探求せしもの
それから、私の戦いにおける心境は様変わりした。
以前は孤独に感情を動かさず、すべてを一人で行う戦いだった。
だが、ノエルが一緒についてきてくれるようになってからというもの、私は孤独ではなくなった。
彼に振った役目は主にその戦場にいる帝国や王国の兵、一般市民の統制などだったが、私の負担は大いに軽減することになった。
私の心は軽くなり、彼からの一言二言のわずかな賛辞は私を大いに奮い立たせた。
それに、たった一人で夜を過ごすこともなくなり、穏やかな夜を過ごせるようにもなった。
以前は寝食をほとんどとらなかったが、彼がいる関係上それも取るようになった。
だが、そのおかげでむしろ私は人間らしさを取り戻していっているように自分でも思えた。
彼とならどんな戦いでもできる。
私は、いつしかそう思うようになっていった。
「はあっ! ……ふう、今回はこんなものかな」
「おつかれさん」
その日も私は、とある村に迫っていた魔物の軍勢を駆除したところだった。
すべてを終わらせた私にノエルが声をかけてくれる。
「ノエル、村のほうはよかったのかい?」
「ああ、今回の村はみんな聞き分けのいいやつらでな。大人しくしてろっつったらみんな普通に大人しくしてくれたから、こっちに様子を見に来れたってわけだ」
「そうか。よかった」
「ああ、いつだかの村は大変だったからな……血気の多いやつがいて、俺も戦うなんて喚いて抑えるのが大変だった。ま、ぶちのめしたら黙ったが」
「ははは……」
つい苦笑いする。
私には取れない解決策だったが、それに救われたことも多々ある。
「……しかし、もう数ヶ月お前と一緒にいるが、一向に減る気がしねぇな、魔物達は」
「……そうだね。奴らは魔法陣から無限に湧いてくる。私のやってることなんて、結局は水際対策にしか過ぎないんだ」
「ちっ、面白くねぇ話だぜ……せめて、奴らの発生源の大元でもあってそれを叩いたら解決とかできればいいんだが」
ノエルの言うことはもっともだ。彼の言う通り、根源から叩かねば何も解決にはならない。
「……実は、そういう存在はあるにはあるんだ」
「は!? そうなのか!?」
なので私は、一応彼にそのことを伝えようと思った。
「『緑衣の女王』という魔導書があってね。それが魔物達をこの世界に媒介している役目を果たしているんだ。パイアスの一味……この世界を害そうとする邪な神を信奉する連中がそれを使ったらしくて、パイアスの自害はその儀式の最後の一ピースだったんだ」
私は埒外の存在に使役される立場になったことはノエルに伝えてある。
もちろん、私が転生した存在であることは伏せて、であるが。
それを伝えたとき彼は憤ってくれて、それがまた私の救いになった。
「そうなのか……そいつを読むと、お前みたいになれるのか?」
「なれるだろうね。読むことが神との契約になるから。でも、今はそれと契約するより、処分して永遠にこの世界から排除したほうがいい」
「じゃあ、それを叩けば……」
「ああ、今回の魔物達の出現は止まる。でも、その場所が分からないんだ」
「分からない? お前の力でもか?」
「うん。神と神の力がお互いに牽制、反発しあってその存在を秘匿しているらしい。故に、私個人では分からないんだ」
「そうか……」
ダグラスは考え込む。
でも、それで答えが出るはずもない。私はそう思った。
だが――
「なら簡単だろ」
「え?」
「お前一人で無理なら、仲間の力を借りればいい。お前は、俺達は、一人じゃねぇんだ」
「……で、でもそうすると迷惑が……」
「はっ、俺と一緒に散々戦ってきたのに迷惑も何もねぇだろうよ。それに、お前は今まで他人を遠ざけて一人で戦ってたけど、今はそうじゃねぇだろ? なら、今なら他人を頼ることだってできるはずさ」
「ノエル……」
ああ、彼は本当になんとたくましく、頼りになるのだろう。
私は目頭が熱くなる。
「よし、じゃあそうと決まればさっそく手紙を飛ばすぞ。アレックスと、ダグラスによ」
「……うん!」
私は彼の言葉に勢いよく頷いた。
◇◆◇◆◇
そしてそこからは早かった。
私達の願いを聞き届けてくれた皇家と公爵家、もといアレックスとダグラスは私に手紙を返してくれた。
