第7話 密室で先生とドキドキ体験♪

「乙藤先生……月見里です」


「は~い」


 場所は社会科準備室。

 昼ご飯を食べ終え、俺は携帯を返しにもらいに乙藤先生のもとへ向かった。社会科の先生達の居城ということで緊張したが、社会科準備室の中にいたのは乙藤先生だけだった。

 乙藤先生は食事中だったようで、サンドイッチを食べていた。

 すいませんと謝ると、乙藤先生はいいよ、いいよと手を振って自分の場所の隣の椅子に座るよう促した。


「ちょっと待ってね。すぐ食べ終わるから」


 出直す訳にもいかず俺は促されるまま先生の隣に座った。

 流石大人だなと思わせる優雅な佇まいで食事をするも、小さな口だからかなかなか食事が終わらない。それでも乙藤先生は一生懸命にサンドイッチを早く食べようとしている。小動物の食事を見ているようで可愛らしいのだが、どうやら俺が見ているせいで焦らせているようだ。

 俺は乙藤先生から視線を外し、周囲の風景を興味深そうに見る。社会科準備室というだけあって、地球儀やら黒板に貼るための大きめの地図やらプロジェクターの機械、それに学術書らしき本が所狭しと置かれている。社会の授業で使われたこともあるそれらはここに収納されていたのかと変な感動を覚えてしまった。


 で、乙藤先生は今さっき手にしていたサンドイッチを食べ終えたようで、そそくさと弁当箱をしまったのだが、その弁当箱にはまだ一切れサンドイッチが残っていた。


「いいんですか? 待ちますよ」


「ありがと。でも、お腹いっぱいだから大丈夫」


 むん、と力こぶを作って大丈夫アピールをするのだが、スーツで肌が見えないので強そうに見えない。むしろ、子どもが背伸びして大人アピールしているようにさえ思えてしまう。


「で、月見里くん」


「はい」


「授業中に携帯をいじるのはいけないことだと思うの」


「はい」


「私の授業がつまらないから仕方ないかもしれないけどね、だからって……」


「違います」


「え……」


 先生の言葉を遮って、俺は否定の声をあげる。誤解されてはいけない部分だから、声に力を込めて言う。


「先生の授業がつまらないことなんて全然ありません! 俺が悪いだけです!」


 そう。悪いのは俺だ。

 授業云々は関係ない。ただ、頭の上に現れる数字が気になったせいで、授業に身が入らなかっただけだ。そして、そのことは先生に関係ないことで、授業中勉強しなくていいという免罪符にもならない。そもそも数字が気になって仕方がないのなら学校を休めという話だ。


 だから俺は真意が通じるように乙藤先生の目を強く見て訴えかけた。

 乙藤先生は俺の視線に真っ向から受け止め、嘘がないとわかったのだろう。頬を少し赤く染め、目がキョロキョロと泳ぎ、手で髪をもじもじといじり始めた。


「え、えと、その。ありがとうございます」


 そして、乙藤先生は顔を赤くしたまま俺に頭を下げた。

 どうやら照れているようだ。そりゃ面と向かって、授業がつまらなくないと断言する生徒がいたら嬉しいだろう。教師冥利尽きるというやつである。


「え、えと……その、ね。じゃあなんで携帯弄ってたの?」


 答え辛い質問が飛んできました。

 事実をありのまま言うわけにもいかず。かといって、嘘を言おうにも言い訳が何も思いつかない。

 仕方がないので、顔を少し伏せて反省しているように見せかけながら口を開く。


「……知的好奇心を抑えきれずに?」


 我ながら酷い言い訳である。

 知的好奇心あるなら授業に向けろよと言われたらごもっともと謝るしかない。

 これで納得する人がいれば見てみたいものだ。叱られる覚悟で乙藤先生の言葉を待つ。


「……そう」


 ……どうやら目の前にいたらしい。

 えぇぇぇと内心動揺しながら、顔をあげて乙藤先生を見ると、先生は何かを考えるように視線を逸し、もごもごと何かを呟いていた。頬は赤いままであり、乙藤先生はまだ落ち着きを取り戻してはないらしい。

