第4話

 あの時の私は、いつも楽しくなかった。誰かを傷付けて、私も傷付いていた。自分が悪いのに、泣いてばかりいて、自分だけが不幸だと思っていた。


 けれど、そんな私はもういない。私は変わったんだ。私は、私を不幸だと思わない。


 自分に誇りを持っているから――――………。








 ◇◇◇◇◇








「……りん! ……香凜!」




 誰かが私の名前を呼んでいる。前世の私を……。声のする方に手を延ばしてみるけど、全然届かなくて、私は少し泣きそうになる。










「……アリーヤ様!!」




 気が付くと、私の手はマーティン様に握られていた。どうやら、夢うつつになっていたようだ。私はマーティン様に手を離して貰って、なんとなく顔に手をやる。


 すると、顔は涙で濡れていた。


 どうやらここは、私の屋敷の、自室みたいだ。




「……マーティン様、ご心配を掛けて申し訳ありません。えっと、何があったんですか?」




 私がマーティン様の方をアメジスト色の瞳で見て言うと、マーティン様は、文字通り顔を曇らせた。


 ……何か言いにくいことでもあったのかしら?




「……実は、誰かがアリーヤ様に攻撃魔法を仕掛けたのです。それは、上位黒魔法でとても強力なものでした。」




 ……え、待って。何が強力なの? 私、何処も怪我して無いわよ?




「攻撃魔法と言っても、相手を怪我させるものではありません。」




 ……凄いわね。私が思ったことを言ってくれたわ。


 でも、相手を怪我させない攻撃魔法ってなんだろう。精神を破壊するものとか……他に何があるのだろうか。




「それは、強力な睡眠魔法でした。」




 ……え!? 睡眠!? それって攻撃魔法に入るの?


 私が首を傾げていると、マーティン様は補足してくれた。




「何故睡眠魔法が攻撃魔法かと言われているかと言うと、相手が眠った隙に攻撃をするからです。それと、一応言いますが、アリーヤ様は、睡眠魔法をかけられただけでなく、攻撃もされてましたよ。」




 ……えぇ、嘘!? いつ?


 私が混乱したのを見てか、マーティン様はまた説明した。




「忘れたのですか? アリーヤ様は気絶する前、何かに弾き飛ばされ、床に倒れたじゃないですか。」




「え? あぁ、あれね。」




 すっかり忘れてた、という感じに言うとマーティン様は呆れたように溜め息を突いた。


 ……うぅ、だって、仕方がないわよ。


 なんて、内心言い訳していると、ドアがノックされた。その音を聞いたマーティン様は、ドアに素早く視線を向ける。


 ……そんな警戒しなくても大丈夫だと思うけど。


 そんなことを思いながら私は返事をする。




「はい、どうぞ。」




 |ガチャリとした音とともに入って来たのは、ヴィクトリア様だった。




「アリーヤ様、気分は如何いかがですか? 授業中に攻撃魔法を仕掛けられたと伺いましたが……。」




「えぇ、大丈夫です。心配して下さってありがとう存じます。」




 私はついついアッシュブロンドの髪を弄りながら言ってしまう。だが、ヴィクトリア様はそんなことは全然気にしていなく、ただ良かった、とだけ呟いた。思わず、私はヴィクトリア様の顔をまじまじと見てしまう。


 ……何でそんなに私のことを心配できるのだろう。あんなに嫌がらせをしたのに。……それより、そろそろ一人になりたいな。


 其処で私は、一人芝居をすることにした。




「こほこほっ。」




 さりげなく咳をした。その瞬間、二人は信じられないものを見た、というような顔をした。




「アリーヤ様!! 大丈夫ですか!?」




「え? えぇ、だ、大丈夫よ?」




 ヴィクトリア様の剣幕に驚きながらも答えると、ヴィクトリア様は心底安心したという表情をした。


 ……何がいけなかったのかしら。


 セリーヌがいれば、二人に帰ってもらうようにお願いしたのに。そう思っているとセリーヌが本当にやって来た。


 ……セリーヌ、凄いわね。エスパーなのかしら?




「ねぇ、セリーヌ。私、少し疲れてしまったわ。」




 微笑んで言う私。すると、セリーヌは何か察したようで、ピンクスピネルの目を細めて言った。




「分かりました。マーティン様、ヴィクトリア様、アリーヤ様はお疲れのようです。お帰り願えませんでしょうか?」




 最後には微笑みも忘れずに。


 ……おおぅ、流石だ。


 マーティン様とヴィクトリア様は一度、私の方を見た。




「申し訳ありません。私としたことが、アリーヤ様の体調に気付けなくて。それでは、失礼致します。」




「わたくしも失礼させて頂きます。今日は本当にありがとう存じます。」




 二人は、お別れの言葉を言って帰って行った。チラッとセリーヌの方を見ると、セリーヌはドアの方をじっと見つめている。


 ……それより、この後何をしようかしら? 自室から出来る限り出たくないのだけれど……。そうだわ! このままずっと、引きこもりライフを送りましょう! 本を読んだり、色々自由にやるのよ。






 そう決意した私は、いそいそとベッドに潜り込んだのだった。

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