カスミさんVS鷹梨
いつぞや、カスミさんが
あと、これは余談ですが、彼女には20代後半のお孫さんがいて。そのお孫さんには昔仲のいい女の子の幼なじみがいたのですが、しばらく離ればなれになっていました。ところが半年前、
◆
「おまたせー」
と、
「大丈夫。10分しか遅刻してないよ」
と、
「ちなみにぼくは5分の遅刻だったから、
「わたしはどうなるの……」
「うーん、罰金刑?」
「そんな理屈あるかっ!」
「ははは、冗談だよ。もう
そこはいわゆる
そんな彼女は青年の横に立ちつくしたままで、言いました。
「……ところで、なんなのこの店?」
その声は
「お店がどうかした?」
「あいかわらず性格悪いな……あと察しも悪い」
「だから何? どうしたの?」
「……もういい」
むくれ顔のままカスミさんは席についてしまいました。あたりは見渡すばかり、
「流行をくんで
太い吸上で容器の中味をあじわうカスミさんを、青年は見つめています。その目元は
……みたい、というのも、彼は笑うと口角よりさきに下の
「うんまあ、確かにおいしいけど。でも
「そういう飲み物だからね」
「今の
「なんとなく、」青年は
「まあそんな感じ」
カスミさんはわざと、ちゅうずといって音を立てながら中味を吸い上げました。
「あのさ、
「うん」
「介護福祉士には、いつなれそう?」
「うーん、もうちょい」
「そっか……」
「あーでも、これ以上経済面ではめいわくかけないよ! 最近、講義の合間々々に、
「生活費の面倒見られてる時点でかんぺき
カスミさんは今年の2月ごろから、鷹梨という青年のお金の世話を見ています。きっかけは彼女が今の一戸建てに住み始めたばかり、ある日の夕方。
あの喫茶店でふたたび顔を合わせた当時、両親の
しかし、今になり考えてみると、カスミさんは自分自身が母親・父親から経済的に自立できていないことを知っていたから、あのとき彼のことを否定できなかったのかもしれません。
今も昔も、彼の生活の
「でも、あんたって、実はあんまり紐っぽくないよね」
この言葉のうらがわには、
「そうなの?」
「そうよ。わたし以外に女の子だましたりしてない時点で、鷹梨はただのろくでなしってだけさ」
「あれ、カスミってぼくのこと好きじゃないの?」
「あんたというか、男全般が好きじゃない。だって男って女のこと何も知ろうとしないじゃん」
「ぐさっと来るなあ、その
彼も男の子ですから、自分にやさしくしてくれる女性は
「今日だってさ、いちおう身だしなみ考えて来てるんだよ? ……相手に気があるかどうかってのは関係なしに、女は着飾りたいし、気づかれたい生きものなのよ」
「あ、ああ。えっと……わ、
「おい。
カスミさんはふたたびふきげんな顔つきになります。
「ははは。ごめん……」
鷹梨くんはつかれきった目元で苦笑し、注文した
さておき、月に一度きりのおしゃべり会を
「いちおうさ、あの家って
「だからって、使える部屋ばかりなわけじゃないわ。昔のなごりで四畳半くらいの子供部屋があるんだけど、
「便所といえば、一階のやつは本当に
「あー、わかる。洗面器もりっぱでね。あの
カスミさんは呆れた目をしていました。こちらとしても彼女たちの話す内容が
「そういえばカスミ、今日、家に行ってもいいかな?」
と、鷹梨くんははずんだ声で聞きます。
「実は昨日、後輩の農林(高校)生から大量の野菜をもらっちゃってさー! 一緒に
あとからカスミさんがのぞいてみると、彼の足元には緑や茶色があふれ出そうになった
「このへんの農林って
「あ、」
「ほうほう、それに国産和牛とは……4
「そ、そうなんだー……! あっ、別に
「もし10代相手にきよい付き合いじゃなかったら、
カスミさんは叫びました。まったく――素朴なことばでしたが、その響きはそ知らぬ
「……もう帰ろう。
二人のどちらかが
◆
「あれ……ユキちゃんは?」
「さあ、車椅子無いし、一人で出かけたんでしょ。先に始めちゃおう」
「二人って実はかなり
「うーん、そこまではって感じだけど、間違ってないかも。歩くの好きだから」
カスミさん宅へとかえって来た二人は、南側にある日当たりの悪い小庭に出ると、まもなく
「焼肉なんて、何年ぶりかなあ……」
たいへん静かな場所で、カスミさんはぽつりと言いました。まだ18時台なので頭のうえの紺色の空に
「先月は
「本当よく覚えてるなー」と、中腰の
「だって、おいしかったんだもん」
「……そういえば、ぼくが来てないときって、カスミたちは
「あんた、わたしのことばかにしすぎじゃない? ほんとに、風呂はどうしてるのだの、飯はどうしてるのだの、男ってよけいなことしか言わないよねー」
「カスミ、ぼくの知らないあいだに、本当に性格ねじ曲がったね……」
鷹梨くんはにが笑い交じりにためいきを
「あのころは
「それは、わたしが
「そうかな、」
「たとえ鷹梨なんかに知られなくても、時間は流れてくものなんだよ」と、カスミさんは伸びをしてみせます。「どこかの
「そうだね……」
「現に、わたしは久しぶりに会った幼なじみが、今みたいな鷹梨になってて
「いやはやお見苦しいものをお見せしてしまって、申し開きのしようも……」
