第3話 第一の刺客!?

「おまっ!?」


 とんでもないところから出現したせいで、ソファーからずり降りてしまった。

 

「な、なんで!?」


「文芸部員が文芸部の部室にいることは何もおかしくないでしょう」


 なんでもない風を装いながらロッカーから出てきた謎の美少女、というか俺の従妹でもありこの文芸部の後輩でもある各務原かがみはらかがみは対面のソファーに座る。

 頬が林檎のように赤くなっているので、本人も恥ずかしい場所から出てきたことは重々承知なのだろう。口調の冷淡さからこの話は終わりですと言外にほのめかし、話を変えようとする。

 優しい先輩である俺は、


「テスト期間じゃなく、ロッカーに入ってなければなー」


「ぐっ……」


 後輩の恥ずかしがる顔を見たくてわざと話をほじくり返す。


「そ、そんなこと言ったら月見里先輩だってそうじゃないですかっ!! テスト期間ですよ! 勉強しなくていいんですかっ!?」


「俺はそこまで勉強頑張るタイプじゃないからなぁ」


「それなのに頭がいいとかおかしいです! バグです。チートです」


 そんなこと言われても。普段、予習復習していたらなんとかなるもんである。朝比奈さんにつられ朝の時間勉強していたら小テストでも軽く平均以上が取れるようになった。


「で、かがみん……」


「かがみんって呼ばないでください!」


 この後輩、各務原かがみはかがみんと呼ぶと怒るのである。似合っていると思うのだが、本人は気に入らないらしい。わかったわかったと、俺はアメリカ人のように肩をすくめる。

 時々しか言いません。


「で、だ。なんでロッカーなんかに入ってたの? テスト前の儀式か何かか?」


 願掛けか何かだったら茶化すのも悪い気がしてきた。 

 常人には正気を疑う行為ではあるが、それでかがみんの気が楽になるなら俺は止めることもできない。ストレス解消の手段は千差万別。人に迷惑をかける手段ではないのなら否定する方が間違っているのではないか。そっと見なかったことにするのが人生の先達、あるいは優しい先輩ないのではないだろうか。


「いえ、そんな訳知り顔で頷かないでください。儀式でもストレス解消の手段でもなんでもないですから。笑うのも禁止です。即刻、そのニヤケ面をやめてください」


「じゃあ、なんで? 言ってくれないと想像の翼をバサバサ広げて飛び立つよ」

「ぐっ、小癪な……そ、そのっ……月見里先輩を驚かそうとしただけです」


 消え入りそうな声で答えた。そして、羞恥で耳まで真っ赤にしながらパンパンと膝を叩く。


「というより、月見里先輩が悪いんです!」


「俺が?」


「はい。誰ですか、あの男の人は! 月見里先輩を驚かそうとロッカーで健気に待っていた後輩は突然やってきた侵略者に対して恐怖に震えるしかなかったんですよ! ホラー映画で物陰に隠れ潜む人の気分を味わいましたっ!」


「侵略者って……そもそもロッカーに隠れなければ……」


「キッ!」


「す、すまん……」


「そもそも、私が初対面の男の人に対して喋れると思っているんですかっ!?」


「自信を持って言わないでくれ。あれで案外いいやつなんだぞ? 喋ってみたら楽しいかもしれないぞ」


「絶対ムリです!」


「あ、はい」


 かがみんは筋金入りの人見知りだ。俺も従兄という属性がなければこうして部活に入ってもらえず、話をすることもできなかった。いや、部活に入っても慣れるまでには時間がかかった。

 初対面の人には警戒心を抱き、打ち解けることは難しい。まったく話をしないというわけではないが、とりわけ初対面の人には心の内を話さず無難なことしか言わないのである。いわんや異性なら推して知るべし。


 しかし、一旦慣れてしまえばそれまでの態度が嘘のようになついたりする。小悪魔的な笑顔を浮かべ悪戯したり、構ってと袖を引いたりする。

 顔面的要素も相まって、まるで猫のようだなと思ったりする。


「聞いてます?」


 アーモンド型の目がこちらを上目遣いで睨む。私、怒ってますとアピールしているのだが、いささか迫力不足のため可愛らしい印象しか与えない。


「ああ、聞いてるよ。で、ロッカーに隠れて俺達の話を盗み聞きしてたと」


「盗み聞きとは人聞きの悪いです。たまたま聞こえてきただけです。私がいるのに先輩達が話し始めたのが悪いんだと思います。先住権を主張します」


「どうやってロッカーに入ってるやつに気づけって言うんだ……」


「……話をする前にロッカーを開けるとか?」


 どんな内緒話だ、それ。もし話し始める前に「ちょと待ってくれ」と机の下を調べたり、ロッカーを開け始めたりするようなやつがいれば、精神科に行くことを勧めるぞ。多分、強迫性障害とか診断されると思う。


