雷の夜に
「うーん……雲行きが怪しくなってきたね」
食事を終え、みんなで屋敷の広間でくつろいでいたとき、アレックスが窓から外を見てそう言った。
確かに窓から外は曇り空になっている。今にも一雨きそうな雰囲気だ。
「ふむ……占い師の天気占いによると、今日は一日晴れて星空が見えるらしかったんですが、珍しく外れたんですかね」
「そんなぁ……みんなでの天体観測、楽しみだったのに……」
ダグラスの言葉に、クレアが言った。
私も少しがっかりした気持ちになる。彼女の言う通り、夜は天体観測の予定だったから。
「まあでも、家の中でもやれることはあるだろ。天気が悪くなったからっていって、全部が全部ダメになるわけでもねぇよ」
ノエルの言葉だ。
私はそれに頷く。
「そうだね。みんなでここにいて一緒のことができるっていうのがいいことなんだ。だから、ダメならダメで別の何かを考えよう」
「……ですね。さすがレイ様です!」
「最初に言ったのは俺なんだがな……」
ブレないクレアに、みんな苦笑いになる。
そんなときだった。
ピシャアッ! と激しい閃光が部屋を包み、それと同時にドォン! という唸るような音が鳴り響いた。
「きゃっ!」
「うわ、びっくりした! 雷かい? 随分近いね……」
アレクシアの悲鳴の後にアレックスが言う。
音と雷光は完全に同時だったと言っていいだろう。確かにこれは、かなり近くに落ちた。
「……近くってもんじゃねぇぞ今のは。多分、森に落ちた」
ノエルはそう言うと、なぜか一人外に出る準備を始めた。
「ノエル、どうしたんだい?」
「……どっかの木に落ちて、火事になってないか見てくる。一瞬窓から見えた雷の方向からするに、多分あれは西の方向に落ちた。距離的にはそうだな……十分ぐらいの感じだ」
「いや、わざわざ見に行かなくていいのでは? 雷ぐらいでそんな……」
私もダグラスと同意見だった。雷が落ちたからと言って、山火事になるなんてのはそうそうない。
だが、ノエルはそう思っていなかった。
「雷を舐めちゃいけない。燃えるものに落ちて、運が悪いと大火事だ。それで一度貧民街はひどいことになった。……俺の家族も、それで死んだ」
「…………」
空気が張り詰める。ノエルが自分のことを話す数少ない場面だったが、そこに言及する気にはなれない内容だった。
「……覚えているよ。十年ほど前だったよね。確か。貧民街で起きた大火事、それに我が皇家は何も動かず、結局住民でなんとかしたという事件だ。……申し訳なく思っているよ」
「お前が謝ることじゃねぇよ。政治をしてたのは、お前じゃねぇだろ? なら、お前にとやかく言うのはお門違いだ」
ノエルは笑ってアレックスに言う。
本当に気にしていないといった笑みだ。
「何、多分俺の考え過ぎさ。それに、時間がかかってもせいぜい四十分で戻ってこられるだろう。まあないだろうが、なんかあったら手貸してくれ」
そう言って、ノエルはその場から離れ、屋敷を出ていって雷の落ちたと思わしき方へと向かっていった。
私はその姿を、西側の窓からずっと眺めた。
そして私達はノエルの帰還を待った、のだが……
「おかしい……もう一時間と二十分は経つ」
時計を見て私は言った。
もうすっかり夜も更け、月明かりも暗雲で届かない真っ暗な夜になったと言うのに、ノエルは帰ってこない。
「どうしたんだろうね……何かあったのか」
「でも、かかっても四十分で帰ってくるって言いましたよ」
アレックスに応えるダグラス。
私達の中で心配が渦巻く。
「もしかして迷ったとか……」
「いやでも、この森は昼間に少し入りましたけどそんな迷うほど鬱蒼としてるわけでもなかったよ? それよりも、怪我したのを疑うべきだと思う……」
クレアの言葉に答えを出すアレクシア。
もし怪我をしていたら、それこそ大変だ……!
私はそう思うと、いつしか扉へ動き出していた。
「お嬢様!? もしかして、森へ!?」
「ああ、そうだ。これを黙って見過ごせるかい!? いいや、否だ!」
「だったら僕達も――」
「いや、ここは私一人で行く。もし私も帰ってこなかったら、そのときはみんなで来てほしい。そうでなければ、ここは全員で行くよりも一人で行ったほうがリスクは少ない」
私はアレックスの言葉に片手を突き出し止めて、その後に背後から聞こえてくる声も聞かずに飛び出していった。
そして、玄関にあったランタンを手に森へと向かう。
森の中は暗雲が立ち込めているのもあって暗い。だが、迷うというほど厄介な地形をしているわけでもない。
やはりノエルは怪我か何かを……!?
私は不安になり速歩きになる。
そして十分近くそうして歩いた、そのときだった。
「――!?」
私は足を止めた。
不思議な、いや、不快な気配を感じたのだ。
何かが見ている。
そう思った。
私は咄嗟に後ろを向く。
気配は後ろからしたように思えたからだ。
だが、ランタンを向けても何もいない。
「一体、どうなって――」
私が緊迫しながらもそう口にした、そのときだった。
「――なっ!?」
私の足が、何かに囚われたのだ。
すぐさま足元を見る。だが、そこにあるのは闇だけ。
――否、“闇”があったのだ。
“闇”が、私の足を掴んでいたのだ。
「この、離っ――」
私は抗おうと声を出す。だが、その口元もすぐ闇に縛られ、私は闇の中へと沈んでいった。
「うわああああああっ!?」
そこから、私は落下する。そして、どしんと地面にぶつかる。
ランタンを掲げ上を見上げると、暗雲が広がる穴が頭上にあった。高さは八メートルないぐらいだろう。よく怪我しなかったものだ。
「これは、一体……」
「その声、レイか……?」
上を見て訝しんでいた私の耳元に、聞き慣れた声がした。ノエルの声だ!
「ノエルっ!?」
私はランタンを向ける。すると、そこには壁際にもたれかかり座っているノエルの姿があった。
よく見ると、片腕から血を流している。
「ノエル!? 大丈夫かい!? ノエルっ!」
「ああ、なんとかな。でも、気をつけろレイ……」
「気をつける!? 一体、何に!?」
「ここには……やつがいる……!」
「やつ……?」
「これはこれは、久々の再会の前にバラされるとは。君も風情がない」
またも聞き覚えのある声が響く。私はその声の方向を見る。
そこにいたのは、もう二度と会いたくない男の姿だった。
「どうして……どうしてここにいる! パイアス・ヘイズっ!!」
かつて学園でテロを起こそうとし、私の初恋を打ち砕いた男。
パイアスが、そこにいた。
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