ユキちゃんVS喫茶店の人々
(あ、あのう……)
そういって、呼びとめる声がありました。ひと足遅れて、
「おにい?」
少女は男性に声をかけました。
「えっ……あの、俺おにいじゃないです」
しかし、黒目に触れんばかりの長い前髪を
「お、にい?」
少女はまた別の男性に声をかけました。
「……いえ、大丈夫です」
けれども、
「おに、い?」
少女はめげずにまた別の男性に声をかけました。
「…………。」
やっぱり、
誰も、彼女のよそおいについて
その日女の子は、「ユキちゃん。ちょっと~お
◆
ある朝、女の子はおうちの二階南側にある「使われていない部屋」にいました。というのも、そこはかつての住民が使っていた家具類や食器を一時避難させるための場所として長く利用されていたのですが、最近になりカスミさんのものぐさが発動して、単なる避難区画から、ちらしとか古新聞とかのいらない書類のたまり場となってしまったのです。女の子はそのなかから、先日カスミさんが見失ったという預金通帳を探していました。ああいう小物は紙類のあいだによく
ややもすれば当の犯人は、一階で家事に
20分後、女の子のてのひらのなかには長方形の通帳がしっかりと収まっていました。さすが、もの探しの名人です。これまでにもカスミさんがなくした車の免許証、回覧板、愛用の
「おっにっにーっ!」
るんるんとはずんだ心で、女の子は階段に向かおうとしました。すると、そのときふと、足元に転がっていた小さな
「いにお?」
若干伸びてきた、貝がらのような
値手のうらがわを見ると、東の
「おにいっ!」
彼女はいそいで階を
「どうした?」
カスミさんは、
「ににおにおにい、におにおにい」
「なるほど。
「おにい……」
「要するに、ユキちゃんは
「いにっ、」
そのとき、女の子はたしかに違うと言いかけました。もちろん言いかけたというばかりで、早とちりをしたカスミさんへ言外のところまでは伝わらず、「いいよいいよ。大賛成!
そして、
東の都市の
「いらっしゃいませ~え」
すると女の子の入店とほとんど同時に、受付のあたりから仮装喫茶の店員らしき少女がたいへんにのびやかな声で出迎えてくれるのでした。
彼女は典型的な
その、あまりにこなれた立ち居振る舞いに圧倒されて、「お、おにい!」照れくさそうに両目を
「おや~あ、これは、わたくしがお作りしましたものでは……」
「おにい……」
「ん? もしや
「にい……」少女に確認されて、女の子はびくびくした表情でうなずきます。
「ううむ、それは困りましたね~え」と、対して少女のほうは本当に困っているようにみえない
最初、そんな給仕服の少女からの言葉をうけて、女の子は大喜びするものだと思っていました。しかし実際は異なり、その場は
「あの、そもそもここってどういう喫茶店なんでしょうか?」
大人びたカスミさんに影響され、少女のほうも少しだけ表情をおだやかにしました。
「はい。ここは、看板にあるとおりミーティングカフェなので、あんまり人に聞かれたくない相談ごとや
「じゃあ帰ろうユキちゃん」
「待ってください~い! 店長さん事情がそうでもお店事情はちがうんです~う」
少女はからだの
「ちょっと、はなれなさいよ……」
「ぐへへ、そんな
「やめろーっ! まじでやめろ! 採寸するな!」
「ばすと71、うえすと64、ひっぷふめい」
「ばらすな~あああああ!」
「胸囲、脅威外~い」
「…………」その
◆
結局、説明書きは説明書きとしての価値を
「ユキちゃ~あん、お疲れ~え。どう? あんまりかんばしくない?」
お店の奥の控え室にて。汗をぬぐう女の子に、逆木さんが言いました。控え室は同じ空間内に服飾工房もそなえていて、そこではなんと、逆木さんを含む四名が(費用は
「――おにい?」
と、女の子は気にかけました。そして、どうしてこのように
「ん? やっぱり気になった?」女の子がうなずきます。「そっか~あ。かしゃかしゃっ……やっぱりユキちゃんてさ、普段からお
「そうね、なんていうか、これには
逆木さんは、
「も一つ言うと~おその
「お、おにいっ」
反射的に女の子は
「おい、ちらし!」
そのとき、朝から代わり映えのしない店先のほうより、
「ありゃりゃ、あの子は今日もあらぶってるねえ~え……かしゃっ」
