力
「こいつは、一体……うぐっ!」
目の前の状況に居ても立っても居られないとなったのか、ノエルが立ち上がりながら言う。
だが、立ち上がったときに痛みに呻く声を上げ、片腕を抑えた。
「ノエル!」
私はその声にハッと我に帰り、彼の元に駆け寄る。
そして彼に肩を貸して言う。
「逃げるよ!」
「逃げるってお前……」
「いいから! あの数の化け物を、私達でどうにかできると思ってるの!?」
私は叫び、未だに光と大きさを増す魔法陣とは反対側の薄暗い道へと逃げていく。
魔法陣から無尽蔵に湧いてくる魔物達は、さらに私達に向かって襲いかかってくる。
「走るよ! 我慢してね!」
「あ、ああ……!」
私は腕を痛めるノエルを無理矢理引っ張りながら走る。
背後から迫ってくるペタペタという気持ち悪い足音から必死で離れるように。
逃げる。逃げる。逃げる。
私達は必死に逃げる。魔法陣の緑色の光でうっすらと照らされた洞窟内を。
伝承の怪物から、いくつもある横穴を無造作に選んで逃げる。
二人三脚のような形で、とにかく走る。
途中ノエルが苦しみの声を上げるも、我慢して貰い駆ける。
あれには勝てない。捕まったら終わる。
そう、私の本能が告げるのだ。動物的本能が告げるのだ。
だが、そんな逃走劇も長くは続かない。私達の逃げた先に、ついに分かれ道がなくなり、行き止まりに辿り着いてしまったのだ。
「そんな……!」
「こりゃ、覚悟を決めるしかなさそうだな……」
ノエルが落ち着きのある声で言った。
私はそんなノエルの言葉に首を振る。
「だめだよ、諦めたら! まだ何か手が……!」
「勘違いすんな。別に自分の命を諦めたわけじゃねぇ……おい、魔法でハルバードを出してくれ。俺の覚悟は、最後まで抗う覚悟だ」
「ノエル……」
ノエルの目は決意に満ちていた。戦うという決意。
だからこそ、私は彼に告げる。
「……悪いけど、それはできない」
「あん!? なんでだよっ……!」
「なぜって、そんな腕でまともに戦えるわけがないだろう。出血だってひどい。ハルバードなんて大物、片手で扱えるわけもない。蛮勇で死ぬのはかっこいいこととは言えない。だから、ここは私にまかせてくれ……」
私は彼をせめて道の一番奥に座らせる。そして私の服の袖を剣でうまく切り取り、その傷口を縛る。
その後、私は剣を構え、ノエルをかばうように立つ。
「どれくらいやれるかわからない。でも、可能性があるなら、私は、やってみせる……!」
「女のお前に、そんなことさせられ……ぐっ!」
ノエルが立ち上がろうとしたが、痛みでうまく立ち上がれないでいた。
私はそんな彼にふっと笑いかける。
「ありがとうノエル。私をちゃんと女扱いしてくれたのは、出会ったときを思い出すよ……」
これが彼に残す最後の言葉かもしれない。
私はそう思いながらも、向き直り、剣を構え、道の奥から聞こえてくる異形の足音に向かって、駆けた。
「はあっ!!」
「おい待てレイ! レイーっ!」
彼の叫びが私の背後から響いてくる。
……悪いことしたかな、彼には。男としては、一人残され女性に守られるなんて格好悪いだろうから。
でも、そうでもしないと彼は無駄死にしてしまう。
そんなことさせない。
いざというときは、遠隔で彼にハルバードを召喚し、最後まであらがってもらうつもりだ。
でも、今は――
「――はあっ!」
私は辿り着いたゾンビとインプの群れに颯爽と斬りかかる。
ノロノロと歩いてくるゾンビは格好の的だ。
私は先頭にいるゾンビ達の首を剣で斬った。
「……くっ!」
だが、ゾンビは首を切られた程度では歩みを止めなかった。
私はさらに斬りつける。
「ふんっ! はっ!」
数回切りつけて、やっと先を歩いていたゾンビは倒れた。
だが、その後ろにはまだ無数のゾンビ、そしてインプがいる。
私は冷や汗を垂らしながら苦笑いした。
「これは、骨が折れそうだ……」
でもやるしかない。私は決意で剣を強く握りしめる。
「エンチャント! フレイム!」
剣に火属性の魔法を宿し、私は再び斬りかかる。
そうして私はゾンビとインプを相手にした。
ゾンビはまだよかった。あるのは数と体力だけで、動きはのろいために組みかかってこようとする動きに対処するのは楽だった。
だが、インプは厄介だった。狭い洞窟内ゆえに動きは制限されているとはいえ、やつらは宙を自由に舞い、低級の魔法として火の玉を放ってくる。
私はそれをかわすのに精一杯で、インプに効果的なダメージを与えられずにいた。
更に、最初は問題なかったゾンビも、私の体力が減っていくごとに、驚異になっていった。
ゾンビの群れは尽きること無く、私を追い立てた。