「もし、その通りにしたら、隠れていた各務原と鉢合わせでめっちゃ気まずいんだが……」


 ロッカーを開けたら、真顔のかがみんがいるって軽くホラーだと思う。

 気がついてもそのままロッカーを閉めるしかない。


「え……ゴホン。それで月見里先輩が告白したという話でしたが」


「何もなかったかのように話を進めるな」


「それで月見里先輩が告白したという話でしたが」


「何もなかったかのように話を繰り返すな」


「それで月見里先輩が告白したという話でしたが」


「はい」


 NPCと会話をするってこんな感じなのかな。

 てこでも動かない雰囲気がしたのでこちらが折れる。先輩の心の広さといえよう。


「なんで自分の名前を書き間違うとか、小学生でもしないミスをしたんです?」


「傷口に塩を塗らないでくれる? 嫌味? それって嫌味なの?」


「い、いえ……純粋な疑問です。その、朝比奈さんっていう人のこと本当は好きなんじゃないかなーって思っていまして」


「いや、全然。憧れぐらいはあるが、恋愛感情はないな」


「ほう。憧れがあると」


「嫌な風に切り取るな。朝比奈さんは美少女だからな。男としてはいいなと思うことはしょうがない」


「なるほど。憧れが勢いあまって……ってことはないですね」


「当たり前だ。仮に好意があっても、友人の告白を奪って自分の想いを告げるほど落ちぶれてないわ」


「わかりました。では、もし……その朝比奈さんがオッケーだしたらどうするのです? 正直に事実を告白してごめんなさいって言うのです?」


「いや、全然。普通に付き合うよ」


「うわー」


「なぜ、引かれる!?」


「うわーうわー」


 うわっ。距離を若干取りやがったコイツ。本当に引いてやがる。


「さっき恋愛感情がないって言ったじゃないですか! なんで付き合うのです!? 不誠実ですよ、そんなのっ!」


「朝比奈さんは美人だからな」


「死ねばいいのに」


 絶対零度の瞳でそんなことを呟かれました。

 ちょっとその罵倒が癖になりそうなので、やめてほしい。


「ちょっと待って欲しい。言い訳をさせてほしい」


「はい……よっこいしょっと」


 そこで更に距離を取られるといささか傷つくのですか。


「これは俺だけという話だけじゃなくて、男全体に言えることなんだが」


 うん、ここ大事。

 もし朝比奈さんに告白されたら九割以上の男子がOKを出す自信がある。なので、これは俺個人がどうこうではなく、男という種族全体の問題だ。

 誠一郎も同じ考えのようで、朝比奈さんが俺の告白を受け入れたとしたら、その場合は仕方がないと付き合う許可を貰っている。嫉妬で攻撃するとは言うが、付き合っては駄目とは言わないのである。


「可愛い子や美人に付き合ってと言われたら、男は恋愛感情関係なく、うんと頷いてしまうものなんだ」


「うわー最悪です」


「待て。例えばアイドルとかに好きとか言われて、即拒否する方がおかしくないか?」


「えーー、そう言われたら若干気持ちはわかりますけど……けど、朝比奈さんはアイドルでもなんでもないですよ」


「男にとって、顔面偏差値が高ければ誰でもアイドルみたいなもんだ」


「やっぱりこの人最悪です」


 やっぱりとはなんだ。

 だが、男の真理なんだから女性の方には納得してほしいものである。女性が年を重ねるにつれ男の年収に重きを置くように、男は顔面偏差値とかスタイルに重きを置いてしまうものだ。女性は年齢によって男に求めるものが違うが、男は常に一定だったりする。これは女性が現実主義で男が理想主義ということなのか……うん、深く考えるのはやめよう。


「きみは恋愛を宝島か何かのように考えているのかね」


「全然考えてませんけど。というか、その口調キモいです」


 芝居かかった口調でそう諭そうとするも、一刀両断された。

 返す刀で罵倒される始末。

 くそぅ。

 恋愛とはただ性欲の詩的表現であると言ったのは誰だったか。昔の偉人の考えは若いには受け入れられないらしい。

 くそぅ。


「私、顔とかお金持ちだとか気にしませんよ。愛があればいいんです、愛があれば」


「小娘が」


「なんで罵倒されるんですか……」


 はぁ、と少女は深くため息をついた。

 そのため息のつき方は、まるで出来の悪い生徒どう教育しようか思案し、困り果てるそれであった。


「月見里先輩、いいですか」


「はい」


 改まって真剣な表情をされたので、こちらの佇まいもちゃんとする。

 姿勢を伸ばし聞く姿勢に。


「人間は顔ではありません。中身です。胸なんて飾りです」


「いいえ……じゃなく、はいです。はい」


 普通に本音が漏れて睨まれてしまった。

 説教中は、相手にはいと答えるのが鉄則だ。相手が黒と言えば黒、白と言えば白。別にディベートしているわけではないから、相手を打ち負かす必要はない。叱られる立場の人間は台風が過ぎ去るのを頭を低くして耐えればいいだけの話だ。

