第8話 親友のエール


―――


 その頃――



「ねぇねぇ、今日加奈子さぁ、蒼太君と一緒に帰ってなかった?」

「そう言えば二人で教室出ていくところ見たな~。加奈子ってば今日一日あたし達の中に入ってこなかったけど、何かあったのかな?」

「もしかして蒼太君と付き合ってるとか!?」

「えーー!まさかぁ!?」

「だってあいつ前から蒼太君の事気に入ってたし、この間裏庭でコクってるとこ見ちゃったんだよね。」

「げっ……マジで?あいつ本気だったんだ……」

「っていうかあたし思うんだけど、あいつと蒼太君って絶対似合わないよね。だってあいつって性格悪いもん。蒼太君が好きになる訳ないし。」

「だよね~」


 放課後の教室で女子のほとんどが加奈子の悪口を言っているのを、一人だけ離れた所から遠巻きに見ている人物がいた。


「……くだらない。」


 その人物はそう小さく呟くとそっと席を立ち、音も立てずに廊下の向こうに消えていった……




―――


「良かったな。廉、あんなに喜んでて。」

「そうだね。あたし、あんな廉君初めて見た気がする。」

「……俺もや。」

 二人で顔を見合わせて微笑む。と、その時――


 加奈子がちょうど通りかかった曲がり角で誰かにぶつかった。勢いが良すぎて二人共派手に転ぶ。俺は慌てて加奈子に駆け寄った。


「おい!大丈夫か?」

「平気。あ、でもあたしよりこっちの人が……」

 加奈子に言われて道路に尻もちをついている相手に手を差し伸べた。俺って紳士的やん。


「すいません、こちらの不注意で。大丈夫ですか?」

「あ、あれ?……もしかして絵理?」

「え!?」

 加奈子の声に改めてその人の顔を見ると、それは俺が密かに恋焦がれている大西絵理やった。


「わ!ななななな何でおおおおお大西が、ここここここここにいるのでござるのですか!?」

「何でって……学校の帰りだけど?」

「あ……そうでございますか。どうも……」

「……はっはーん。なるほどね。ちょっと蒼太君。」

 突然の大西の出現に戸惑う俺を見て加奈子はピーンっときたらしく、俺の耳に口を近づけてきた。

「な、何や……」

「あたしの家はすぐ近くだし一人で帰れるから、蒼太君はちゃあんと絵理を送ってくのよ。じゃあね、頑張れよ!」

 と、とんでもない事を言いやがった!


「え……ちょっとまっ…!」

 止める間もなく加奈子は既にいない。はやー……

 しゃーない。大西を送ってくか。


「お、大西。送ってこか?」

「いいよ、私の家すぐそこだし。じゃね。」

「……えぇ~~…?」

 茫然とする俺をその場に残し、大西は数歩歩いて目の前の家に入っていった。


「ホンマにすぐそこやな……」

 俺の呟きは沈んでいく夕陽に吸い込まれるかのように消えていった……



「あーあ……せっかく会えたのにあまり話せんかったな。」

 俺は一人淋しく家に帰ってきて自分の部屋に重い足取りで辿り着く。バッグをそこら辺に投げ捨てて、勢い良くベッドにダイブした。


「あーあ……」

 両手を組んで頭の下に置きながら、さっきと同じため息をついた。その時バッグの中の携帯が鳴る。


「……ん?何や、電話か。もしもし?」

『蒼ちゃーーん!』

「うわ!れ、廉?」

 携帯から飛び出してきた廉の大声に慌てて耳を塞いだ。


「ちょっ!お前大丈夫なんか?病院で携帯使って……」

『蒼ちゃん、遅れてんなぁ。今は病院でも携帯OKなんやで。』

「そ、そうなんか……」

『そんな事より加奈ちゃんから聞いたで。今日大西と会ったんやって?』

「あいつ……っていうか、いつの間に連絡先交換したんだよ。」

『まぁまぁ。それよりどうやったん?大西との放課後デートは。』

「どうもこうもあらへんよ。すぐ目の前が大西の家でさ、さっさと入ってった。」

『ははは!それは可哀相やな。』

「笑うな、アホ。」

 爆笑している廉の声を聞いてる内に俺もおかしくなってきて二人でしばらく笑い合った。


『まぁでも今日の事をネタにして、明日話しかけてみればええやん。家の場所もわかったし一緒に帰る約束取りつけるとか。』

「は、はぁ?そんなん出来る訳……」

『出来る訳ない、じゃなくてやるの。蒼太には……幸せになってもらいたいから。』

「廉……」

『蒼ちゃんはヘタレやしわかりづらいからちゃんとアピールしないと気づかれへんで。特に大西みたいなタイプは直球でいかな。』

「う、うっさいな!ヘタレちゃうわ!」

『はいはい。とにかく頑張れや。応援しとる。』

「……サンキュー。お前こそ頑張れや。加奈子、満更でもない様子やったぜ。」

『あ、そうや!加奈ちゃん大丈夫かいな。』

「何が?」

『クラスの女子から悪口言われてるって話。加奈ちゃん誤解されやすいし素直じゃないから良く思わん人もおるやろうけど、人の悪口は言うたらあかん。本人が聞いた時どんだけ傷つくかわからん訳でもないやろうに、何でそういう酷い事が出来るんやろ……』

「…………」

 廉の悲痛な声に何も言えない俺。沈黙が続いて堪えきれなくなった時、明るい声音が鼓膜を揺らした。


『加奈ちゃんに言うといて。素直になってみたら、案外簡単に大事な物を取り戻せるって。』

「……わかった。伝えとくわ。」

『じゃな。』

「じゃ……」


 廉が言いたかった事の意味は何となくわかったけれど、加奈子が実際に実行出来るかどうかは俺には想像出来なかった。



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