貴族クッキング!
「さて、それじゃあ夕食の準備に取り掛かりますね」
たっぷり遊んだその夕方、屋敷に戻りそろそろ日も落ちてきた頃にアレクシアが言った。
「ああ、もうそんな時間なんだね。普段は使用人に任せっきりだから、失念していたよ」
「ふん、これだから貴族様は。まあゆっくりまってろ。適当に作ってやるからよ」
アレックスの言葉の後にノエルが続ける。
まあそうだろう。この面子はアレクシアとノエル以外みんな貴族だから自分から料理をすることなどまれだろう。使用人であるダグラスは別だが。
料理をしないということについては、もちろん私もだ。
つまり面子の半分は料理ができないということになる。
だが……
「いや、待ってほしい」
私はそこですっと手を出し異議を申し立てる。
「ここはせっかくの私達だけの外泊なんだ。ならば、一部のできる人間だけに任せていいだろうか? いいや、答えは否だ! ここはみんなで一緒に料理を作るべきだよ!」
そう、これはいわば合宿のようなものだ。
ならば、みんなで一緒に料理を作るのが正しい作法というもの……!
そう思い私は力説したのだが、なんと一同の反応は鈍かった。
「いや、下手なことしてひどいことになるの怖いからここは任せておきましょうレイ様……」
「そうだよレイ、僕達はここはおとなしく待っているのが正しい判断だよ」
「ですよお嬢様。ここはおとなしく待っていてください」
クレアもアレックスもダグラスもみんな口を揃えていった。
口を挟まなかったアレクシアとノエルもそんな感じのことを言いたそうな顔だ。
「どうしてだいみんな! こんな機会そうそうないんだよ!? ここはみんなで一つのことをやって若さの味を噛みしめるのが青春なんじゃないのかい!?」
「意味不明なことを言うんじゃない」
ノエルがばっさり言う。
「うっ! どうして! どうして分かってくれないのか! 私は悲しいよ……!」
こういうとき前世の陸上部ではみんな一丸となったというのに! これが世界のギャップなのか……!
「おい、マジで悲しそうにしてんぞ……」
「そうだね……僕としては反対だけど、あれは放っておくとそれはそれで面倒そうだ……」
「ですね……しょうがない」
なんだか三人が話している。
よく聞こえないが、悲しみにくれている私にはよく聞こえなかった。
「……分かりましたお嬢様。やりましょう。でも、料理のできる人間の言うことには絶対に、ぜーったいに従ってください! いいですね!」
「ああダグラス! 分かってくれたのかい!?」
こんなに嬉しいことはない! 私は嬉しい……!
「……レイってこの時折体育会系? って言うのかな世間では。そういうのになるのだけは面倒だよね……」
「……ははは」
アレックスとクレアが何か話していたが、感動に打ちひしがれる私の耳にはまたも入らなかった。
そして、いざ料理が開始された。
アレックスの提案で、それぞれできる人間とできない人間が半々いるのだから、それぞれできない人間にできる人間が一人着くことになった。
誰が誰につくかはくじ引きで決められた。
その結果、アレックスにはアレクシア、クレアにはダグラス、そして私にはノエルがつくことになった。
「……ったく、なんで俺がこんなことを……」
「ノエル、よろしく頼むよ!」
私ははつらつとしながら彼に握手を求める。
ノエルは面倒そうな顔をしながらも私の握手に応じた。
「んじゃ作るぞ。俺達が作るのは副菜のサラダだ。メインのカレーはアレクシア達が、デザートのケーキはダグラス達だったな。まあ……サラダなら変なことにはならないだろう、多分……」
彼の表情には不安が見える。
何をそんな不安がるのか。一緒に同じものを作るという青春の汗をかけるというのに。
「なるほど。サラダか。わかった。じゃあまずはこのレタスを切って……!」
「おいまてぇ! レタスは手でちぎるんだよ! あと、まず洗え! 素のままやろうとするんじゃねぇよ!」
いきなりノエルに怒られてしまった。
「む、すまない。そういうものなのか」