声の主は
女の子は逆木さんと別れて、
ちょうどそこでは、不満爆発させた入着さんとなぜか
「悪いけど、ぼくは
そう吐き捨てると、
「学生のくせに、もう職人気取りかよ……」少々腹立たしげな表情で、カスミさんはつぶやきました。
現在の彼女は、日常の生活感あふれる
さて、カスミさんに
「おにい!」
女の子は従業員出入口に立ちはだかり、手前で作業する逆木さんと、奥にある事務机にどかんと座っている入着さんを外に出すまいとしました。彼女を見た逆木さんは楽しそうに
入着さんは女の子をにらみつけたまま、表情筋を少しも動かしませんでした。
しばらく無言の時間が続きました。それをどうにかしようと、逆木さんが軽妙に切り出します。「
「
入着さんの言葉は、たしかに実際の正しさをつらぬいていました。逆木さんも困ったようすでだんまりを決め込んだもようです。
「お、おにい!」
「部外者はだまってて。これはぼくたちの
「おにっ、においに、いにににお! おにい……」
「なんだよ、その言い分。あんたはぼくらの将来、保証できるの? 障害者だからって、図に乗るなよ。ぼくも君も同じ人間なんだ。苦悩は分かち合えない。だから君なんか、べつに
「こらこら~あお二人さん? 仕事中よ。これいじょう
「やぶへびじゃないか……」
と、やけにくやしそうに入着さんは言いました。
そのあと、専門職を目指す人たちの
カスミさんといえば気分転換に、東の
「さっきのは……ぼくも、言い過ぎたと思う。でも、ぼくたちは
入着さんは視線を、自分の手元に落としました。
「たとえ、あの子がこの店で働くことをたんに楽しんでいるだけなんだとしても……ぼくは、
「お……おにい?」
「ぼくの衣装?
長い
すると、そこに同様の
となりで聞き耳を立てた女の子が、入着さんに何かとたずねます。
「君のような一般人は知らないだろうけど、近ごろの
「つまり、ぼくたちの
「つね日ごろ、
「
「はい~、お
「お、おにっ」また、
そして、今日の女の子の
「……きみ。まだ、手持ち
女の子のもってきた
「そんなしじゅう動き回ってるくせに、まだ配り終わらないんだ? やり方がはんぱなんだよ。顔もぎこちないし。……ほら、半分くれ。手本見せてあげる」
入着さんは女の子の
「お、おにいぃっ……(満面の
もしかすると、これをやれということなのでしょうか。そうに違いありません。女の子も
女の子は勤務時間を終え、入着さんのもとにお礼をしに行きました。
「……何? まだ1日目なんだけど。明日はこんな雑用じゃなくて、れっきとした接客業務に骨を折ってもらうから」
入着さんは、声を張り上げていた
「百舌もいますよ~?」
「まあ、でも、あと一日の付き合いだから、せいいっぱい我慢しなよ。それと、一度駅に行って君の
そこで、彼女たちと別れた女の子は、約10分をかけて駅まで行きました。
駅周辺を見て回っていると、カスミさんもとっくのまえに仕事を済ませていたのでしょう、仮装のまま、大好きな
「あら~、ユキちゃん? お疲れさま~あ」
溶けた
カスミさんは
女の子いわく、
「そっか。そうだよね。今日はまるで
どういうこと?
「よくよく
「おにい……」
「ユキちゃんも、その服よく似合ってるよ~? あつらえたみたいで」
「にいに……」なんとなく、カスミさんのそのおふざけは心地よく、耳に残っていました。
お店に着いた二人は、店先でお客さんとおもわれる綺麗な女性と相対しました。女性は二人の
「……おにいっ、」
「ん?」
◆
8月24日。アルバイトをしに行きました。
お世話になったのは「ミーティングカフェ persona」。
なんとはなしに選んだはずのお店でしたが、店員のみなさんは並々ならぬ大きな決心をいだいて、業務をしていました。だからこの場所にきめたのかもしれません。
あそこのかたがたには文章で表現したくないくらい大切なことを教わった気がします。また自分から、いろんなことを経験していくべきなんだと。まだ生涯はもっとずっと長く、たどりつく先というか、どうやって終わればいいのか全然わかりませんが、今日やこれからの実感をたよりに進んでいきたいです。
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