 そして、考えが纏まったのかキッと眉根を上げこちらを見通すように俺の瞳を強く見た。その強さは視線を逸らすことを許さない。なんとか抵抗しようと目でなく、目の周辺に注目する。人と話を聞くときは鼻の辺りを見るとよいと聞いたことがあるが、どうしても視線が乙藤先生の泣きぼくろに目がいってしまう。真剣な表情なのに色気を感じるのはなぜなのか。

 ゴクリとツバを飲み込む。それは、先生の真剣な表情から繰り出される言葉への緊張か、ただ大人の魅力にやられたのかわからなかった。

 視線を固定されて五秒が過ぎた。長いような短いような五秒が過ぎて、先生は意を決したのだろう。口を開いた。


「あ、あの、ね! も、もしかして、か、かか、彼女ができた!?」


「はへ!?」


 その強い視線と、意味不明な言葉によって俺は間抜けな返事が出てしまった。

 何を言ってんだこの人という俺の視線に、乙藤先生は焦ったように説明する。


「そ、そのね!? 付き合い始めた人とかは携帯を弄る人が多いの! ほんとーに多いの! 先生も先生やってるから、そんな生徒沢山見てきたの! 真希ちゃんに聞いたら「きっとその生徒、恋人ができたはず」って言うの! 酷くない!?」


 マシンガンのような、土石流のような言葉の連射。

 それは張り詰めていたものが崩れ、止められるものは何もない無双状態。


「そ、そうですね……と、ところで。真希ちゃんって誰ですか」


 とりあえず、曖昧に頷きながらツッコミを入れておく。

 乙藤先生は俺の疑問にポンと両手を合わせ答える。


「真希ちゃんはね、先生の友達で今OLやってるの!」


 知らんがな。

 というより、同僚の先生ですらないのか。参考にしていい人物かわからず、あははと乾いた笑みがでてくる。


「恋愛マスターでね! 恋愛については私に聞けっていうくらいすごい人なの!」


 はぁ、そうですか。

 マスターじゃないけど、恋愛経験豊富って魅力になるのか、ならないのかわからない言葉なんだよなぁ。付き合った人が多くても、結局は別れたわけで。一度も結婚していいと思った人物に出会えてないもんな。


「相手が二次元なら、百発百中! 付き合えない男はいないって自慢してた!」


 仕様だよ! それ、ゲームの仕様だから!

 ゲームにでてくる男なら付き合えるようになってるんだから!

 そりゃ、サブキャラとかだったら付き合うルートはないかもしれないが……。だからって、その真希ちゃんのことを評価することにはならないのだが、乙藤先生は頼りにしているようだった。

 そして、乙藤先生の頬の赤みはそのままに照れから興奮状態に移行した。

 止めるものは何もない。止めなきゃいけないこともなんのその。


「とにかく誤解です。俺に付き合っている人はいませんよ」


 この話を終わらせるべく、俺は真実を言う。

 我が身の恥をさらすようで気恥ずかしいのだが、強がりを言うわけにもいかない。

 そう。同年代を見たら、付き合っている人のほうが少ないのだ。彼女いないことは恥ずかしいことはないはず。

 

 俺の言葉に、乙藤先生は目を輝かせ俺の肩をガシッと掴んだ。


「そうよね! 月見里くんは朝比奈さんに断られたもんね!」


「え……?」


 限られた人しか知らないはずの告白劇をなぜか、乙藤先生が知っていたのであった。


「完全無欠に! 容赦なく! 一部の余地もなく! 断られたもんね! これで脈があると思ったらストーカーの類だもんね!」


 あの……嘘告白でも、結構傷つくんですけど。

 俺の冷たい視線に、乙藤先生はようやく何かおかしいと気づく。


「あ!!」


 乙藤先生は言ってはいけなかったことだったと悟り、目を大きく開き口元に手を当てる。


 そして、驚いた顔も可愛いなとか他人事のように考えてしまう俺であった。

 携帯を取りにきたはずなのに何がどうなってこうなったのやら。

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