「大丈夫かこいつ……」
すでにノエルは疲れた顔をしている。
そういえば陸上部での合宿でも先輩方や後輩達が私の料理の仕方を見ての指導でいちいちこんな顔をしていたようなしてなかったような。
「なるほど洗うんだね。よしわかったじゃあ洗剤を――」
「バカ! このあんぽんたん! 誰が洗剤ついた料理を食いたいんだよ!」
「だって洗うって言ったじゃないか。水で流せば大丈夫なんじゃないのかい?」
「その流すので十分なんだよ! なんでこんなときだけ普段の常識が飛ぶんだよ!」
どうやら私は大きな間違いをするところだったらしい。危ない危ない。
私はダグラスの指示のもと、レタスを水洗いし手でちぎる。
うん、我ながらいいできだ。
「……言えばちゃんとできるんだな……まあレタスをちぎるでおかしなことにはさすがにならんか……」
「ふふ、私はやり方さえわかればちゃんとできるのさ。料理に関してはそれが逐一抜けてしまうだけで」
「ダメじゃねぇか!」
まあそれについては私も悪いところだと思っている。
でも仕方ないじゃないか。細々とした作業はどうにも頭から抜けやすいんだ、私は。
「それじゃあ次は人参やトマトを切りたいが……お前に包丁握らせたくねぇー」
「む、何を言うんだいノエル。私の剣捌きを知っているだろう? 今更包丁に遅れは取らないさ」
「その言い分をさっきの見て信じろと?」
「まあまあ任せてくれたまえ。よしじゃあトマトを切ろうか。はぁー……」
「はいストップ! 剣みたいに包丁を構えるんじゃねぇよ!」
「ダメなのかい?」
「ダメに決まってるだろ!」
そんなこんなで、私はノエルに指示されながらサラダを作っていった。
そして……
「よし、全員の料理が出揃ったね! それじゃあ、さっそく食べよう」
「ああ……」
私の言葉通り、メインのカレーライス、副菜のサラダ、そしてデザートのケーキができた。
どれも見事なできだ。
「よくできたよ本当に……」
ノエルがとても疲れたような顔で言う。
一方で、アレクシア達は満足げな顔だ。
「アレックス皇子、本当に料理初めてだったんですか? とてもよい手際でしたね」
「いいや、アレクシアの教え方がよかったんだよ」
「お菓子作りって分量が大事なんですが、クレア様はよくできてましたね。お見事です。普段のドジも珍しくなく驚きです」
「いいえ。ただドジをしやすいからこそ気を使うというか、こういう細かい作業は好きなので」
「いいよなぁそっちは。こっちはマジ大変だったんだぞ……」
ノエルが疲れたような顔で言う。
そんなに疲れなくたってよかったろうに。
「それじゃあ、テーブルに並べますね。皆様は席に」
そう言ってダグラスが料理を運びテーブルに置いていく。
私達はみな席に付き、そして料理を配膳したダグラスもまた席につく。
そうして全員そろった後、私が先駆けてまず言う。
「それではみんな、いただきます」
『いただきます』
その後に全員が続く。そして、みなが思い思いに料理に口をつける。
みんなで作った料理の感想。それは――
「……おいしい!」
とても、素晴らしかった。
「このカレー、とてもおいしいね! さすがアレックスにアレクシアだ!」
「いいえ、このサラダも野菜の旨味が出てると思うよ」
「……ま、なんとかうまくいったようだな」
全員で楽しく作った料理は、ちゃんとした成功を収めた。
笑顔で食卓が包まてる。
「…………」
その笑顔を見て、私はこの空間をできるだけ長く続けていきたい。そんなことを思った。
「……どうした、食わねぇのか」
ノエルに言われる。
「いや、食べるよ。ただ、心がもうお腹いっぱいでね。お腹は空いてるのにね」
「……へんなこと言うやつだ」
そう言うノエルだったが、口端は上がっていた。
私の言うことをなんとなくだが理解してくれたらしい。
嬉しい気持ちになりながらも、私達は食事を綺麗に平らげた。
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