カスミさんVS太陽
きょうの日は、また歩いて東の都市にある
そういえば近年、水泳は
だ、としても、これからのおはなしに先述の認識は必要ありません。
単純な場面として、たとえば、しとしと雨の降る日に雨傘をさすように、さんさん光の
彼女たちはきっと、そんなふうに気の向くままに頭のうえを動き回ってくれるはずですから。
◆
「ユキちゃんは家の
「おーにお」
透きとおる頭髪を風に、両脚の無いぶん
反対にカスミさんのほうが、虫刺されを気にしてか気温にかかわらず重ね着しているみたいでした。上は綿製で
「だよね。じゃあ好きなだけ、思いっきりはしゃぎなさいよー。何せ、あのおっきな水たまりには何しても、誰からも怒られないっていう魔法がかかってるんだからな!」
「おっにーっ!」
けれどもしかすると、同調して楽しそうにしている女の子よりもずっとカスミさんのほうが遊泳地で遊ぶことを待望していたのかもしれません。その
◆
その市民遊泳地には、まず競泳練習向けの
「障害者手帳のご提示をおねがいします」
「あー、はいはい」
一方で
そんな状況を
「はい。どうぞー」とお姉さんが返してくれたのは満面の笑みでした。
「まったく……」と、カスミさんは対照的になんともしぶい表情を浮かべていました。
お姉さんに背を向けるや
「おぉにい」
「仕方なくなんかない! もうっ、
そんなことがあっても、うっすらと
さて肝心の水着ですが、やはり
「ユキちゃーん! 早く来なよー」
カスミさんが声高らかに言いました。すると女の子は屋外水槽の出入口からにゅっと、前のように浮き輪を引きずって歩いてきます。
ひとまずこれで準備は万全。と、思いきや、カスミさんはどうにも得心できないという目で女の子をにらみつけていたのです。
「あのさ……さっき競泳水着わたしたよな? お古のやつ」
「おーにいっ」
「知らないわけないでしょ。……まあいい。
カスミさんは心から女の子の競泳水着を着た姿を見てみたいと思っていたのでしょう。煮え切らない態度でしぶしぶ、女の子を
小水槽には、大きく分けて
「きゃあっ! つっめたーい!」
と、カスミさんが猫なで声と
カスミさんは頭に疑問符をうかべながら、女の子のほうを振り返り言います。
「怖いのか? ほら、大丈夫、下にちゃんと赤台敷いてあるから」
しかし女の子はふるふると
「うーん……それじゃ、これならどうよ?」
と言って、安心させるように胸のまえで両手を広げます。
それを見て女の子はだまりこみました。たとえ浮き輪なんてあったところで、赤台の
ばっしゃーん! しぶきを立てながらも、カスミさんはちゃんと女の子を受け止めきりました。
「おお。頑張ったねえ。じゃあ、次は水に慣れる練習だなっ!」
と、隙間をあけず女の子を右手に持ち変えたカスミさんは、ほうり出された浮き輪を
見事女の子は浮き輪の穴に(お尻から)はまり、さらに勢いあまって大波を起こしたのでした。カスミさんはそのようすを見てとてもむじゃきに笑っていました。
それから女の子は二度ほど
お昼の休憩は1時間もすると終わりましたが、
「やっぱ、持って20分前後か。
カスミさんは苦しげな目つきでおでこを押さえつけます。
「あの……大丈夫ですか?」
「む――」
カスミさんは1秒して、自分が誰かから声をかけられたことに気がつきました。
さらにそれは聞き
男性は、ともすると高校生にも見えてしまう20代前半くらいの容姿でした。髪は
カスミさんは「大丈夫です」と返しました。男性は「でも、肌が
「何を隠そう、わたしは
「ああ。なるほど……遠くから見たとき、最初は全身まっ赤な
「ばかにすんなよ、少年……」
「ははっ、いや……」
カスミさんの肘に小突かれて、男性ははにかみ笑いを浮かべました。
それからしばらく、二人が無言でいるあいだに天気はよい方向にむかっていって、5分もすると灰色の雲間に陽光が差したのです。
「晴れてきた……」
「そうですねー」
「こっち(皮ふ)もはれてきた……」
揃って、のんきに空を見上げていた二人のもとに強風が吹きつけます。
「
と、とっさに立ち上がった男性に、カスミさんは何も声かけしませんでした。更衣室にある自分の服を取りに行った彼はすぐに走って戻って来ました。そして手に持った青の
「ごめんね……」
