第6話 このクラスの男子はクズしかいねぇ!!

 気がつくと、なぜか人の頭上に数字が見えるようになった。頭の少し上に小さく一桁の数字が表示されるのだ。時々、振動したり数字が増えたりするから訳がわからない。

 最初、何が起きたかわからなかった。ついでに、今もよくわかっていない。

 俺しか見えない数字らしく、他の人にこの数字はなんだと聞いたら病院を紹介された。

 漫画やゲーム、ライトノベルを友とする身。異世界に転生されたいという願望を常に抱えた中二病患者である俺はこの程度の異変に動じることはなかった。


 インターネットで同じ症状はないかと必死に検索するも答えはなく、知恵袋に賢者の助言を求めるも親身な感じで病院を紹介された。

 三人寄れば文殊の知恵。一人より二人。二人よりも三人。三人よりももっと沢山の人が寄ればよい知恵が浮かぶのではないかと掲示板に書き込んだのだが、意味不明とかイタズラ乙と書かれ本気にされず煽られる始末。ガッデム! 神はいなかった!


 この作業は授業中にこっそりと携帯を開いて行われていた。勿論、授業なんか聞いてない。それどころではなかったのだ。普段、授業以外のことに集中していても勉強の範疇は逸脱していなかった。なので先生も大目に見ている部分があった。しかし、このときは携帯を弄っていたため、遊んでいると思われても仕方なかった。先生が注意してもおかしくない。


「授業を聞いてよ~」


 頬を引っ張られる感触と共に、注意というか苦情というか泣き声に近い叱責が聞こえてきた。

思わず頬が引かれる方に顔を上げると、世界史の先生兼担任の先生でもある乙藤おとふじ姫乃ひめの先生が頬を膨らませていた。

 

 乙藤先生は教職に就いたばかりの先生で、年が俺達にかなり近く先生というよりお姉さんの方がしっくりとくる人だ。緩やかにカーブした髪と垂れ目が彼女の優しそうな雰囲気をより一層強化させる。優しさだけではない。目元にある泣きぼくろが不思議と色気を醸し出している。そして、見上げる位置にあるので嫌でも目についてしまう彼女の山脈。登山家でもないのに制覇したいと思わせてしまうそれは、母性というか色気を極大まで高めてしまっている。

 

 まぁ、何が言いたいかというと生徒、とりわけ男子生徒に絶大な人気を誇る先生だったりする。この授業で寝る生徒は皆無であり、今この瞬間も先生の好感度を少しでもあげようと授業に真剣に取り組んでいるのである…………俺を除いて。


「ちゃんと授業を聞いてね」


「……はい」


「よろしい。あ、ほっぺが赤くなってるね。痛かった? ごめんね」


 乙藤先生が俺の引っ張っていた手を離したかと思うと、そのまま俺の頬を擦った。それはいい子いい子と幼子をあやす感じに似ていた。ひんやりとした冷たい感触は心地よく、柔らかな指の腹の触感は頬が磁石のようになったかのように肌に吸い付いた。


「月見里テメェ!」


「月見里、見損なったぞ!」


「この授業一分ほどの価値のないおまえが! 死ね! 死んで償え!」


「先生、俺も実はサボってます! めっちゃサボってます!」


「先生! 俺、めっちゃ眠いです! 授業受けたいけどめっちゃ眠いです! 寝たくないけど、寝たら起こしてください! 肩を優しくゆすって起こしてください!」


 男子の罵詈雑言が飛び、自分も頬を引っ張られたいと授業をボイコットする男子が雨後の竹の子のようにポコポコと現れた。そして、愚かな男子を見る女子の目線が冷たい。特に原因となった俺を見る目が一層冷たい気がする。

 ……解せぬ。


 先生はも~っと頬を膨らまし「月見里くんのせいだからねっ! めっ!!」と叱って、俺の頭をポンポンと優しく叩いた。どうみても叱っているというより親愛の情にしか見えない。

 あいつ上手いことやりやがってと身に覚えのない罵倒が飛び、その声に同調するように怨嗟の叫び声がより一層強くなる。そして、丸められた紙くずが俺に投げられた。

 ……冤罪だ。冤罪がこのクラスに蔓延っておられるぞ。


 先生も教育者の立場の人間として、ビシッと言ってあげてください! 悪いことをしたやつは裁かれないといけないのです!


「あ、携帯は没収ね。学校に持ってきてもいいけど、授業中に使用しては駄目。お昼休みまで先生が預かっておきます」


 ……ホワイ?

