が来ると思うよ。」
……えっ嘘!?
顔がサーッと青くなっていくのが分かる。
「アリーヤ!! 大丈夫かっ!?」
エドマンド様が焦った様子で部屋に入って来た。私は慌ててハルから離れようとした。が、ハルは私を抱き上げた。つまり、『お姫様抱っこ』して来たのだ。そして、私をエドマンド様のところへと連れていく。
「エドマンド様、彼女はハロルド様に襲われ掛けて心身共にぼろぼろです。フィアンセとしてケアして上げて下さい。」
ハルはにこりと微笑みながら言い、私をエドマンド様に預けた。
因みに、ハロルド様は護衛に捕まった。
「アリーヤ……ごめん。私がついていなかったばかりに……。」
エドマンド様は私を抱き締めながら言った。
「……エドマンド様のせいじゃないですわ。」
……私を愛してくれる人を傷付けてしまった。
もう二度とこんなことが無いようにしよう。私はそう決意した。
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