「それはそうと、過敏症なのに、どうして?」
「最後に(公共の
「お風呂とかどうしてるんですか?」
「その聞き方はさすがに、悪意あると思うんだけどな……」
「あっ……すみません」カスミさんににらまれた男性は即座に
「いやね、これには程度のちがいってものがあるのよ? 水道なんかは飲み水にもなるくらい、最低限の塩素しか入ってないのに比べて、いろんな人が
「なるほど」
「だ、か、らっ、お風呂は毎日入れるのよっ!」
カスミさんは念を押すように声を大きくしました。
男性は苦笑するしかなかったでしょう。
何はともあれ、そのあとも二人は歓談していました。
しかし途中で、男性が目前のしつこいお
「ああいえ。実は俺、あいつらに、
「はっ? わたしに?」
「えっ、そうですけど、」
「あの子じゃなくて?」と、カスミさんは連れ立った女の子を引き合いに指さしましたが、
「うーん……」
「うちの妹なんだけど」
「そうですか……」と、男性には難色を示されてしまったのです。
「どうして? って、やっぱり、脚か?」
「そうですね……それも、あるかもしれません」
「……そっか」
「あ! でもっ――」
「ほんと、あの子にもいつか、彼氏とかできてくれるのかな……」
肩を落として、
「ユキちゃんってけっこう美人だけど、
「えっと、その言い分だと『全部お姉さんのせい』ってことになりそうですが」
それを聞いて、カスミさんは固まってしまったのです。考えてみれば、これまで自覚していなかった欠点を、ほかの人に指摘された(
「……そういえば、さっきは
「あー、それは……かわいいな、って言おうとしたんですよ」
思えば、とても
「でしょ?」
「はい。あとなんていうか神秘的で」
「うんうん!」
「でも、そうですね……かわいいけど、なんとなく好みじゃなかったですねー」
「……ぷ! ああそっか。青春してるなー」
「むしろ、お姉さんはどういう人が好みなんですか?」
「むしろってどういうことよ……」静かに、カスミさんは男性をにらみました。
「このまま帰ったら俺、針の
「なるほどね。掛けたわけね」
「はい。掛けました」
「ちなみに今の
と、カスミさんはもとの中空に目を転じたのです。「ええ、そんな……」と、男性。
「まあね……たぶん、そもそもだけど、わたしは男ってものにほとほと
「どうしてですか?」
「そりゃあ周りに
「えっつと……つまり?」
「君はわたしに、いっしょにいたいなーとか思わせられなかったってこと。だいたい
「ぐさっ。な、なかなか言われますね……」
「まあね。だって
カスミさんは立ち上がり、男性に借りていた上着を脱ぎました。「ごめん、これ濡れちゃってるね」「気にしないでください……」男性も、それで誘惑の
1時間後、カスミさんは女の子と着替えをすませて施設の外に出てきたとき、ふたたびあの男性を目にしました。けれど
それでもカスミさんは動じずに、車椅子を押して彼のもとへ行こうとしましたから、男性のほうはさぞや嬉しかったことでしょう。結局、仲間に
「どうも……」
「あー。こちらこそ、さっきはどうもー」水際とはうって変わりカスミさんは、軽薄なあいさつで迎えました。「どやされはしなかった?」
「はい、おかげさまで」
「別にわたしあ何もしてないけどね」
「いえ、とても大事なことを教えてもらいましたよ。『いっしょにいたいと思わせてくれる相手が必ずしも異性である必要はない』、
男性は
「ついでに考えたんですけど、世に言う男女交際が必ずしも結婚につながっている必要もまたないんじゃないかって」
「はーん……それってさ独身者へのいやみか何か?」
「あっ、いやそんなつもりは……」
「もういいよ。早く帰りなー」
カスミさんに呆れられると、男性はしょんぼりしてしまいます。
するとまるで
「なんでこう、男ってユキちゃんを子供あつかいしたがるかなあ……?」
それはたとえどれだけ思案したとしても、カスミさんやわたし、そして当の女の子自身にも理由のわかりそうもない
◆
「ユキちゃん、
これは、
女性の生理用品というと、お恥ずかしながらわたしには
ところで女の子はどうして、自分に生理が来ていることも承知のうえで、
「なあ、ユキちゃーん……今さらだけどさあ、やっぱり他の日にすればよかったんじゃないの?