 何も悪いことをしていない……わけではないが、没収される理由も理解できるけど! 理不尽すぎじゃないかな!? この件に関して発端になったのは俺だけど、被害者も俺のような気がするよ? 授業を妨害している真犯人はあの馬鹿そうな男子達では!?

 だが、無情にも俺の携帯は没収される。


「イェイ!」


「因果応報とはこのことだ!」


「さすが、先生! 先生の授業を聞かずに携帯をいじるとかクズのすることですもんね!」


 呆然とする俺を肴に男子達は俺に対する処罰に喝采をあげ、ハイタッチを交わす。

 悪が野放しにされ、弱者がますます苦しむ世界がそこにあった。どこの世紀末なのだろうか、ここは。

 あと、最後のやつ、先生にアピールするのはいいが普段お前も授業中に携帯いじっているだろう。他の人もしかりで、その人達のことも罵倒しているのでクラスに敵を作っているに等しい。特に授業中に携帯を触れたことがある女子陣からの視線が一層冷たくなっている。


「…………」


 ふと、横を見ると苦笑する朝比奈さんと目があった。女子のほとんどは冷めた目で男子達を見ていたが、朝比奈さんはどうなのか。少し恐怖で身構えてしまったが、朝比奈さんは俺と目が合うと、声に出さず口パクで大変だねと俺を労ってくれた。


 聖女がここに顕在していた。

 俺を正しく被害者と理解してくれる人がすぐ近くにいた。それだけで救われた気がする。

 俺はこのとき頬が緩んでいたのだろう。理解者を得たことと、それが朝比奈さんであったことに。言外の喜びを噛み締めていたのだから。


「むぅ~」


 鋭い視線が俺を貫く。

 発生源は教壇に戻った乙藤先生。叱られたばかりなのに、隣の席を向いて授業に集中していなかったたからか、ご機嫌斜めだ。眉をひそめこちらを凝視してらっしゃる。

 慌てて姿勢をただし、授業を聞く姿勢を作ると乙藤先生はくるりと反転し、授業を再開した。


「ふぅ……」


「ふふっ」


 横からの苦笑に肩をすくめて答える。

 だが、朝比奈さんと喋っているとまた怒られてしまうので授業を聞いておかないとならない。だが、板書を取りながらも脳は違うことを考えてしまう。

 人の頭上に表れる数字はなんなのか。当然、このクラスの生徒にも表れている。大多数の人は2とか3だが朝比奈さんだけが6と他に比べて高い。傾向として、男子の方が女子に比べて数字が大きい人が多いが、それでも朝比奈さんより高い人はいない。

 ついでに最小は1でこのクラスにいる。誠一郎だ。

 そして、数字がついていない人もいる。教壇で授業をしている乙藤先生だ。いくら注意深く見ても数字が見えない。

 

 意味がわからない。

 この数字の意味はなんなのか。一桁なのも気になる。何かのカウントダウンかと思ったが、普段の生活を見るに数字が大きくなる人はいても小さくなる人はいない。かと思えば、翌日見たら数字が減少したりしているからわけがわからない。