私は歩みをとめないゾンビに対し後ずさりながら戦っていたが、それによって確実に後ろにいるノエルとの距離を詰められているのを感じた。
つまり、壁際が近いということであり、それは逃げ道がなくなることをも意味する。
私は確実に追い詰められていたのだ。
これは、明確な負け戦だった。
それでも私は諦めずに戦う。
ノエルのため、自分のため、そして私達を待ってくれているであろう友人達のため。
私は休むこと無く剣を振るい続けた。
が、しかし――
「ぐっ……!」
「……! キシャア……!」
つい背後を気にしながら戦っていた私の姿を見て、インプが笑ったのだ。
そして、インプ達は私を無視し背後に飛んでいった。
「っ!? まさか、気づかれたっ!?」
そう、インプ達は気づいたのだ。私の背後にノエルがいることに。
私がノエルを守るために戦っていることに。
魔物は、私が思っている以上に賢かった。
「まずいっ!」
私はノエルを守りに行くためにゾンビに背後を向け駆け出そうとする。
だが――
「っ!? きゃあっ!?」
それがいけなかった。
背後を見せた私は、ゾンビの掴みかかりに対応できず、地面に倒されてしまったのだ。
「ま、まずっ……!?」
地面に倒れた私にゾンビ達が次々と覆いかぶさってくる。その光景を、残っていたインプ達が見て笑っている。
剣を落とし、もがき苦しむ私を、あざ笑っているのだ。
私の視界はゾンビに埋め尽くされる。それは、終わりだということを意味していた。
「やめろ! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
私は叫んだ。今にもゾンビの牙が私にかかろうとする最後に瞬間まで叫んだ。
ああ、私はこれで終わってしまうのか。私も、ノエルも。
最後の最後で、諦観が私の中で芽生えた。
そのときだった。
「――っ!?」
目の前のゾンビが、一斉に吹き飛んだのだ。更にそのゾンビは、空中で動きを静止させた。笑っていたインプ達も止まっている。
――時間が止まっている。
私は直感的にそれを理解した。
そして、それは現れた。
私を見下ろすかのように宙に浮かび、重苦しく、邪悪な異彩を放っているそれ。
『永久の暗黒』がそこにはあった。
「……私に、私にその力を使えと言うのか……!」
私はその魔導書が言わんとすることを理解した。
読めというのだ。
使えと言うのだ。
深淵たる世界の知識を、名状しがたきおぞましき力を。
「確かに今はお前の力を借りないといけないのかもしれない。でも、しかし……」
私はその本に手を伸ばすのに躊躇した。
かつて私が『永久の暗黒』を使おうとしたとき、止めてくれたのは友人達だ。
この本に手を伸ばすということは、あのときの友人達の気持ちを裏切ることになる。
そのことを考えると、私はいまいち決断に踏み切れずにいた。
『――――』
すると『永久の暗黒』は何かを言わんとするように、宙空にとある映像を映し出した。
「なっ!?」
私はそれを見て驚愕する。そこには、同じく時が止まった状態ではあるが、ゾンビ達に囲まれ襲われているアレックスの別荘の姿があったのだ。
正門をバリケードで封じて、私達が帰ってこれるように裏門を守っているアレックス達の姿が映し出されていたのだ。
「そんな……この洞窟だけじゃなかったのか……!?」
このままでは私達だけでなく、全員が危ない。
そのことを、おぞましきその書物は私に伝えてきたのだ。
なんということか。まるで、すべてが私にその書物を手にするのを誘導しているかのようだ。
体が震える。恐怖と怒り、悲しみ、そしてやりきれなさに震える。
「わかった……わかったよ……いいだろう。手にしよう、その力を!」
私は立ち上がり、『永久の暗黒』と向かい合う。そして、ゆっくりと手を伸ばし、書を掴んで、ページを開く。
「――――っ!?」
その瞬間、私の頭に無限とも言える情報が流れ込んできた。
情報が、力が、無数に流れ込んできた。
「あっ、うわああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
叫ぶ。
叫ばなければ。
叫んで、少しでもこの力から逃れなくては!
上を向いて咆哮する私だったが、ちっとも溢れ出す力の苦しみからは逃れられない。
今すぐにでもこの落とした剣で首元を掻っ切りたい気持ちにかられる。
だが、どうしようもならない。
私に満ちてくる力は、私を人以外のものへと変貌させようとする力は、容赦なく私の中身を入れ替えていって、そして――
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