王子様の旅立ち
「っ!? レイっ!!」
ノエルは、突如道の奥から聞こえてきたレイの悲鳴を聞いた瞬間、どくどくと血の垂れる腕の痛みも忘れ立ち上がった。
――レイが危ない。あいつを助けないと。
そんな気持ちが彼を突き動かしたのだ。
さっそく走り出そうとするノエル。
だが、そんな彼の前に邪魔するものが現れる。
うるさい笑い声で泣きながら飛んでくる怪物、インプだ。
「くっ、化け物どもめっ!」
インプは怪我をしているノエルを見つけると、狭い空中で急降下してノエルに襲いかかる。
「ちっ!」
それに対処しようとするノエル。だが、傷ついた腕はうまく上がらない。
「くそっ!」
仕方なく怪我をしていない腕で自分の身を守ろうとしたノエル。
そのときだった。
「――っ!?」
目前に迫っていたインプが、突如縦に二つに両断されたのだ。
そして、その向こうにいたのは、さきほどまでそこにいなかったはずの、剣を振るった姿のレイだった。
「……レイ?」
「……っ!」
長い髪で顔が隠れているレイは、ノエルの語りかけに応えること無く突如“消えた”。
否、本当に消えたのではない。あまりに早い動きにより、ノエルの目に捉えられなかったのだ。
その証拠に、レイは少し離れた位置に瞬時に移動しており、彼女の後方にいたインプは皆バラバラになってしまっていた。
その一瞬で、何匹もいたインプが全滅したのだ。ノエルは言葉を失うしかなかった。
「…………」
「……大丈夫かい、ノエル」
「え? あ、ああ……」
レイに話しかけられ、ノエルは我に戻る。
「おいレイ、いったいどういうことなんだ……今の動きは……」
「……それよりも、腕を出して」
「腕? 怪我をしたほうか?」
「うん」
「あ、ああ……」
何が何だかわからないまま、ノエルはレイに痛む腕を出す。
レイはゆっくりと近づいてきて、そっと腕を撫でた。
するとなんということだろうか、ひどい怪我だったはずのノエルの腕は一瞬で治癒したのだ。
「なっ……!?」
またも言葉を失うノエル。そしてそこで、ようやくレイの瞳を見た。
「……!」
そこで、ノエルは驚き、そして理解する。
「お前……まさか読んだのか。あの本を」
「…………」
ノエルの言葉に頷くレイ。
彼がその事実に気づいたのは、レイの超人的な力に加え、目を見たからだった。
レイの目は、透き通りながらも深い緑色に輝いていたのだから。
「どうしてだ……どうしてだ、レイ! お前、あの本は使わないんじゃなかったのか!」
「…………」
レイは答えない。
そこでノエルは、はっとする。
「……もしかして、俺のせいか? 俺がこんな腕でやばい状態だったから……」
「……違うよ」
蒼白となったノエルにレイはふるふると首を振る。
「私が『永久の暗黒』を読んだのは、運命だったんだ。それは、きっとここに来たのがアレックスやアレクシアでも変わらなかった。いいや、私一人だとしてもきっと読んだだろう。そう、星辰に刻まれていたのだから」
「刻まれ……? おい、何を訳わかんねぇこと言ってるんだ……! そんな運命なんて、あるはずが……!」
「いや、あったんだよ、ノエル。あれを読んで、私はそれを“知った”」
ノエルは静かに震える。
今、目の前にいるレイは本当にレイなのだろうか?