百貨店内にある薬局の生理用品区画を、車椅子とともにめぐるカスミさんは、けだるい声で目下の女の子にたずねました。どうやら
カスミさんはてきとうな
「これ、けっこう処理とかめんどうだよな。自分でいつもやってんの?」
ふるふる、と女の子は首を横にふります。
「そっか、」
すると、やはりどうして彼女はひどい生理痛に慣れない対処をしてまでも、この日を選んだのでしょうか。「なあ……そこまでして、本当にユキちゃんは、
ぶんぶん、と女の子は頭を縦にふります。
「どうかなあ……」
たとえ青い顔をしていても女の子は全力で意思表示をしてくれました。しかし、そのときのカスミさんは心から
◆
きっと、生理による貧血や頭痛でよわっている女の子を元気づけるためなのでしょう。
夕方カスミさんは女の子を百貨店のなかにあるお
「気にするな、じゃんじゃん食えよ!」
その言葉に
「おーにいー……」
お腹がふくれたおかげか女の子の顔色は、
だから、気分転換に、カスミさんは向かいあわせの
「なあユキちゃん、遊泳地の
「ぉにい?」
「何って、ユキちゃんの
と、カスミさん、身を乗り出して聞く。ついでに
「におにお」
と、
「じゃあどんなのが
「おにににい、おーにおー」
「ないわけないでしょ! もおいいこの話盛り上がらないわ、会計しよ……ぁ、ああっ!」
と、財布を出したカスミさん、中身をみて声を上げる。
(どうやらお金が足りないらしい)
「どうしよう……」
カスミさん、頭をかかえている。
――彼女たちがそういう事情でしたから、少し後ろの
「カスミさん。こんにちは」
わたしは、自分の伝票をもって彼女たちの席に行きました。
すると不安な顔のカスミさんはすぐにもわたしに気づき、まるで神さまでもおがむように「ああ、助かった!」と言われたのです。もうすでにわたしが支払いをする結果が、お皿洗いの妄想の
ところで、先ほど一部(身を乗り出して~させられている想像まで)文体が
さて、お鮨屋さんでの偶然な出合いの話に戻りますが、彼女たちからあとちょっとだけお腹に入れておきたいとかわいげにお願いされたので、(さらに、仲良くなれる機会でもあったため)わたしは自分の好きな
「けっこう回転ずしとか来るんですか?」
カスミさんに聞かれ、わたしは「いいえ。でも、たまには
「へえー。わたしのほうは、ユキちゃんに無理させちゃったからそのお
「なるほど……確かにお
(無駄づかいはだめですよ!)
言葉は心のなかに
そういう謝罪の気持ちと、ざっくばらんなカスミさんに色々なものごとの奥行きを知ってもらいたい一心で、わたしは食卓の上の
「
カスミさんが順々に読み上げます。ですが、なんといじらしいことに、彼女の隣に座りなおした女の子も、せりふのお尻を追うように口をぱくぱくさせていました。
「全部白身っすね……」
「ええ。この老体に、
「ふーん……そうですか!」
と、カスミさんは
そのあと彼女が見せてくれた、お鮨をほおばったときの
そして、東の都市から、わたしたちの住居に帰る道の途中。わたしに、カスミさんたちが
「おにい!」
「ほらね。こうやってごまかすんですよ。なんで生理中なのに
しびれを切らしてか、質問するカスミさんの声からは怒気さえ感ぜられました。
「まあまあ……考えてみれば、カスミさんは人間関係に少し
「そんなことないですよ! このまえだって町内会の、」
「わかっていますよ、頑張っていることは。人間ぎらいではないですものね」
当たり
結局、女の子が予定と体に無理をいってまでも、カスミさんを遊泳地に
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