再会
「銀の王子様! どうか私達を助けてください!」
帝国の西側に位置する村で、私はそこの住人にそう懇願された。
私は魔物に脅かされ、帝国軍も敗走しているという地域の救援にやってきたところだった。
村の近くにある古城に、強力な魔物が住み村に生贄を捧げるのを強要してきたという。
そして、それを拒めば村を滅ぼすと。
村人達はその魔物を恐れ帝国に討伐依頼を出し、つい先日やってきた討伐隊も一人も帰って来ないらしい。
そこで私が現れ、彼らを助けることになったのだ。
「分かった。これからその古城に向かおう。あなた達は家で戸締まりをしっかりして隠れていてくれ」
「ああ! ありがとうございます! これでこの村も安泰だ……!」
喜びの色を見せる村人達。
私はそれをただ黙って見ていた。
今の私は、喜び褒め称えられようと、私が嬉しくなることはなかった。
露骨に祭り上げられているとしても、不快感すらない。
ただ、敵を倒す。
今の私にあるのはそれだけだった。
「それでは私はさっそく向かおう。古城に住む魔物を倒したら戻ってくる」
村人達にそう言うと、私はランドルフに乗り、古城へと向かう。
少し離れた位置にある古城だったが、ランドルフを使えば一瞬で着く。
私は村人を怯えさせないよう村人の視線があるうちは普通の馬を走らせる速度でランドルフを走らせ、視線がないところで瞬時に古城前に移動した。
「ここか……」
古城の大きな門は閉じているが、今の私にはそんなものどうってことない。
私はその巨大な城門に片手を押し付け、軽く押す。
すると、城門はするりと開いた。
今の私に物理的な障害など意味はないのだ。
そうして私は古城の中を探索していく。
古城の中には多くの魔物がいるのを私は感じ取っていた。ゆえに、目的の魔物を倒す前にそれらの魔物を駆除していくことに決めたのだ。
「キシャアッ!」
私が歩みを進めると、どこからともなく魔物――インプとゾンビの群れが襲いかかってくる。
私はそれを軽く薙ぐ。
「ギシャアッ!?」
魔物達は醜い悲鳴を上げながら命を落とす。
そこになんの感慨もなく、まさに作業の如くだった。
そうして古城にいる魔物をしらみ潰しに殺していく。
完全なる流れ作業。恐るべき怪物をこんなたやすく屠る自分も、もはや魔物と何ら変わりない存在なのだということを私はふと思った。
「……ふっ」
それに自嘲的に笑ってしまう私。
「今更何を思っているのか。私なんて、とっくにもう化け物じゃないか」
『永久の暗黒』を手にしたあの日から、私はもはや人間ではない。
強大な力を行使する剣に過ぎない。
この三年の間、寝食をロクにとらずに戦い続けてきたのがその証左だ。
それを今更自分の人間性について考えるなど、バカバカしいじゃないか。
私は自分の馬鹿らしい考えをすぐに頭からふるい落とし、魔物達を倒していく作業に戻る。
そうして魔物達を駆除していると、私はとある通路の途中で立ち止まった。
「…………?」
そこはなんの変哲もない通路で絵画が飾ってあるだけだったが、私は悟った。
奥に、隠し部屋がある。そしてそこに、誰かがいる、と。
おそらくは討伐隊の生き残りだろう、と私は考える。
どういう経緯かは知らないが、敗走してきた討伐隊がこの隠し部屋を見つけ、逃げ込んだのだろう、と。
ならば救出するのが当然であろう。
生き残りがいるなら少しでも助けるのが私のやり方だから。
「よし……」
私はそう思うと絵画を動かし隠し部屋への扉を見つける。
そして、その扉を開け隠し部屋へと入っていく。
「……誰だ!」
扉を開け部屋の中に入った瞬間、私に声が飛んできた。中に逃げ込んだ討伐隊の一人が警戒して声をかけてきたのだ。
だが、その声を聞いた瞬間、私は久しぶりに動揺した。
なぜなら、その声は聞いたことのある音色をしていたからだ。
「その声、まさか……」
私はおぼろげな、しかし確信してその声のほうへと歩み寄る。
そして、そこにいたのは私の思った通りの人物だった。
「……!? お前、レイ、なのか……!?」
「そういう君は、ノエル、なのかい……?」
そう、そこにいたのは他の誰でもない、ノエルだった。
ノエルが部屋の奥で、武器を手にしながら座り込んでいたのだ。
「どういうこと……? どうして君が、こんなところに……」
「……そりゃ、ここに住む化け物を殺しに来たからに決まってるだろうが。まあ、失敗してこのざまだがな」
ノエルは自嘲気味に言う。
だが、その笑みにはそんな自嘲以外にも何か感情が含まれているような気がした。
「でも、死にかけたのも案外悪くなかったって、今思ったよ」
「え?」
「だってこうして、やっとお前に会えたんだからな」
私に、やっと会えた……?