そんな社交辞令を口にして、肝心の料理にほとんど目もくれなかった二人のもとに――きこきこ、きこきこと、古びた
「ユキちゃん、おかえりー」
すると彼女は車椅子のままで真っ先にカスミさんへと近づき、「おにい。お」そう言って、カスミさんが普段身につけているはずの腕時計を返却しました。
「これ、ユキちゃんが持ってってたの?」
「……にお、にい」
「え? 『せっかくの
「そこまで言ってないよね、きっと」と、ふくみ笑いする鷹梨くん。
「あー、鷹梨おまえ、しいたけとしめじ買い忘れてただろー。どうりで味気ないと思ったわー」
カスミさんは
「別段ぼくから注文したわけじゃないからね……というか、しいたけは分かるんだけど、普通どこの焼肉屋に行ってもしめじは出てこないと思うよ」
「食べきれなかった分は
「はいはい、あとで買いに行くよ。まったくけちくさいやつだなあ……」
そこで一旦火を止め、ようやく三人は庭に広げた
「ユキちゃんさ、正午過ぎまで
「へえ、そうなの? ……そういえば、今日はやけにおしゃれな
「おにいっ!」
鷹梨くんに
「いや、これ
「おにーい」女の子は、満足げにうなずきました。覆留耳飾は
鷹梨くんは認識を
「そっか。うん、よく似合ってるね」
そして鷹梨くんは目つきを悪くして、笑いかけました。
そのときです。鷹梨くんの頭のてっぺんに、一つぶの巨大な
「ああーっ! 肉、置いてきたままだったあーっ!」
そんな雨の夜の話でした。
◆
翌朝、午前9時。
カスミさんは
いつか、彼女のおうちの階段は段差がなく段数の多い、障害者に配慮されたものだと記述したと思いますが、実際カスミさんにしてみればそれほど特殊性をおぼえる
また自然的な動きとして、その足は
なんとなく
すべらせた引き戸の下の
しばらくすると、壁を
「どう? ユキちゃん、おいし?」
鷹梨くんがたずねます。それへ女の子は
「昨日のお肉?」
と、カスミさんが鷹梨くんへ。
「そうだよ。
「一回焼いた肉を水洗いしてるから、手順逆じゃない……? いや、余分な油が落ちるっていう
「一刻も早くユキちゃんに食べてほしかったからさー、早起きしちゃったよー」
「ちょっと、なんで隣で寝てたわたしは、起こしてくれなかったわけ?」
「食われるかなと思って……」
「お
カスミさんは
すると鷹梨くんも、つられて眉毛をひそめほんとうに心配するような顔つきをしたのです。
「お前って、もしかして朝は食べない?」
「まあね。だから、おとなしくユキちゃんが食べてる
「なんだよ、回鍋肉作れって言ってたくせに。……
「はいはい。ありがと……」
そして鷹梨くんは一度台所のほうへもどって行き、やがて
またしばらくして、時計の長針短針が12の数字を指ししめそうとする
「もう行くの?」と、
「
鷹梨くんはわざわざ振り返ってから言いました。口調は、はずみを
「じゃあ、また来月ね。こんどもまた楽しいこと考えとくからさー!」
「はあ……別に、気いつかわなくていいよ」
カスミさんは呆れたような吐息をもれいでさせました。
「ていうか、遊べるほどお金があるんなら、わたしに借金する必要もないんじゃないの?」
「いや……。生活費は、まだカスミに負担していてほしい」
「どうして?」
「だって、これくらいしか会える
「……
カスミさんははだしで土間に下りると、「ほら。さっさ、さっさ」鷹梨くんの
――カスミさんには、彼の言葉の意味がよくわかりませんでした。
両開きの玄関扉を向いて、立ちつくすカスミさんに女の子はたずねます。
「おにい、おおにーい?」
「あ。うん。ごめん。ほんとっくだらないこと言われたからさ、ぼーっとしてた」
「おにい……」
またわたしにも、カスミさんと彼がぜんたいどういう関係なのか、よくわからなかったのです。いつかわかるとも思えませんでした。
◆
8月11日。わたしは、わたしのヒモで介護系の専門学校生である鷹梨と会合をした。
鷹梨は
とにもかくにも、彼の頭のなかには、予想だが将来設計なんてフレーズが浮かびようもないのだろう。回鍋肉を牛肉で作っている時点で、すでにはっきりしていた。おまえは油の摂りすぎでわたしたちがどういうことになるか想像できんのか、そう叱ってやればよかったという
さて、この日記を読むことに際して、いったい何の価値があるのかわからなかったけれど、
鷹梨を見放さない限り――あるいは、鷹梨がわたしを見限らない限り――わたしは自立することができないのだ。わたしたちは偶然にも同じようなタイミングで成長に行き詰まり、今のように子供の
さしあたって――わたしはめんどうくさがりなうえ、理屈っぽいんだろう。自分の気持ちがわからないから、こうして言い回しは
ユキちゃんはわたしにあいつのことを聞かなかった。どう思っているんだろう。と、気にならないわけがなかったけれど、やっぱりわたしは、聞かれないことで安心していた。
今年中に、あいつとの付き合いに決着をつけなければいけない。長ったらしい文章を締めくくるにはあまりに
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