簡単にかいつまめば「喜んで協力する」といった内容の手紙だ。
そして、会いたいとも書いてあった。私はその気持ちに同意したが、今は二人でできうる限りの事をやってからだと思った。
そして帝国の力、さらにはアレックスが協力を取り付けた他の国々の力を総動員した魔導書探しが始まった。
あらゆる国々が平和への願いを込めたその魔導書探しは、最初は難航したが、アレクシアがきっかけを見つけてくれたらしく、そこからどんどん芋づる式に情報が出てくるようになった。
その情報を元に、私達二人は魔導書を探していった。
ときには外れ、ときには次に繋がる情報が手に入った。
そうして止まっていた戦争の様相はどんどんと動き出していった。
もちろん、私達の魔導書探しを阻害しようと、魔物達の動きも激しくなっていった。
だが、それに屈する人類、そして私ではなかった。
魔物を楽しながら魔導書を探す。
その困難とも言える道のり。
だが、私達はその道程の先に、ついに行き着いた。
◇◆◇◆◇
「どうやら、ここがお目当ての場所みたいだぜ」
私は息を呑む。
ノエルと私は、ついに魔導書『緑衣の女王』がある場所へと辿り着いた。
そこは崖下に巧妙に隠された岩でできた神殿で、なるほど誰も気づかないはずだという場所だった。
「まさか、本当にたどり着けるなんて……ありがとう、ノエル」
「馬鹿、俺に礼はいらねぇよ。それよりも、アレックス達に会ったときに礼を言うんだな。頑張ってくれたのはアイツらなんだからよ」
「うん、そうだね」
私は頷く。
今回こうして目的の場所を見つけられたのは、ひとえにみんなの尽力のおかげだ。
そのことを思うと、私は心が暖かくなっていった。
「これが終わったら、またみんなに会いに行くよ。それで、礼を言って、またみんなと一緒の生活を送りたいな」
「そうだな。ま、アレックスとかは公的な立場があるからちょっとばかし難しいがな」
「ふふ、でも彼なら抜け出してきそうだけどね」
「はっ、そうだな」
私達は笑い合う。これより先の未来を疑うことを、私達はしていなかった。
「よしじゃあ神殿に入ろう。そして、魔導書を見つけるんだ」
「ああ」
そうして私達は二人で神殿に入っていった。
神殿の中は暗く、明かりで照らさないと道が分かりづらかった。
そして、その神殿の中には何体もの死体が転がっていた。すべてパイアスと同じ、敵対する神の信奉者のようだった。
「ちっ、胸糞悪いぜ……」
「そうだね……」
私は頷く。何十人もの死体の山を見続けるのは気持ちいいものではなかった。
そうやって進んでいくと、ついに最深部まで私達は辿り着いた。
最深部は魔法による緑色の明かりで照らされており、そこの中央にある祭壇に、その書『緑衣の女王』はあった。
『永久の暗黒』と同じく、人皮によって装丁された、禍々しき本だ。
「あれが……!」
「ああ、そうだよ。あれが『緑衣の女王』!」
私達はそれを見た瞬間、祭壇に向かって駆けた。いち早くその魔導書を焼き払うために。
だが――
「っ――!?」
「――グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
突如魔導書を覆う緑の炎。
そして魔導書と私達を隔てるように、巨大な魔物が現れたのだ。
曲がりくねった角を生やした山羊頭の巨人。
その名を私は知っていた。
「……バフォメット!」
その怪物の名はバフォメット。
大いなる力を持った高位悪魔である。
それほどまでの存在が書を守るために現れた。私は息を呑む。
「ノエル! 下がってて!」
「……俺じゃどうしようもなさそうだな、わかった!」
ノエルはすぐさま彼我の戦力差を理解し、私の指示を聞いて下がる。
そして、私は剣を地面に突き立て、背後にバリアを作る。
「さあ……やろうじゃないかデーモンっ!」
「――ガアアアアアアアアアアアアアッ!」
バフォメットは私の声に唸り声で応える。私とバフォメットの戦いは、そうして始まった。
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