甘果実の国

 偶然通りかかった砂漠にその国はあった。

荒れ荒んだ砂漠、盗賊による略奪が多い中唯一安全な、豊かな水源と食物に溢れた「オアシス」というべき国だった。旅人の私はとても歓迎され、食べ物や踊りでもてなされた。

 この国は、少し前まで紛争や略奪が横行する少数民族の一部だったという。

あるとき「神の果実」を発見し、豊富な栄養を含むそれによって、ここまで美しい国に繁栄したという。蝶を紋章とするこの国では、民の誰に聞いてもみな「ここは”美しさ”を尊ぶ国だ」と言った。装飾品なども美しいが、確かにこの国にゴミはない。どんな汚物も、死骸でさえ、近くに果実の種を植えると跡形もなく消えてしまうらしい。

 神の果実は、一見ドラゴンフルーツに似たトゲトゲの果物だった。たけのこ状に包まれた花弁の内側に、果実が埋まってる。割ると粘性のある薄透明な白色のジェルに満たされていて、それだけ見ればライチの果肉にも見える。種芋で育つというので、これでも芋の一種なのだろう。そのまま傷つけずに植えれば芽が出てくる。

 この甘い液体は食用だけでなく、様々な資源として使われている。加工して他の食べ物にもできるし、灯油のように燃やすこともできる。多様に使い道があり、国の誰しもが利用できるほどの数出回っているが、全体のほとんどは富裕層の菓子や、麻薬に変わっている。煮詰めて濃縮した液は麻薬に変化し、ひどい依存性がある。果実への依存は、国の繁栄の象徴であると同時に、国を脅かしてもいる。

 表面に重なっている花弁はあまり役に立たない。鑑賞用にするかそのまま捨てている。人が食べても美味しくない。動物も何故か食べないので、家畜の餌にも使えない。


 その後、旅人はこの国を離れ、付近の村や盗賊から伝承を聞いて回った。



 彼の国は昔、蟲を精霊と崇めて信仰していたという。蟲とは具体的には蜂や蝶などの花粉媒介者・送粉者である。

 元々は”神の果実”の花蜜を蜂に媒介させて作った蜂蜜を食していたのだが、それだと少量しか採れない上栄養もあまりない。もちろんのこと麻薬成分も分解されてしまう。

 戦争で民族が統合された後、伝承を知らない者が花を割って果実を直接掻き出したのが、始まりだった。


 その花は遠い国で天国に咲くという蓮の花に似ている。

 人や動物が死ぬと、種もなくそれは生えてくる。胸や頭からするりと伸び、みるみるうちに死体はなくなる。命を種とし、花をつける。花が開くと蜂や蝶によって、もしくは蚊などによって、花粉が運ばれる。

 果実は結実ではなく、命を分解し、生命を次の段階に受け継がせる器官である。そのため、溶液内の人間は魂の上ではまだ生きてる。媒介する蝶や蜂は精霊であり、魂を花から神の国に運ぶことができる。おそらく巣に運び、蜂蜜や幼虫を作る過程で魂が肉体(溶液)から離れるのだろう。


 もうすぐ王国に人はいなくなる。美しいまま、美しさを保つために、と言って。次の魂を運ぶために。

 美しい王国は、美しい花でいっぱいになった。

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短編 あまぎ(sab) @yurineko0317_levy

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