銀の王子

 あの日から、世界は変わった。

 世界各地に魔法陣が現れ、滅ぼされたはずの魔物達が跋扈しはじめた。

 その数は加速度的に増え、昔話となっていた人類と魔物との戦争が再び始まった。

 現代に蘇った神話の伝承は、人々を否応なく苦境に立たせた。

 いがみ合っていた帝国と王国はこの緊急事態に手を結び、さらに周辺諸国も皆、足並みを揃え、魔物との戦いを始めた。

 だが、魔物の軍勢の勢いはとどまることを知らず、魔法陣から無数に現れる彼らに人類は防戦一方となっていた。

 そして、変わったのは世界だけではない。

 私もまた、変わり果てた。

 あの魔導書――『永久の暗黒』に目を通して以来、私という人間のあり方が変わった。

『永久の暗黒』によって与えられた知識は私を様変わりさせるに足る内容だったからだ。

 まずこの世界は、絶えず埒外の存在同士の争いの渦中にあったのを私は知った。

 私が漫画だと思っていた世界は実は漫画ではなく、私が元いた世界で作者が埒外の存在から感応して描いた物語だったのだ。

 そして、その物語を読むものから、望むべき適応する人間を探していた。

 埒外の存在――神というのがもっともふさわしいであろうその存在が望んでいた者。

 それが、私だった。

 魔物を呼び出している邪な神とはまた別の、異なる邪な神は私をこの世に呼び寄せた。

 きっかけ自体は偶然だったが、結果的に私はレイ・ペンフォードとしてこの世に召喚された。

 そして彼らは書き換え始めた。漫画として記された歴史を。

 彼らの争いの場として、蹂躙し始めた。

 存外なる神たる者達の身勝手な争い。その争いに、私は、私の友人達は巻き込まれたのだ。

 本来ならそんな戦争の肩代わりなど御免被りたい。

 だが、私は戦わなくてはならない。

 なぜなら、そうでもしなければ私の友人達はみんな死んでしまうから。

 アレックス。ダグラス。ノエル。アレクシア。クレア。

 ……みんな、私の大切な友人達だ。そうなるように仕向けられていたとしても、それが変わることはない。

 そして、もし傍観を決めればみんな戦果の中で命を落としてしまうだろう。そんな未来は嫌だった。

 だから、私は戦うことを選んだ。

 邪神同士の戦いの、尖兵として。

 超人的な、人外の駒として。

 そんな戦いを始めてから、月日はあっという間に過ぎていった。

 世の中が乱れてから、いつの間にか、三年もの時間が流れていた。



   ◇◆◇◆◇



「左翼、ウェアウルフの軍勢に押されています! このままでは持ちません!」

「援軍を至急送る! それまでなんとしてでも持たせろ! ここを突破されては、町に魔物がなだれ込むぞっ!」


 とある町の側で、帝国軍が魔物の軍勢と戦っていた。

 圧倒的な身体能力と数に勝る魔物に、帝国軍は押され続け、このままでは町が蹂躙されてしまうだろう。

 私は、それを見過ごすことはできない。


「くっ! まずい! オーガです! 敵のオーガ隊が現れましたっ!」

「何っ! くそ、このままでは……!」

「――はあっ!」


 私は突如現れたオーガの部隊めがけ、天空からランドルフをかけさせ剣を振るった。

 ランドルフは私を守るために遣わされた魔法生物だった。

 彼はあらゆる空間を駆けることができる。


「があああああああああっ!?」


 私の人達で、一瞬で全滅するオーガ達。

 そこから私はランドルフを駆って、押されている帝国軍を急変する。


「はっ!」

「っ!? 隊長っ! 今のは……!」


 帝国の兵士が私に気づく。

 そして、呼ぶ。


「“銀の王子”です! 隊長! “銀の王子”が来てくれましたっ!」


 ――銀の王子。

 それが私につけられた呼び名だった。

 白馬に乗って銀髪を揺らしながら礼服で戦場を駆け抜ける私の姿を見て、いつしかつけられた名だ。

 皮肉かな、私は戦場でも『王子様』だった。


「おお……! この戦、勝ったぞ! 銀の王子に続け! 魔物達を押し返すんだぁっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 私の登場により、帝国軍は活気づく。

 銀の王子として人々を助け始めて三年。私は人々の希望の象徴になっているようだった。

 確かに、私が現れた戦場はすべて勝利を収めているし、私が戦況を覆した事も数少なくない。

 見過ごせない戦場に私は出来得る限り介入しているから、噂が広まるのもあっという間だった。

 魔を打ち払う白馬にまたがった銀の王子――人々は、私に溢れんばかりの期待と希望を担わせるようになった。

 それに関しては別にいい。私の存在が人々の士気をあげているのなら、それはよいことだ。

 ただ……私という個人、レイ・ペンフォードという娘の存在はどこへいっても、存在していなかった。

 誰も私をレイとして見ない。

 皆が見ているのは、銀の王子のみ。

 それでいい。それでいいと私は自分に言っているのに、どこか心に風が吹き荒ぶ感覚が離れなかった。


「……はっ!」


 しかしそれを私は人々に見せることはない。

 私はあくまで凛々しい顔で魔物達を打ち払わねばならない。

 それが、私の役目なのだから。

「銀の王子が敵陣へと突撃したぞ! 続けえええええええええっ!」

 私の後から帝国軍がついてくる。そうして私達は魔物の軍勢を切り崩す。

 今回の戦場も、そうして勝利を収めた。

「ありがとう、銀の王子!」

「ありがとう! ありがとう!」

 人々の喜びの声が私に届く。

 でも、私の心はこれっぽっちも満たされることはなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る