そんな疑問すら生まれた。
彼女の緑色になった瞳が、どうにも以前とは違う冷たさを感じさせるせいで、そう思った。
「それより急ごう。このままだと、アレックス達が危ない」
「は? どういうことだよ!?」
「彼らも襲われているんだ。魔物達に。だから、彼らのところに戻る」
「戻るってどうやって……ここがどこかもわかんねぇってのに……」
「場所は私達がいた島から二一〇キロ離れた王国側の孤島だよ。あの影は転移魔術も兼ねていたんだ。でも、今の私に距離なんて関係ない」
レイはすっと腕を上げる。
すると、空間に突如緑色の光で包まれた輪――ポータルが現れ、そこの闇から馬が飛び出してきたのだ。
白く輝く馬。
その白馬にノエルは見覚えがあった。そう、確かレイがよく乗っていた馬で、名前は――
「ありがとう、よく来てくれたね、ランドルフ」
レイは表情を変えずその馬の頬を撫でながら言った。
ノエルの思った通り、それはレイの愛馬であるランドルフだった。
なぜその馬が今ここにこうして呼ばれたのか。もはやそんな疑問、意味はないとノエルは一人思った。
「さあノエル、乗ってくれ。今からアレックス達の元へと行く」
「あ、ああ……」
レイに手を出され彼女と一緒にランドルフに乗るノエル。
「はあっ!」
そしてノエルがしっかりと乗ったのを確認すると、レイは手綱を打った。
すると、ランドルフは高らかに鳴き走り出す。そして、彼女らの前にはまたも空間にポータルが。
二人と一匹はそのポータルをくぐる。
すると、彼女らは一瞬にしてゾンビやインプ、その他にも様々な魔物に囲まれている、塀を壊されたアレックスの別荘へと辿り着いたのだ。
「レイ!? ノエル!?」
突如現れたレイ達に最初に声を上げたのは、アレックスだ。
二人は、ちょうど魔物達とアレックス達四人の間に割って入ったらしい。
「ふ、二人共!? どこから……」
アレクシアも共に驚いた声を上げる。
レイはそれを気にすること無く馬を降り、ノエルのまた馬を降りる。
「……私は、奴らを殲滅する。ノエル、説明をお願い」
そう言ってレイは消えた。消えたように素早く動いたのだ。
またも驚愕する四人。
「……レイは、あの本を読んだんだ」
そこで、ノエルは説明する。その一言が、彼らに対して理屈におけるすべての説明となった。
「……そんな!? どうして! どうしてそんなことにっ!」
ノエルに掴みかかるダグラス。
だが、彼の腕をアレックスが諌めるように掴む。
「ダグラス、落ち着いて。……きっと、何か大変な目にあったのだろう、二人共。そして、もし彼女がその本を手にした理由があるとすれば、それは……」
「……俺、達?」
「……ああ、そうだろうな。あいつは『運命』なんてクソったれな言葉を吐いたがな」
悟る残された者達。
四人が言葉を失っていると、近づく足音が聞こえた。
レイだ。
「……とりあえず、ここにいるのは片付けたよ」
レイが五人に報告する。
その表情は、とても無機質なものに五人は感じた。
「レイ様っ……!」
クレアがレイに駆け寄ろうとする。だが、そんな彼女を、レイは手を突き出して静止した。
「ごめん、クレア」
「レイ様……?」
「私は、行かなくちゃならないんだ」
そして、五人に背を向けるレイ。
「行くって、どこへ……!? あなたの居場所はここなんですよ!?」
「…………」
レイは背を向けたまま答えたい。
「……もしかして他の場所にも出たのかい、魔物が」
「……ああ」
アレックスが言う。その言葉に、レイは言葉だけで応える。
「ア、アレックス様!? どういうことなんですか!?」
ダグラスが聞く。一方、アレックスは悟った顔になっていた。
「さっき彼女は『ここにいるのは』って言ったよね。ということは、ここ以外にも魔物が湧いている、ということなんだろう。そして今のレイには、それが分かる」
「……うん。あの本を手にしたときに、私は色々と知識を得てしまったんだ。そしてその中に、パイアスがやったこと、彼がどんな者だということかも知った。かいつまんで言えば、彼は世界の破滅を望んでいる連中の一人だった。そして長い時間をかけて、そのための爆弾を爆発させた。……これから世界は大変なことになる。私は、それをどうにかしなくちゃいけないんだ」
「なんで……なんでお前がそんなことしなくちゃいけないんだよっ!」
ノエルが叫ぶ。そして、彼女の肩を掴む。
だがレイは、振り向かないままその手を振り払った。
「……っ!?」
それに驚く表情をするノエル。そんな彼に、レイは言う。
「仕方ないよ。それが私の……私がこの世界に生まれた、運命だったんだから」
小さな声でそう言うと、彼女は歩き出す。ランドルフと共に。
そして、そのまま目の前に現れたポータルを通り、レイは消えた。
そしてレイは、彼らの前からいなくなった。
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