 ……実践できるかはまた別のお話だが。

 つい、反射的に声がでてしまう。


「月見里先輩はすぐ美人がー、美少女がーって外側だけを見ますが」


「いや、中の人も大事よ。声優とか重視するタイプだし」


「ちょいや!」


「目が、目がぁぁ~~!!」


 ちょっと茶化したら制裁が飛んできた。

 目がーと叫ぶ俺をよそに、後輩はいいですかと神妙に話を仕切り直そうとする。

 あの、ちょっと心配してくれませんかねぇ……。目がしょぼしょぼする。


「二次元の話は脇に置いておいてください。あ、声優の話は完全に同意です。ないがしろにしてはいけません。キャラに合ってるか合ってないかは重要ですよね。今季のアニメはその点安心して見ていられます! あ、月見里先輩知ってます? あのアニメ実写化するらしいですけど! 私、ちょっと今から楽しみでなりません。ドラマだったら家でも普通に見れますし!」


「実写化かぁ……しかし、実写化ってアレだな」


「実写化反対派ですか? 月見里先輩ともあろうとも者が情けない。確かに原作とは違う部分もありますが、それはそれと楽しむのがファンです。なーに、酷い出来だったらネタにして愉しめばいいのです! 極論、良い出来でも悪い出来でも構いません。むしろ、中途半端に悪いよりも最悪な出来な方がいいかもしれませんよ?」


 それはファンなのか。ファンなのだろうなぁ……。

 楽しみ方は人それぞれということで。ついでに話が脱線してきてるので引き戻しておこう。


「いや、さっきの話と同じく。外側と中身って話だよ?」


「え?」


「実写化ってさ、登場人物って原作のキャラクターに似せてるじゃん?」


「そうですね。よく探して来たなっていうくらい顔や雰囲気が似てる人が多いですね」


「うん。パッと見ただけで原作のキャラを彷彿とさせるのは凄いんだけど、演技は……ていう人がいるよな」


「あぁ……いますね。俳優の人だったら演技が自然な人が多いですけど、芸能人だったら微妙な人がいますよね」


「そうそう。棒読みとかされると、一気に冷めてしまって、見てられない。もう似てなくも演技出来る人に変えたいいんじゃないかと思ってしまう」


「わかります。お芝居なのに、演技力がないがしろにされてるって言っても過言ではありません」


「原作の世界観を重視するせいで、演技の方は軽視されるようになった……ようは外側と中身じゃないかなって俺は思うのよ」


「ほう」


「似てる人を集めるのは大事だけど、やっぱりお芝居なんだから演技力も大切じゃないのかなーって」


 そりゃ、まず第一に注目されないといけないのだから、原作キャラに似ている人を集めるのは大事なんだけど、作品の質を向上させるのが一番大切ではないだろうか。

 勿論、理想論であることは百も承知であり、スポンサーとか大人のしがらみもあってそう理想のようにうまいこといかないのだろう。

 アニメの映画とか、集客目的で芸能人が声を当てるとかも同じ問題である。あれは集客や宣伝の目的で芸能人が声を当てているらしい。芸能人が声を担当するとマスコミにワイドショーなどで放送して貰え、結果宣伝費が浮くということである。そして、本来アニメに興味のない層でもその芸能人のファンなら映画を見に来てくれたりと副次効果もある。

 だから、演技力が劣っていても声優ではなく芸能人が声を担当するらしい。


 純粋な作品のファンからすると、憤慨する話ではあるが、映画をするにしてもお金はかかる。理想論では飯は食えぬ。だから、必要なことだと割り切るしかないのだ。まぁ、ファンはそれでもなんとかならないかと願ってしまうけど。 

 

「中身が大事なのは百も承知だけど、現実には外側を重視してしまう。これは異性にも言えるのではなかろうか」


「さんざん引っ張って、その言い訳ですか……」


「ある人は言いました。人間にとっての外見っていうのは、高校野球における地区予選みたいなものだと。内面こそが甲子園だと」


「ほう。つまり、優勝するために内面を磨けってことですね」


「いや、違う。地区予選で勝たないと甲子園に出場できないってことだ」


「…………」


 あれ? お気に召さないらしい。

 俺がこの話を聞いたときは、おおぉと納得したのに。女性は優しい人が好きってよく聞くけど、実際優しいだけの人がモテているとは聞かない。優しいだけじゃ駄目なんだと。

 つまり、甲子園に出場するだけの顔面偏差値を求められるのである。


「それを言ったら先輩は美人と付き合えないって意味じゃないですか? 甲子園出場校と直接触れ合えるのは同じ出場校じゃないと」


「…………ぐすっ」


「ああーーっ!! さめざめと泣かないでくださいっ! 嘘ですから、嘘ですからっ!! 甲子園は例えですもんねっ!? 現実の恋愛と違いますもんねっ!?」


「……俺は美人と付き合えるかな?」


「……それはちょっと」


「うぐっ……うぐっ……」


「ちょっと!? 本気泣きしないでくださいよっ!!」


 誰かが言った。

 男が泣いていい瞬間は三つある。

 ひとつ目は生まれたとき。ふたつ目は大切な人を失ったとき。みっつ目はアニメを視聴したときだけだと。

 全然その三つに属してないが、泣いていいと思う。


「あ、そうです! 私なんてどうです!? お情けで付き合ってあげますよ?」

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