彼の言っていることが、私には分からない。
「ノエル、それはどういうことなんだい……?」
「俺はな、お前に会うために軍に入ったのさ。お前はどうやら銀の王子なんて言われるぐらいには戦場を巡ってるそうじゃないか。なら、戦ってりゃいつしか会えるだろうなって踏んだのさ。が、まさか三年もかかるとはな」
「私に……会うために……」
そのとき、久々に私の心に感情というものが芽生えた気がした。
長らく忘れていた、感情というものを。
「……どうして」
「あん?」
「どうして、私のために……そこまで……」
「そりゃ決まってるだろ。その……友人だからな。俺とお前は」
「っ……!」
その何気ない一言が、昔の彼ならいいそうになかった一言が、私には、とても嬉しかった。
彼のその言葉を聞いた瞬間、私の感情は決壊した。
「う……うあああ……!」
「お、おい!? どうした突然泣き出して!?」
「なんでもない……なんでもないから……今は少し、こうして泣かせて……」
「……分かったよ。好きなだけ、泣け。ただし――」
彼はそう言うと、立ち上がって私を抱きしめた。
「っ!?」
「泣くなら俺の胸の中で泣け。その……お前の泣き顔、あんま見たくねぇからな。こうすれば、顔は見ないで済む」
「……うん! うん……っ!」
そうして、私は泣いた。
ほんの数十秒の間だったが、彼の胸の中で泣いた。
泣き止んだ後も、しばらく彼の胸に私は抱かれていた。
ノエルの腕の中が、とても暖かかったから。久々に味わう暖かさだったから。
「……ありがとう。もう十分だよ」
結局一分ちょっとの間、彼の胸を借りていた私はようやく彼にそう言って離れた。
「ああ、すっきりしたか?」
「……うん、おかげさまで」
私は彼に笑いかける。笑顔なんてこの三年間、作ってなかったな、そういえば。
「しかし、まさか私のために軍に入ってくれていたなんてね、あのノエルが……」
「……悪いかよ」
「ううん、とっても嬉しい」
少し赤面するノエルに私は笑う。
「そういえば、他のみんなはどうしてるんだい?」
「アレックスの野郎は第三皇子として城でまつりごとしてるらしいぜ。今のあいつは立派な王族だ。昔は泣かされてたみたいだが、今は上の兄弟に勝るとも劣らない威厳を発揮しているとかなんとか。ダグラスは、お前がいなくなった後のペンフォード家を守ってるぞ。あいつは執事だから当然だな。アレクシアとクレアはそれぞれアレックスとダグラスについてってる。二人も思うところがあるらしく、まあ頑張ってるよ」
「そうか……」
みんなの無事を確認して、私は嬉しくなった。
友人達はみんな生きて今も頑張っている。辛く苦しい状況だけど、そのことを知れただけでもよかった。
自然と顔がほころんでいく。
「……しかし、お前は変わらないな。三年前のまま」
「……そうだね。ノエルは変わったね。昔よりもたくましくなった」
ノエルの体つきは以前にもまして筋肉質になっていた。鎧の上からも、それが分かる。
「私はあの書を使って以来、体の成長が止まったからね。もう、今の私は人じゃないから……」
「……バカなこと言ってんじゃねぇよ」
「え?」
「人か人じゃないかなんて、勝手に思い込むな。少なくとも、今のお前は立派な人間だと思ってるぜ俺は。誰かのために東奔西走して頑張ってるお前は、間違いなく人間らしい心を持ってる。それが魔物と同じなんてありえねぇよ。お前はお前だ、魔物でも、祭り上げられてる銀の王子なんかでもねぇ」
「あ……」
どうして。
どうして彼は私の欲しかった言葉をくれるんだろうか。
彼の言葉が、すっと染み入って、心の隙間を埋めていっている。
「……ありがとう」
「あ? 礼を言われるようなこと、何か言ったか?」
「……いや、別に。ただ言いたかっただけさ」
私はそう言って彼に笑いかける。
これでいい。私と彼は、これでいいのだ。
「さて、それじゃあこの城の今の主を倒しに行ってくるよ。君はここに隠れてるか、先に村に戻ってくれ」
「おいおい何言ってるんだ。せっかく会えたお前から目を離すわけないだろうが。ついてくぞ、俺も」
「え、でも……」
「でもじゃねぇ。それに、今回だけじゃねぇ。俺はずっとお前についてくからな。お前はあちこちの戦場に行ってるらしいが、俺もついていかせろ。もう、二度とお前から目を離さねぇからな」
彼の言葉と目はそれを強く語っていた。
……これは、折れてくれそうもないな。
私はそう思った。
それに、その言葉は私にとっても嬉しい言葉だった。
「……分かった。でも、足だけは引っ張らないでくれよ」
だから私も、その言葉に甘えてしまう。
「へっ、せいぜい頑張るさ」
そうして私達はその城の主をしていたミノタウロスという魔物を倒し、城から帰還した。
こうして、私の旅に一人の仲間が増えたのだった。
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