 この数字が見えるようになった当初はパニックになったが、一日も過ぎれば慣れてしまった。特に危険な信号にも思えないし、むしろ意味のない数字に思えてきた。


 危険性はないと信じているが、文字通り目についてしまうので精神衛生上、この数字の意味はなんなのか知りたい。

 知りたいのだが、推理するための情報が足りなさすぎる。俺に表示されている数字はなんなのかなと思って鏡を見ても、何も表示されていなかったりする。

 ますますよくわからない話である。


「ははっ、災難だったな、義之」


 授業が終わり十分の休憩時間に入ると、誠一郎が近寄って来てそう話しかけて来た。


「なに部外者ぶってやがる。罵倒の中にお前が言ってたやつもあるだろう」


「ははっ。乗るしかないからな、このビックウェーブに」


「このクラスの男子は俺以外クズしかいないのか……待て、握手を求めるな」


 俺は断じてクズではない。

 あと、俺の横を通っていった横山くん、通り過ぎる際に親しげに肩を叩くのはやめたまえ。背中を向けたまま親指を突き出してサムズアップする意味もわからないぞ。


「みんな乙藤先生に憧れているんだ。だから、つい感情的になって殺意を飛ばしてしまうんだ。許してやれ」


「許せるか。殺意飛ばしてる時点でやべぇよ」


 世の中、ヘローとナイフ片手にやってきた人を飲みに行こうぜと誘えるやつはいないだろう。そんなやつがいたら見てみたい。


「それに、義之は朝比奈さんの隣だからな。恨まれるのは仕方ない」


 お隣の席の朝比奈さんは教室にいない。トイレなのか別の教室に行っているのかはわからないが、不在なのは確かだ。だから、誠一郎はおおっぴらに朝比奈さんの話題をだした。


「くじ引きのせいだからな。俺が自主的に勝ち取ったものでないものを恨まれてもはた迷惑だ……って悪い」


「ん?」


 俺が謝ったのを誠一郎は怪訝な顔をする。

 視線を教室の扉に向け、朝比奈さんがまだ帰ってこないのを確認してから、声を小さくする。声を小さくしたのは他の人にこの話が漏れないように。朝比奈さんに聞かせたくないのは絶対条件だが、他の人にも聞かれたくない。


「朝比奈さんのことが好きなんだろう。それなのに、まるで隣で迷惑な感じで言ってしまった。すまん」


 自分の好きな人を下げられて喜ばない人はいない。気を悪くしたであろう誠一郎に俺は謝った。

 俺の謝罪に、誠一郎は少し鼻の穴を大きくしてフッと勝ち気な笑みを浮かべ、


「律儀だな。全然、そうは思わなかったぞ」


 俺を許してくれた。


「それでもだ」


 朝比奈さんの隣で迷惑だったかと改めて聞かれると、首を振ってしまう。

 朝の五分の時間も、距離が近いために話は弾む。そのお陰で告白後の方が仲良くなった気がする。

 くじ引きは運であるが、その運を天に感謝したいほどである。だから、その幸運を迷惑と言った方が間違いなのである。だから謝った。誠一郎とここに不在である朝比奈さんに向けて。

 要するに自己満足なのである。律儀ではなく、ただただ自分のために。


「この席もお前に譲ればよかったな」


 この席でよかったことは確かだが、友人の恋路を邪魔するほどではない。欲しがるのなら、誠一郎にこの席を譲るのが一番よかったのではないか。黙ってくじを交換すれば他の人にバレないだろうし。


「いや、いいわ」


「そうか」


 誠一郎は誠の字の通り、誠実なのであった。

 たとえバレなかっとしても、不正をするのは自分が許さないのである。ここにいる男子はクズではなかったのだ! その潔白な魂に不正を持ちかけた我が身が恥ずかしく、居たたまれない。穴があったら入りたい。


「俺も朝比奈さんに振られたからな。気まずいわ」


「え? え? ……え、いつ?」


 困惑と驚愕が俺を襲い、思考停止する。

 俺が告白したのは数日前で、それを誠一郎に結果報告したのもその数日前。

 その際に、朝比奈さん攻略の助言を与えた記憶がある。

 ……うん、間違いない。

 すぐに解決する問題ではないから、機を見るに敏なりで動けとか……言ってないけど、近いニュアンスで言った気がする!

 決して、すぐ告白しろと言ったわけではない!


 …………え、何がどうなったら告白する展開になるんだ?


「つい、朝比奈さんを見たら抑えきれず」


「馬鹿な!?」


「乗るしかない、このビックウェーブって感じで」


「馬鹿か!!」


 ビッグでもなければ、ウェーブでもねぇよ!

 それに乗ったとしても玉砕の道じゃねーか! 俺が玉砕されたのを見て、自分ならいけるとなぜ思う!?


「あと、後輩の子に告白されたから、吹っ切る意味でも。朝比奈さんと付き合えたらという一縷の望みと共に」


「……で、今告白したやつとは……?」


「付き合ってる。ほら、これが写真!」


 見て見てと、携帯を広げると壁紙には誠一郎と見知らぬ女性が仲睦まじそうに顔をくっつけあいピースサインで写っていた。


「クズが!!」


 このクラスの男子は俺以外クズしかいなかった!

 誰だ、誠実だと言ったやつは! 告白されて返事を保留してキープ、別の子に告白して駄目だったからキープした子と付き合う。

 まことにクズの所業である。

 そして、付き合っている人がいるのに授業中俺に罵倒を投げかけてきた。

 まことにクズであると言えよう。これをクズと言わずになんと言う! もし、穴があったら誠一郎を突き落として埋めていたね!

 俺ならそんな不誠実なことはしない! 何度人生やり直しても絶対にそんなクズみたいなことはしないね!



 将来、その言葉がとてつもなく大きいブーメランになることを知らずに俺は胸中で決意をみなぎらせたのであった。

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