第14話 親友の異変


―――


――その日の夕方


 俺は大西と二人で病院に行こうと校門を出ようとした時、先生に呼ばれた。


「蒼太!ちょっと……」

「何ですか?」

 その先生はサッカー部の顧問だ。ヤバイな……レギュラーの事かな……

「その…何だ。レギュラーの事なんだが……」

 ほら、当たった。


「今回は廉の事もあったし、気の毒だがレギュラー諦めてくれんか。」

「……わかりました。しょうがないですよね、部活もろくに出てなかったし。半分覚悟してました。」

「そっか……じゃあ廉が治って復帰したら二人でレギュラーの座、勝ち取ってくれ。」

「はい……じゃ、さようなら。」

 先生に軽くお辞儀をして、待っていてくれた大西と共に校門をくぐった。


「何の話だったの?」

「……レギュラー外されてもうた。廉が治ったら二人で勝ち取ってくれって言われたけど俺……」

「大丈夫だよ。廉君の病気もちゃんと治って、そしたら二人共レギュラーになれる。また二人でプレー出来るよ。」

「……うん。」

 複雑な気持ちになりながらも笑顔で頷く。

 沈みかけの夕陽に向かって、俺達はゆっくり歩いていった。




―――


「先生!早く来て下さい!502号室です。」


 病院の廊下を歩いていた俺達の耳に、看護師の声が飛び込んできた。

 ……って、502号室?まさか!?


「廉……!」

 考えるより先に体が動く。大西をその場に置いて俺は502号室、廉の病室に急いだ。

「廉!!」

 ドアを勢いよく開けると、そこには酸素マスクと色んな管を取りつけられた廉の姿があった。周りを取り囲むように細川先生と数人の看護師が立っている。

 廉は俺に気づいて顔を少しずつ動かしてこちらを見た。その瞳はとてつもなく悲しい色をしていた。


「そ…うた……?来て、くれはった……んか…?」

 ほとんど動かなくなった口でそう言う廉の姿に、目頭が熱くなるのを感じた。

「何でや……何でこんな急に…?」

「昨日の夜から熱が上がって今日までずっと下がらないんだ。咳も止まらなくて自発呼吸も弱くなった。私の見立てよりも病気が進行していたようだ。」

「そんな……俺の…俺のせいや。俺が連れ出すような事したから!」

 細川先生の言葉に溜まらず叫ぶと、先生は俺の肩に手を置いて首を横に振った。その時廉のか細い声がした。


「お前の、せいちゃう…よ。実は…少し前から……体調、よく、なかった……んや。」

「やったら!何で無理したん!?」

「言った、やろ……そうたには…幸せになって、もらいたかった……やから……」

「廉……」

 廉の健気な友情に、ついに俺の涙腺が崩壊した。


「そうた……もっと、こっちに来て…くれへんか…?大事な話…があるんや。」

「何や?話って。」

 廉に手招きされてベッドに近づく。

「俺…もうダメ、かも知れん……せやから最後、の俺の姿……そうたに見ていて…欲しい、ねん……」

「最後って、お前なぁ。冗談きついで。」

「冗談…や、ない……」

 認めたくない俺に廉が真顔で言う。その顔は妙に静謐で、俺は息を飲んだ。


「そんな…廉には生きていて欲しい。一緒にいて欲しい。二人でサッカーしたい。……最後なんて、言って欲しくない!今まで通りずっと…ずっと二人でっ……!」

 人前だという事を忘れるくらい、俺は取り乱していた。滅多に涙を見せた事のない俺が、ぐちゃぐちゃになりながらも泣いていた。


「泣くな……俺、はおまえの……笑った顔がみ…たいねん……」

「廉……」

「な…?わらっ……て、くれ…や……」

 廉の願いを叶える為に涙でいっぱいになった目をこすって、今まで生きてきた中で一番の笑顔を見せる。すると廉も同じように笑った。その笑顔は、今まで俺が見てきた中で一番の笑顔だった。


「俺、廉に報告したい事ある。」

「……なん、や…?」

「大西。入ってきて。」

 ドアの外にいる大西を呼ぶ。大西は戸惑いながら入ってきた。


「俺の気持ち、ちゃんと通じたで。今日から俺の…彼女や。」

「そっ…か。よか、ったな……蒼、太……」

「うん……」

「あ…加奈、ちゃんに……伝言…あんねん。聞いて…くれる……か…?」

「何や?」

「俺の、事……考えるゆうて…くれ、て……ありがと……って。それと……ごめ、ん…って……」

「わかった。ちゃんと伝えるよ。」

「よかっ…た……」

 そう言って微笑んだ後、廉がゆっくり瞳を閉じた。


「おいっ!おい、廉!ど、どうしたんですか?廉は……」

「落ち着いて、蒼太君。廉君は眠ってるだけだ。」

「そう、ですか……良かった。」

「でも予断は許さない状態である事は確かだ。抵抗力も落ちてるし、このまま熱が下がらなかったら……」

「下がらなかったら……?」

 先生の深刻な表情に嫌な予感が膨らむ。隣の大西が俺の右手をぎゅっと握った。


「ここ2、3日が山です。」

「…………」


 足元がガラガラと崩れる感覚が俺を襲った……



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